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104章 馴初に繰返す勇者

 残心を怠らず周囲を警戒。

 今度こそ脅威はない。

 俺は深呼吸を一つし、少女に手を差し伸べ立ち上がらせる。


「随分騒がせたが……大丈夫だったか?」

「ええ、助かりました」


 俺の手を取り、頭を振って意識をしっかりと改める少女。

 俯き隠れてたその顔が露わになる。

 その容貌は何と!


「あ、綾奈!?」


 驚愕した俺は思わず叫んでしまった。

 村娘風のカジュアルな衣装を身に纏っているが間違いない。

 風に棚引く黒髪。

 快活な瞳。

 人を惹きつける明るい雰囲気。

 現実世界で散々世話になった武藤家の跡取り孫娘、武藤綾奈に相違ない。

 だが俺の声に対して綾奈は、


「私はアーヤといいますが……

 どなたか似たような方がいらっしゃるのですか?」


 と不思議そうに首を傾げ応じる。

 綾奈じゃないのか?

 しかし他人のそら似と云うのにしては似過ぎてるし……

 煩悶する俺に寄り添ってきたミーヌがそっと告げる。


「アル……この娘は、綾奈は取り込まれてる」

「え!?」

「ヘルエヌの世界改変系魔術の余波で杜の都は塗り替えられた。

 今の綾奈はアーヤという存在をロールプレイさせられている状態に違いない」

「なるほど……それがサクヤの危惧してた事態か。

 自己を保てる意志力はあるから上書きはされないだろうけど、

 その世界に相応しい役割を強制的に演じられる事に成ってるとか何とか」

「そう。本質的な意味では綾奈に間違いない。

 でもやっぱり、ここカムナガラではこの娘はアーヤという存在なんだ」


 得心がいき納得する俺。

 アーヤはこそこそ話し合う俺達に気を悪くするのでもなく、ニコニコと笑みを浮かべている。


「結界のある村外に出た瞬間を小鬼達に襲われたんですけど、

 お陰様で助かりました。

 あのままでしたら奴等の慰み者にされてたとこでしょう。

 良かったら村においで下さいませんか、勇者様達。

 祖父にお話ししてお礼を述べたいのです」


 上機嫌で俺達に感謝する綾奈。

 だが俺は知った。

 堅苦しい挨拶をする綾奈……いや、ここではアーヤか?

 の、笑顔が時折強張るのを。

 綾奈は元々明るく陽の精彩さを放つ少女だった。

 望まぬ言葉遣い、望まぬ役割を強いられてる今の状態は、

 表層意識はともかく深層意識に負担が掛かってるのだろう。

 俺は一刻も早いゲームクリアを改めて誓いつつ、アーヤの申し出を快諾するのだった。






「アーヤが危ないとこを助けて頂いたそうで……

 本当にありがとうございます」


 しきりに礼を述べるアーヤに案内され村の中へ。

 妖魔避けの結界が張られてるも、人間には効果はないとの事。

 アーヤから話を聞きながら村中を見る。

 何だろう?

 一言で言えば活気が無い。

 俺達を見る村人もどこか虚ろげだ。

 そんな村の様子に眉を顰めつつ、この村の村長を務めるというアーヤの祖父の元へ通された俺達だったが……


「武藤翁!?」


 そう、孫娘の窮地を救った俺達に対して最敬礼で深謝する村長さんの顔はどう見ても武藤翁だった。

 俺の指摘に武藤翁は、


「確かに儂の名はムトーといいますが……

 はて、どちらかでお会いしましたかな?」


 と怪訝そうに目を開閉するのみ。

 この様子だとやはり武藤翁もゲームに取り込まれてしまった様である。

 俺は溜息をつき首を振ると武藤翁……ムトー老へ苦笑を浮かべる。


「いえ、よく似た人を知ってるもので……

 アーヤさんの事は間に合って良かったです」

「本当に助かりましたぞ。

 何度礼を言っても言い足りない。

 危ない所を助けてもらって孫娘共々感謝してます。

 ほら、アーヤ」

「あ、はい。ありがとうございました!」


 深く頭を下げる二人。

 奇妙なリフレイン。

 その展開に俺は戸惑ってしまう。


「いえ。俺は別に……人間として当然の事をしたまでです」

「私も同じく。窮地に陥った人を救うのは人として自然な行為でしょう」


 照れ隠しに頭を掻き、ミーヌと顔を見合わせ微笑み合う。

 そんな俺達の態度はムトー老に好感を得たようだ。

 相好を崩し、気安げに話し掛けてくる。


「今時珍しい若者達ですな。

 アーヤの話を訊くと神力を以って眷属を退けたとか。

 神名担カムナニナイの勇者を持て成すのは我等が民の定め。

 行く宛てはあるのですかな?」

「それは……正直ないです。

 ここへ着いたばかりで勝手もつかないのが本音で」

「なら勇者様達さえ良ければウチに滞在されませぬか?

 儂達にどれ程の事が出来るか分からないが、こうして助けてもらったのも何かの縁だ。

 今度は儂達が勇者様達の手助けをしてお返ししたい」

「それは……」


 以前も言ったが、普段なら断る。

 ムトー老の言葉をそのまま受け取るほど俺は純真じゃない。

 おそらくは神名という稀有な力を持つ俺達の武力を目当てにしているだろうし、

 何より二人の事を考えれば一刻も早くクリアを目指すのが先決だ。

 けど……ここは仮想世界。

 世界観を知らぬ俺達は圧倒的にアドバンテージが欠けている。

 どう動くにも情報が必要だ。

 ゲーム的な筋書きならクエストの1~2個は頼まれるかもしれない。

 しかしそれを上回る利があるのも確か。

 それに……ゲームとはいえこの二人を含む村人達を見捨てられない。

 何故なら仮想とはいえ、この世界は住む者にとって既に現実なのだから。

 全てを護れるほど俺は万能な存在じゃない。

 自分の限界を知る一介の人間だ。 

 だけど俺の力で見知った人を護れるなら俺は最善を尽くしたい。

 それこそが遠い日に誓った儚き夢なのだから。

 束の間逡巡し、顔を上げ男性を見詰めた。

 優しげに返答を待つムトー老。


(変わらないな、ここでも)


 人の本質とは世界に影響はされないらしい。

 俺は暖かい思いが心に満ちるのを感じた。

 ミーヌと目配せし決断すると、俺はムトー老に頭を下げる。


「それではお願いします。俺の名はアルティア・ノルン。

 親しい人は『アル』って呼びます」

「私の名はミーヌ・フォン・アインツベール。

 アルの相方を務めてる。良かったら『ミーヌ』と」

「こちらこそよろしくお願い致します。

 まぁ固っくるしい挨拶は抜きにして、まずは一杯やりませぬか?

 勇者様達はイケる口ですかな?」

「酒ならいくらでも」

「私も……実は結構」

「それは頼もしい。

 楽しみだのぅ、アーヤ」

「あんまり羽目を外し過ぎないで下さいね、お爺様」


 世界が変わろうとも本質は変わらない。

 そう、良くも悪くも。

 アーヤの溜息を受けながら、俺達は無駄に意気投合するのだった。




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