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100章 異界に降立つ勇者

 扉を潜り抜けるとそこは草原だった。

 頬をくすぐる穏やかな風が吹き、呼応する様に膝下ぐらいに生えた草が揺れる。

 辺りに遮る物はなく、気兼ねなく手足を自在に伸ばせる解放感。

 俺は日本に転生して以来感じていた閉塞的な雰囲気が解消されるのを感じた。

 自然と深呼吸し、肺の隅々まで澄み切った空気を取り込む。

 田舎育ちの俺にとって、やっぱこういう風景が一番心安らぐ。

 都会暮らしも便利だと思うが何か落ち着かない。

 ふと差し込む暖かさに見上げれば、空には燦々と輝く太陽。

 眩しさに俺はそっと手で目の上を覆う。

 そのまま周囲を見渡すと、遠方に日本ではお目に掛かれない煉瓦造りの家で出来た村が見えた。

 特に差し迫った用事もないし、ミーヌと合流したらあそこを目指すか。


(……しかしこの風景が仮想現実とはな)


 言われなければ気付かないほどのリアル感。

 厳密にいえば仮想空間をベースに現実を塗り替えたらしいが。

 だがそれだって緻密さがなければすぐに偽物という事が露見してしまう。

 サクヤが手助けしたとはいえ、俺はこの世界の人々が持つ電子的な技術力の高さを思い知った。


(でも、何でファンタジーなんだ?)


 これだけ文明と技術が発展してるのに、それでも人々が求めるのは近未来よりファンタジーだという。

 人が根源に望むのは、やはり厳しい現実より優しい幻想なのだろうか?

 それが喩え偽りの楽園でも。

 ぼーっとそんな事を考えてると、


「アル……?」


 聞き慣れたミーヌの声が背に掛けられた。

 俺はゆっくりと振り返り……そして驚いた。

 空間に浮かんだ扉から出て来たのは、魔術師然とした服装に身を包んだミーヌだった。

 肩口へ掛かるか否かの金色のボブショートは艶やかに切り揃えられ、魔力を宿した金属で出来たカチューシャが飾られている。

 サクヤの力が秘められた耳飾りが動く度に僅かに揺れ、可憐な容姿をより一層彩っていた。

 手元には業物と一目で分かる呪紋が為された白い大杖。

 黒衣のローブを羽織ってるのもあって、鮮やかなコントラストを醸し出してる。

 だが何より一番惹かれるのはその容貌。

 思わず茫然とミーヌを見詰める俺。

 美しさの中に妖しさを讃えていたミィヌストゥール。

 今はミーヌ・フォン・アインツベールとして生き始めた少女。

 蕾が開花する様に日毎綺麗に咲き誇るような印象を受けてた。

 そんな美しい少女が、恥じらいを以って上目遣いで見詰め返してくる。

 正直言おう。

 見蕩れてた。

 ミーヌの容姿に惚れた訳じゃない。

 けどこれは何というか……

 反則級の可愛さだろう?


「アル?」


 問い掛けに反応がない為、小首を傾げ怪訝そうに再度尋ねてくるミーヌ。

 俺は慌てて返答する。


「あ、ああ……すまない。

 その何だ……魔術師職にしたんだな?」

「うん。やっぱりこれが一番しっくりくるから。

 サクヤ殿の力もあって術系能力を引き継げたのも大きいし。

 何より私の内に眠るあのミーヌもそれを望んでるから。

 アルは勇者職を継続したの?」

「まあな。剣士からやり直しても良かったけど……

 サクヤのお蔭で俺もステータスを継承出来たしな。

 勇者という職業に思うとこもあるけどさ、

 勇者は職業じゃなく、自分で選んだ生き方だからな。  

 そう簡単に翻したりできない」

「うん。その方がアルらしい。

 そんな不器用で一生懸命な生き方に……私も救われたから」


 ミーヌは嬉しそうに微笑む。

 ただそれだけの事で赤面してしまう俺。

 やめれ。

 マジでドキドキするから。


「し、しかしここはどこなんだ?

 仮想世界の中という事は分かるが」

「ん~MAPによると、ここは「始まりの草原」らしい。

 ゲーム初心者が必ず訪れる場所みたい」


 中空に地図が表示され、それを見たミーヌが告げる。

 何かの術だろうか?


「へ~便利だな、それ。

 俺も使えたらいいのに」

「便利……って、基本操作のウインドウでしょ?

 アルも使える筈だけど……?」

「え?」

「アル……もしかしてチュートリアルを受けてない?」

「ああ。面倒だったし」

「……大好きな人だし、生き方は尊敬してるけど……

 三無主義なこの無謀な生き様は……

 ホントにこの人で大丈夫なのか、私?」


 何やら頭を抱え葛藤し、自問自答するミーヌ。

 以前仲間達にも同じ事を指摘されてた気がする。

 俺はそんなに駄目な人間なのだろうか?

 頬を掻き弁明しながら、俺は嫌な感触のするジト汗が湧き出ていくのを押さえ切れられなかった。 





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