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99章 電界に潜りし勇者


「おにーちゃんは、VRMORPGというものを知ってる?」

「ばーちゃんおーえんおーぴーじ?」

「……簡単に言うとね、

 VRMORPGとは電脳空間に構築された仮想現実を楽しむものなの」

「お芝居か何かか?」

「もっとアクティブな感じかな?

 五感を変換する事により電脳世界にダイブし、好きな職業や好きな役割を演じる(ロール)のが主体だから。

 設定出来る世界観はファンタジーから近未来SFまで幅広いし。

 最近若者達を含め杜の都の人々を賑わすのはそのVRMORPGだったんだ。

 電脳世界の守護者も兼ねる事になったあたしが力添えしたというのもあるけど。

 現科学の域を越え急速に発展し開発されていたVRMORPG<カムナグラ>

 テスト版とはいえ世界創生にも近いリアル感。

 ……それは皆の娯楽であり、憩いの場になる筈だった……」

「だった?」

「うん。……今はそのほとんどがヘルエヌの手によって悪用されてしまってる。

 自らの望みを叶える為の願望機として。

 残されたあたし自身の力では、この神域のリソースを維持するので精一杯だったの……」

「VRなんちゃらの概要は分かったが……

 それが今回の事態にどう関わってくる?」

「ヘルエヌはね、とある手段を使いあたしの力を霊的に反転させたの。

 平時は『維持』を主とする力を『変革』を主とするものへ。

 この地を守護すべくあたしの力は杜の都の霊脈に張り巡らされている。

 依ってあたしの属性と認識次第では容易にこの霊域は変容してしまう。

 そう、術者にとって願望を叶え易い環境に。

 通常の手段ならこの都に施された結界があたしを守るし、あたし自身も気付く。

 でもね、ヘルエヌは」


 一気に捲し立ててたサクヤが、悔しそうに唇を噛む。


「ヘルエヌは電脳空間に数多の祭殿を築き、

 辛抱強く多層結界を結び、

 人々の意識を悪魔的な手段で誘導する事により……

 あたしの力の源である、電界霊脈そのものを<洗脳>する事に成功したの。

 デジタル世界は0と1。

 ロジックで感情が割り込まない絶対法則。

 それなのに記号に過ぎない数式に対し呪式を織り込むなんて……

 悔しいけど、奴の才は人を超えてる」

「腐れ外道なクセに腕だけは超一流っていうのがタチ悪いな。

 そういえば共に転移した恭介達の姿が見えないんだが、どこへ転移したんだ?」

「かえでの緊急信号を受けて、あたしはあすかの協力の元、おにーちゃん達を強制召喚した。

 でも世界改変中の転移はリスクが伴う。

 特にこの世界に所属する者ほどその縛りは大きい。

 急速に失われるあたしの力では異界の客人たるおにーちゃん達をこの神域に招き寄せるのが限界だったの……ごめんなさい」

「いや、サクヤは自分に出来る事を為したんだろ?

 非難される由縁はないさ。

 でもまあ無事なんだな?」

「無事だけど……彼等は仮想現実に囚われてしまった。

 自己を保てる意志力はあるから上書きはされないだろうけど、その世界に相応しい役割を強制的に演じられる事に成ってる筈」

「じゃあ……何とかする手段はないのか?

 恭介達を救い出し、世界をあるべき元の状態に復帰させる方法は?」

「今回の電脳術法を司る大元の礎はゲームにある。

 だからゲームをクリアすれば勝利条件となるけど……それは無理」

「何故だ?」

「ラスボスとなるのは絶対ヘルエヌだから。

 偽りの世界とはいえ創造主に等しい力を持つ者に勝てる筈がない……」

「勝てる筈がない。

 絶対無理……か。

 どこかで聞いた言葉だな、ミーヌ」

「まったく。

 とある琺輪世界で誰かが常々覆してきた言葉だ」


 俺とミーヌは顔を向き合わせると忍び笑う。

 そんな俺達の様子を不思議そうに窺うサクヤ。


「おにーちゃん達……今のあたしの説明を聞いても臆さないの?

 相手は電脳空間限定とはいえ、旧神たるあたしを超える造物主の位階に達してるんだよ?

 恐怖は?

 絶望は感じないの?」

「生憎だが俺の起源は<希望>

 物事をやりもしない内に諦める様なお利口さんには出来てないのさ。

 それに俺は知ったから」

「……何を?」

「誰かを想う意志の力は何よりも強いって事を。

 創生魔法?

 世界改変?

 だからどうした。

 俺は俺自身の幸せ(エゴ)の為、鼻歌交じりでしがらみを超越してみせる!」

「おにーちゃん……本気? 気は確か?」

「サクヤ殿で良いかな?

 アルの言ってる事は残念ながら本気で正気だぞ。

 この男ときたら宿業の敵であった勇者と魔族の女王という垣根すらぶち壊したのだから。

 それだけじゃない。

 因果の最果て、絶望の淵たる奈落に陥った私を救ってくれた。

 愛し、

 信じ、

 守ってくれた。

 アルは……アルティア・ノルンは「やると決めたら必ずやる」男なのだ。

 無理・無茶・無謀が具現化したような三無主義。

 けど、信じてみてくれないか?

 夜明けの輝き、暁の様なアルの生き様を」

「はあ……

 まったくもぅ~。

 ……真剣に打ちひしがれてたあたしが馬鹿みたいじゃない。

 これだから人間は……うん、

 素敵だなーって、思うんだ♪」


 サクヤは俺達の言葉に溜息をつくと気分一転、極上の笑顔を浮かべた。


「あたしの力はほとんど剥奪されてしまった。

 だけどGM権限と旧神の事象干渉能力を使えば、おにーちゃん達をそのままの能力値とスキルを所持したまま仮想世界へ電送する事が可能となる。

 だけど仮想空間は精神世界と同じ。

 内部で肉体が傷付けば現実の自分も損なわれる。

 最悪、死ぬ事だってある。

 それでも……ホントに行ってくれるの?」

「くどいな~サクヤは。

 さっきのドSっぷりはどーした?」

「な、何よその言い方!」

「シンプルに一言こう言えばいいんだよ。

『ムカツク野郎をぶっ飛ばして、身の程を知らせてきてね★』って」

「アルの言う通り。

 困ってる人がいるなら手を差し伸べる。

 それが正しき在り方と私はアルから学んだ。

 それに捕らわれてた私を救う為、色々な人々のお世話になった様だ。

 私が動く事で少しでも恩を返せればいいと思う」

「む~……知らないんだからね!

 後で後悔しても関係ないんだから!

 ……でも、本当にありがとう」


 うっすら涙を浮かべ頭を下げるサクヤ。

 照れながらも怒って見せる素直に慣れない可愛らしさに俺達は笑顔で応じる。


「では行くとするか。

 この神域のゲートを出ればそこが仮想世界になるのか?」

「うん。世界間の断絶があるから通信くらいしか干渉出来なくなるけど大丈夫?」

「ああ、任せておけ。

 最速でヘルエヌをぶちのめしゲームとやらをクリアーしてみせる」

「頼もしいな……おにーちゃんは。

 あ、そういえばあたしの貸した耳飾りは?」

「ん? ああ、ここに。

 こいつのお蔭でミーヌを救い出すことができた。

 マジで感謝するよ。

 ただ……楓が術式兵装したら効力を失ってしまったみたいなんだが」


 俺はインバネスのポケットからサクヤの耳飾りを取り出す。

 美しき輝きを持つ瑠璃色だった芳珠は鉛の様にその色を褪せていた。


「ん~ん。問題ない。

 だってこれはあたしの力を宿す為の形代だから。

 ちょっと待ってね。

 おねーちゃんの分と合わせて今、神力の息吹を吹き込むから」


 サクヤは自らの耳に残されてた耳飾りを取ると俺からも回収し共に手中に抱く。

 そして大きく息を吸うと、抑揚をつけながら厳かに祝詞を唱え始める。

 するとどうだろうか?

 耳飾りに灯った蒼の輝きが神域全体を淡く染め上げていく。

 光が照らす先々で祭殿が、蝋燭による多重結界が一人でに再構築されていく。

 これが旧神たるサクヤの真骨頂、事象改変の力か。

 俺は驚愕を押さえながら動向を見守る。

 やがて一際眩い閃光があがると、息を荒げるサクヤの手中には形を変えより細かく色鮮やかな耳飾りが鎮座していた。


「今のあたしに出来る精一杯の力を籠めた。

 これならヘルエヌに対し少しは抵抗できると思う」


 いじましく告げ俺達に手渡してくれるサクヤ。

 不安に揺れるその手を握り、俺はサクヤに感謝を述べる。


「ありがとう、サクヤ。

 今のお前の体調では辛い作業だったんじゃないか?」

「ううん。実際に動くおにーちゃん達に比べたら、こんなの苦でもないよ。

 だけど流石に……疲れた、かな……

 少しだけ……休んでいい?」

「ああ、回復したら連絡をくれ」

「うん。そうするね。

 あと、内部の時間経過には旧神としてGMとして最大限干渉し外部から見ればこの神域を含む杜の都全体は事象停止の様な状態にあるの。

 外界とのトラブル回避の為に」

「中にいる俺達だけが動けるという事か?」

「御明察通り。

 だから外界の助けは借りれない……それでも行く?」

「無論」

「右に同じく」

「もう……こんだけ脅しても揺るがないんだから。

 ……じゃあ任せるからね。

 任せるからには無事で戻ってくるんだよ? いい?」

「了解」

「では、気をつけてね」

「ああ」

「……ごめん。

 黙って見送ろうと思って大人な対応してたけど、やっぱ無理。

 どうしても言いたくなっちゃう。

 おにーちゃん、お願い!

 ヘルエヌをぶっ飛ばして、皆を……

 杜の都を救って!」

「任せろ! 行くぞ、ミーヌ」

「うん! ではまた」


 ずっと堪えてたのか、急に感情を露わにし泣き叫ぶサクヤを宥めると、俺達は手を取り合い仮想が現実となった世界へ続くゲートへと飛び込むのだった。

 その先に何が待ち受けているかも知らずに。












 第一部「現代日本転生編」完

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