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泡の彼方  作者: 小生書生気質
1/1

一話目

時は一九九一年八月。日出(いづ)る国といわれた某国では、土地が金を生み、建物が金を生み、とどめは金が金を生む、という、まことに奇っ怪な時世になっていた。


二十歳を一つ過ぎたばかりの善太は時世の波に乗っていた。


その頃の若い男どもといえば、わざわざ異世界へ行ったり、中世へタイムスリップしたり、ましてや魔王を倒すなどという危険なことをやらかさなくても、行くところ全てがハーレムな状態であった。

それを証明するものとして、その時世に爆発的な売れ行きをした一本の小説を挙げてみよう。その小説の主人公は大人しく、全く取り柄の無い男だ。にもかかわらず、高校時代の親友が自死すると、その親友の彼女をまんまと手込めにしてしまう。精神崩壊していたその女がまた自死すると、その詳細をわざわざ伝えに来てくれた世話人熟女とまたズッコンバッコン。まことに言語道断な小説である。更にその男は、脇にちゃっかりキープしておいた、今度は毛色の違った活発そうな女とまた……


そこで話は終わるのだが、体裁は青春小説と謳っただけの、ただのエロ小説である。たしかその小説の名はヨーロッパのどこかの森?だったような。


話は大分逸れたが、そんなご時世のなか、善太はたしかに波に乗っていた。


いつも通りの夕方五時に仕事が終わる。肩パットのいかつい逆三角スーツを着込む。ちなみに色は毒々しい紫色だ。 今にして思えば、その姿は全く異世界の戦士としか思わざるを得ない異形の姿であった。 しかし善太などはまだ大人しい方で、例えば当時、善太の表面上の友、佐伯幸二郎という広告代理店社員なぞは、顔に濃い目のファンデーションを塗ったくり、目もとにアイシャドーを引く、という強者であった。


二人は今日も連れだって○○○あな東京という巨大なディスコに向かっていた。

その巨大ディスコは東京都港区にあり、入場するためには、黒服と呼ばれる従業員による服装チェックをクリアしなければならなかった。しかも昨日入れたからといって今日も入れるとは限らないのである。

現に善太は、昨日と同じ装いだったにもかかわらず、なぜか今日は黒服に行く手を遮られてしまった。一緒にいた幸二郎はOKなのにである。


善太は当時流行り出したヴィトンのセカンドバックから万札を一枚取り出し、黒服の内ポケットにネジ込もうとする。


「こういうことをされては困りますので」


黒服は醒めた嘲笑をその口許に浮かべ、機械的な声を発する。


幸二郎の姿はすでに見えなくなってしまった。


「チッ、待ってろよテメエ」



善太は長い行列を離れ、その街には不似合いの古くさい洋品店に駆け込んだ。



「おばさん。その金色のスカーフください。幾ら?」



「三千九百円です」 「釣りは取っといて。時間ねーから」



「まあ、いいんですか?」



善太は金色のスカーフと引き代えにピンとした一万円を女店主に手渡すと、そそくさとそのスカーフを無造作に首に巻き付けて結んだ。

急いで行列に並び直した善太に黒服の男は軽く一瞥をくれたが、今度は何も言わなかった。


受付で入場料一万円を支払う。ちなみに女性は一円も払う必要がない。



赤青黄色緑にピンク、体にピッチピチの、ボディコンなるワンピースを着込んだ女達が我が物顔で店に流れ込む。手には皆一様にジュリ扇と呼ばれる羽根付きの扇子を持っていた。 善太は人がゴッタ返す店内を右往左往しながらも、お立ち台と呼ばれる小さなステージの前にやっとたどり付いた。幸二郎はすでにステージの最前列に陣取っていた。


「ずいぶん手間取ったねえ。善太君」



「チッ、あの黒服野郎スカしてやがる」



軽く息を切らした善太は、澄まし顔の幸二郎の隣に並んだ。そこはもうあらゆる香りのるつぼだった。

色とりどりの女達は股下五センチの服で男の官能を刺激するだけには留まらず、思い思いの甘い香を揮発させ、嗅覚の面からも男どもを挑発する。



そこに突然の大音響。荘厳だが無機質な音楽が地割れのように鳴り響く。見た目に自信のある女達は我こぞってお立ち台に上がり始める。

善太、幸二郎は勿論、大半の男達は、蜜に群がる蟻の如くお立ち台の下に押し寄せる。踊り方なんぞは二の次で、男共の眼は皆三白眼に据わっている。しかも血走っている。

なんといっても股下五センチのワンピースの女が、手を伸ばせば届くところで踊っているのだ。

酒は飲み放題だが、男どもはこの黄金風景を手放して酒を取りにゆく訳にはいかない。大音響と香の洪水、そして何よりも刺激的な女の下半身丸見えは、善太を容易にトランス状態に導いてくれた。


当時、裸よりエロいとまで言われた女達のボディコンの下はパンツさえ履いていない者も多く、それでいて醒めた目で見下ろしてくる尖った女の態度はさながら女王蜂のようであった。 さてここからがハーレムの作り方である。ジュリ扇をフリフリさせまくっている女王蜂は文字通り究極に扇情的ではあるのだが、男になびく為に踊っているのではない。安全なストリップ、欲しいのは男の餓えた視線だけだ。


上京したての田舎者などは、この女王蜂に気安く声を掛けたりすると、手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。


パンツ見せてんだからイイだろ的な田舎問答はここでは通らないのである。



勿論善太や幸二郎などはこの店では常連である。女王蜂のフェロモンを糧にして、羞じらいの心を封じ込めた二人は一旦酒を体内に入れる。そして初めて女の品定めをするのである。


出来ればジュリ扇を持っていない、お立ち台から遠く離れて踊っている女が良い。当時の言葉を借りれば、イケイケの女王蜂の命令に仕方なく付き添って来た(てい)の女が御しやすいのである。自分は番外だと思っている女をホメてホメてホメ千切る作戦がここでは功を奏するようだ。


善太と幸二郎は、ドリンクバーの前に佇んでいる女子大生風の二人組みにまず目を付けた。



「ねえねえ君たち二人だけ?一緒に遊ぼうよ」



「えっ、だって私たち加奈子に付き合って来ただけだから……」



「加奈子ってもしかしてお立ち台にいる子?」



「う、うん。でもなんか私たち場違いな気がして」



「そんなことないって。君たちと飲みたいナ」



「うん。少しだったらイイけど」



この受け答えをする方の女は白いブラウスに膝丈のチェックのスカートの全くスレた感じのしない女だった。

もう一人の女は、当時は廃れていたダンガリーシャツにジーンズという、いかにもこういう場所に不釣り合いな感じの女だった。



必然的に声を掛けた幸二郎と白ブラウスの女はテーブルについて話始める。善太はジーパン女の隣に寄ったが、その女はボーイッシュな顔立ちをキッと引きつらせ警戒心を露にした。



「君かわいいね。こういうとこは初めてかな?」



「はあ?私に話し掛けないでくれる?」


華燭の夜は今日もじんわり更けてゆくのであった。



つづく

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