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4.男の暴行

あらすじ


ラーメン屋でバイトをする香菜は、ある日のまかないのラーメンに感動する。店主の鉄から、それを作ったのは修行中の陸であると知らされた。美味しさを伝えたくて陸のもとへと向かう香菜だが、その途中の公園で不審な男に襲われてしまう。

 男の口から、酒の匂いがした。香菜は眉をひそめながら、何とか逃げ出そうともがく。しかし、成人男性の力は彼女の何倍も強い。ベンチに倒れた彼女の上からのしかかる様に、男は体を近付けた。

「いやああああ!やめて!」

 彼女の細い腕は、片一方の手で押さえ付けられてしまった。足をじたばたとさせて抵抗するが、効いていない。荒い鼻息を繰り返しながら、男はにやにやと笑っている。そして、思い切りに胸を掴んだ。香菜にはその時確かに、自分の血の気が引く音が聞こえた。


「きゃああああ!誰か!誰か助けて!」

「うっせぇんだよ!黙れっつってんだろ!?」

「ん……はぁっ!」

 鈍い音と共に、右頬に痛みが走る。男は続いて、香菜の左頬も平手打ちした。口の中に、じんわりと血の味が広がる。痛みと恐怖で、涙が零れた。

「う……っ」

 男の手は、躊躇ちゅうちょ無く胸を揺さぶる。香菜は口を開けて叫ぼうとするが、震えて声が出ない。やがて男は勢い良く、彼女のシャツを引きちぎった。ボタンが跳んで、その辺りにばらばらと散らばる。


(やだ……!誰か!)

 下着のしたから、ピンク色のブラが見えている。彼はさらに息を荒げ、がっしりと掴んだ。香菜はそれに、震えた叫び声を上げる。それを掻き消すように、男の怒鳴り声が飛んだ。激しく揉まれる胸に、彼女は悲痛の表情を浮かべた。

「もっと……もっと楽しませてくれよぉ!なあああ!」

「ぐ……ぅ!」

 平手打ちが、再び彼女の頬を打ちのめしす。「やめて!」と声を出したが、言い終わる前にもう一発殴られた。だらんと一瞬だけ人形のように、意識を失ってしまう。すぐに目を覚ますと、男の拳が振り上げられているのが見えた。死んでしまうのではないかという恐怖が湧き出し、反射的に目を瞑る。絶望した。


 ……しかし、拳が顔面に落ちてくる事はなかった。胸の痛みも、体を締め付けていた圧力すらも消えていく。香菜は、うっすらと目を開けた。

 涙で滲んで見えにいが、誰かが立っている。誰かが立って、男の腕を掴んでる。


「お前、何してるんだ!」

 --陸だ。男の腕を掴んで、怒鳴った人物は陸だ。香菜はぜえぜえと呼吸を整えながら、その姿を眩しそうに見ていた。

「お……おい!離せよ!」

 男は、自分を睨んでる陸の腕を振り払う。舌打ちをしながら、陸に一発ぶつけようと拳を固くした。しかし自分よりも背が高い彼を目の前にすると、途端に気が失せたらしい。頼りない足取りで、よたよたと公園から逃げて行った。


(陸さんが……助けに来てくれたんだ……)

 香菜はゆっくりと起き上がる。震える体を庇うように、ベンチの上で小さく体育座りをした。そして、陸の方を見上げた。

「これ着て」

 陸は青色の薄手の上着を脱ぐと、彼女に上から被せた。香菜は自分の服が無残に破られていることに、今頃気が付いた。そこから下着とブラがだらしなく顔を出していたのだ。

「さっき、三人の警官に会った。あの男を探していたらしい。きっとすぐに捕まるよ」

 彼女の目線に合わせるように、すとんとしゃがみ込む。陸は優しい顔をしていた。ボロボロの自分が惨めに思えるほどだった。


「何で……ここに?」

「鉄さんから連絡が来たんだ。香菜ちゃんが出て行ったって。そしたら女の子の叫び声がしたから」

 香菜の両の頬は赤く腫れ、おまけに口は切れて血が出ている。陸は心が痛くなって、ぎゅっと口を閉じた。小さく肩が揺れているのを見ると、余計に辛い。

「落ち着いたら、後で警察に行こ?」

「うん……うん!」

 安心感がどっと溢れて、涙が止まらなくなった。ぽんぽんと自分の頭を撫でる陸の手が、どうしようもなく優しい。本当に怖かったのだ。このまま殺されてしまうのではないかと思ったのだ。


「……ごめん、俺のせいだ」

 夜の公園に、寂しく声が響く。陸はまるで優勝できなかった野球選手のように、頭を下げた。

「違うよ!陸さんは何も悪くない!本当に!」

「二度と、こんな思いにはさせない」

 うな垂れていた彼が、顔を上げる。目の合ったその瞬間に、香菜の心臓は確かに動いた。どこまでも純粋で真っ直ぐな視線に貫かれて、体中が熱くなった。

「香菜ちゃんのことは、責任持って俺が守るから」

 その声を受け止めて、彼女は頷くしかなかった。心がざわついて、その後にじんわりと疼いた。温かい涙が、頬を流れていった。


 心臓を射抜かれた。そんな言葉があるが、今の香菜はそのままそれだった。見慣れた陸の顔が急に違って見えたのも、鼓動が速くなったのも、そのせいだった。

 ただの『優しいお兄さん』が『気になる男の人』に変わったのは、この瞬間だった。

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