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21.喧嘩

あらすじ

香菜はラーメンが大好きな女子高生。ラーメン修行に励む陸と、晴れて恋人同士になった。陸がラーメン屋独立を果たし、二人の絆はさらに強まる。

そんな中、香菜のクラスメイトの匠は、もやもやとした思いを抱えていた。

「ねえ見て!陸さんのお店が載ってる!」

 休み時間、香菜がリサに携帯の画面を突き付けた。ガヤガヤと賑やかな教室でもよく響く、大きな声だった。

「これ、店レポ?一般人が飲食店の評価をアップできるコミュニティサイトの」

「そうそう!ほら、ここ!」

 リサはようやく、なるほど、と理解した。全力屋の文字の下には、店の外見の写真が貼られており、さらには大体の値段や住所、電話番号まで細かく書かれてあった。評価は評価者が付けた星の数が平均化される仕組みで、どうやら満点は五つらしい。


「陸さんのお店、星3.5だよ?すごくない!?」

「基準がイマイチ分からないけど……でも、開店してすぐなのに載るもんなのね」

 キラキラと瞳を輝かせる香菜とは対照的に、リサは落ち着いた様子で言った。さすがネット社会だ、なんて思ってしまう。

「これ、靴ぴょんや陸さんに教えてあげたら喜びそうじゃない?」

「鳥山さんもね」

 リサはさっそく彼氏にメールを送るらしく、香菜の付け足しなど聞こえていない。慣れた手つきで操作に没頭していた。



 --そんな二人の様子を、隅の席から観察している男が一人。

 彼は頬杖を付き、相変わらずの無愛想顔で眺めていた。はしゃぐ二人の様子は、少し鬱陶しかった。


「匠ー、何してんの?」

「……別に。何も」

 伊藤が背後からツンツンとちょっかいを掛けてきたので、匠は余計に不機嫌になる。それでも伊藤は背中を人差し指で突き続ける。


「最近匠さ、よく早瀬の事見てるよな?」

「……はあ!?」

 不意打ちだった。思わず声が大きくなった。激しく伊藤の方を振り返ると、彼はニヤニヤ笑いを浮かべていた。

「何言いだすんだよ、お前は」

「だってそうじゃん。今も見てたし、昨日だって体育の時めっちゃ見てたし。俺は知ってんだぞ?」

「見てねえよ」

 明らかに匠は怒っているのだが、伊藤にとっては小動物が反抗しているようにしか見えないらしい。しまいには、彼の頭をぐりぐりと撫で始めた。


「もしかして気になっちゃうとか?早瀬のこと」

「ば……馬鹿言うなよ!ふざけんな!」

 匠は乱暴に彼の腕を振り払う。その反動で、椅子から転げ落ちそうになった。

「だって動揺してんじゃん」

「してねえよ!」

「嘘だー。だって顔赤いし」

「はあ!?」

 ガタン、と大きな音を響かせて立ち上がった。完全に遊ばれている。それが気に食わなくて、その場から逃げるように教室から出た。「ジュース買って来る」なんて嘘を吐いて。


(……くそ。何言ってんだ、あいつは!)

 廊下を速足で歩くと、何人かの女子が振り向いた。しかしそんな事気にならない。まるっきり恋愛に何て興味無い。女子に好かれようと、正直どうでもいい。

(俺が早瀬の事好きって……何でそうなるんだよ)

 さっきは確かに見ていた。伊藤の言う通りだ。だけど、別に見ていた事に深い意味なんて無い。そうだ、自分はただ単純に、うるさいと思ったから見ていたのだ。鬱陶しいと思ったから見ていたのだ。

(……いや、待てよ。何で鬱陶しいと思うのに見てたんだ?)

 何となく、その場で足を止めてしまった。それと同時に、ぐるぐると高速回転していた思考もストップする。


「こんなとこで何してんの、武藤」


 ……最悪だ。

 彼の目の前に現れたのは、今一番会いたくない人物だった。彼女は彼の瞳を覗き込み、不思議そうにしている。早瀬香菜、だ。

「……お前こそ」

「陸さんに電話しようと思って。教室じゃうるさいから」

 答えも最悪だ。よりによって、あの年上の彼氏の話をされるなんて。ぱっと頭の中に浮かんだ陸の顔が、鬱陶しくて堪らない。あの無駄に爽やかな笑顔も、優しく香菜を見つめる瞳も。思い出すだけで、匠を不快な気持ちにさせた。


「年上の彼氏なんて、気持ちが悪い」


 言った後に、はっとした。まるで自分が喋ったのではないような気さえした。勝手に口から漏れてしまったのだ。冷や汗が、背中の辺りを静かに伝った。

 引き返せない、と思った。

「お前、あいつに騙されてるんじゃないか?」

 --止まらない。何だか異様に体が興奮して。次から次へと棘のような言葉が飛び出る。こんな事が言いたいわけではない。

「所詮、あいつから見れば子供だよ。本気にされてるわけがない」

 何にかされているのか分からないが、焦っている。言うつもりのない言葉が、気持ちよりも先に溢れた。本心と嘘がぐちゃぐちゃに混ざって、もはや何を言いたいのかも分からない。本当は何も言いたくない。


「……そんな風に思ってたんだね」

 香菜が口を開いた。鉄のように重く沈んだトーンで、責めるような激しさは無かった。ただ、まるで軽蔑するように。


「最低」


 自分を睨み付ける香菜の目には、燃え盛る炎が宿っていた。思わず、びくっと体が震えた。

 本気だった。今にも手が出そうなほどに、香菜は怒っていたのだ。こんな彼女は初めて見たし、今まで想像もしなかった。


 やがて、彼女は何も言わずに走り去った。その背中はどこか寂しくて、とても遠く感じた。

(……何であんな事)

 分からない。自分の事なのに、ちっとも分からない。

 ただ、妙に火照った体で、ぼんやりと立つ事しかできない。自分を怒った香菜の瞳が、脳に焼き付いて離れなかった。

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