2.リサとデブ子
「あーあ、新しい恋愛がしたーい」
放課後の教室。大抵の生徒は部活動のため、この部屋から出て行く。
しかし、香菜たちは違った。まず、香菜は言うまでもなくラーメンのバイトに生きる女だ。部活をしている暇なんてない。そして今、女子高生らしい言動をしたリサも、部活には入っていない。彼女の場合はバイトではなく、常に恋愛の方が忙しいのだ。
「リサ、もう別れたの?」
「まあね。今回は、相手が悪かったっていうか、チャラすぎっていうかー」
リサは長い茶髪をくるくると指に巻き付けている。そして色っぽく溜息を吐いた。
彼女の容姿は、香菜の2倍は派手だった。つけまとカラーリップが主役のがっつりメイクは、公立高校の校則だかこそ許されるものだった。もちろん、鋭い爪にはごつごつしたストーンが大量に付いている。それは、もはや凶器にさえ見える。
「ねー、いい人いない?紹介してよ」
「いないよ」
「ほら。香菜のバイト先のラーメン屋さんとかさあ」
香菜は頭の中で、顔を思い浮かべた。真っ先に思い付いた鉄を、すぐに消去する。
次に浮かんだのは、陸だった。頭の中の彼は、いつも通りに一生懸命ラーメンを作っていた。爽やかといえば、爽やか。ちゃんと優しいし、いい人。しかしリサに薦めるには、年の差が気になった。陸は、たぶん25歳くらいだろう。
「やっぱり誰もいない」と言おうとしたその時、教室の扉が開いた。
「また購買に行ってたの?デブ子」
「もーリサ!デブ子じゃないよぉ」
両手に大量の菓子パンを持って現れたのは、デブ子……ではなく、花子。ふわふわボブにふっくらとしたもち肌、そして大きな体がトレードマークだった。
小、中、高とデブキャラでいじられてきた花子だが、女子力は三人の中で一番かも知れない。趣味はおかし作りに、ガーデニング。ポケットにはピンク色のハンカチ。前髪を留めるピンは可愛い花の形。アイメイクはナチュラルピンク。おまけにおっとりとした性格が後押ししていた。
そんな彼女に、香菜が一言。
「よく食べるね」
「えへへ。香菜ちゃんも欲しい?」
「んー。今日はいいや」
断る彼女に、花子は目を丸くした。花子ほどではないがよく食べる香菜にしては、珍しいことであった。
「なんか、昨日食べたラーメンが美味しすぎて……それしか考えられないんだよね」
「鉄火山の鉄さんのラーメンなんでしょぉ?」
「それが、なんかいつもと違ったんだ」
香菜は机に頬杖を付いて、とろんとした目つきになった。そして「うー」と唸り声を上げ、バタバタと足を動かした。
「癖がなくて、さっぱりとしたスープ!だけどちゃんと深みがあって、ごくごく全部飲めちゃう勢いなの!ストレート麺は、本当にスープとの相性ばっちり!ちょっと硬めっていうのがツボなの!チャーシューはびっくりするくらいトロトロで柔らかくて、口に入れた瞬間になくなっちゃう感じ!メンマたっぷりなところも大好きだったし!あんなに美味しいラーメン食べたの初めてだったんだから!」
違う次元に行ってしまった彼女に、リサと花子は顔を見合わせた。喋り終わった香菜は、突っ伏したまましばらく屍のように動かなくなった。しかし、がばっと急に起き上がると、その勢いで立ち上がった。
「じゃあ私、バイト行って来るねー」
小走りでぱたぱたと教室から出て行く彼女の背中を見つめながら、二人は再び顔を見合す。
「ほんと、忙しい人だね」