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13.波乱のおうちデート(1)

「わー!陸さんの家だー!」

 陸の家は、らーめん鉄火山から歩いて20分のところにあった。刑事ドラマに出てきそうな小さく古いアパートで、外見は決して綺麗とは言えない。危なっかしい階段には、塗料が剥げた形跡があった。しかし、部屋に入ると随分と印象が変わった。

 予想した通りの小さな部屋だが、きっちりと整理されている。家具は必要最小限で、椅子やソファーすら見当たらない。一人でご飯を食べるのに適した丸テーブルに、本の詰まった本棚、いかにも一人暮らし感丸出しの小型テレビ、そしてベッド。一人暮らしの男の部屋とは思えないほど綺麗だと、香菜は素直に思った。


「お茶出すから、ちょっと待ってて」

「ありがとう」

 陸は足早にキッチンの方へと向かった。数少ない食器の中から透明のグラスを見つけ、そこにお茶を注ぐ。焦っているのか、途中に零し掛けた。

(まさか香菜ちゃんが家に来るなんて……)


 事の発端は、香菜の何気ない一言だった。「陸さんの家に行きたい」と急に言い出したのだ。

 確かに、今晩はラーメン屋の仕事が終わったらどこかに寄り道する予定だった。昨日、電話越しに約束したのを覚えている。

(だけどだからと言って俺の家って……)

 一人暮らしの男の家に、女子高生の彼女が一人でやって来た。しかも、夜。しかも、二人きり。昨日の鳥山の言葉もあって、陸は冷静にはいられなかった。

(大丈夫。香菜ちゃんにその気はないと思うし……って、ないのか?)

 ふと、陸は手を止めた。自分の家に来たいと言った香菜の表情は、別に普段と変わらなかった。だけど、内心はどうなんだ?夜に彼氏の家に(しかも一人暮らしの)に遊びに来るというのは、やっぱり何かを待っているのだろうか。それは、彼女なりのアピールではないのだろうか。

(……いや!ないない。そんな事考えてどうするんだ、俺は)

 まるで悪夢と戦うかのように、陸は首をぶんぶんと横に振った。しっかりしろ、と深い溜息を吐く。

(香菜ちゃんの事を大事にするって決めたんだ。キスを我慢してきたのは何のためだ!)

 こげ茶色の古いフローリングの上を歩きながら、陸は自分自身に言い聞かせていた。

(とにかく、不用意に近づかなかったらいいんだ。大丈夫)


「本棚、ラーメンの本ばっかりだね」

 制服の香菜はそう言って、ぺたんと床に座っていた。丸テーブルの上に出しっ放しにしていたラーメン誌を手に取り、楽しそうだった。

「つまらない部屋でごめんね」

「ううん。陸さんの部屋に来たかったんだ、私」

 にっこりと笑う彼女の言葉に、彼は戸惑った。どういう意味なんだ、と再び迷宮入りしてしまう。しかし、香菜の「テレビを見たい」の一言で、何とか救われた。

「見たいドラマがあるの忘れてた。危ない危ない」

「ドラマ好きなの?」

「うん!陸さんは見なさそうだよねー、テレビ」

「そうだな。俺は」


 それは今流行りの男性アイドルと人気女優が出ているもので、切ない恋の話だった。香菜にしてみれば、ずっとすれ違ったままの二人がもどかしいらしい。こういう話が好きなのか、と陸はまじまじと見ていた。

「今の主人公が食べてたチョコ、めっちゃおいしそうだね!」

「やっぱり、恋より食い意地か」

「ひどい!」

 子犬のようにくしゃっとした自然な笑顔の香菜は、彼の心を和ませた。さらに冷蔵庫からチョコを出してくると、彼女は最高のテンションで喜んでくれた。

「陸さんがラーメン屋出す時はさあ、デザートも考えなくちゃいけないね」

「あ!忘れてた」

「ラーメンの後だから、甘いのがいいかな?それかさっぱりするの」

「チョコは女性人気が期待できるからいいかもね。チョコプリンとか、チョコアイスとか」

 二人は、すっかりラーメン屋の話で盛り上がっていた。香菜があまりに楽しそうに話すので、思わず笑ってしまう。陸もすっかり先ほどの緊張感を忘れていた。

 ……そう。あのシーンが始まるまでは。


「お。やっと二人が再会できた」

 香菜は感動的なBGMに反応して、ラーメンからドラマへと目を移す。そこでは向かい合った二人が、互いに気持ちを伝え合っていた。陸は何だか嫌な予感がして、冷や汗が出た。

「やーん!いいシーンだね」

 案の定、予感は的中した。二人は互いに唇をくっ付けたのだ。しかもそれだけでは終わらず、何度も何度もキスを繰り返す。首筋、耳の裏、瞼、額……さらに、ディープキス。

 BGMは消え、いつの間にか部屋には口付けの音と女優の甘い溜息だけが響いていた。


「あ!俺……ちょっと何か食べるもん持ってくるよ!」

 耐え切れず、立ち上がる。そして陸は逃げるように、キッチンへと足早に向かった。香菜の顔は見れなかった。

(何で……何でよりによってキスシーン……!)

 しゃがみ込み、小型サイズの冷蔵庫に額をくっ付けた。まるで地獄の中に突き落とされたように眉間にしわを寄せる。あのシーンが、あざ笑うかのように頭の中で再生された。

(しっかりしろ、俺……!)

 そう言い聞かせるが、さすがに厳しい。先ほどのように上手くはいかなかった。今度こそ迷宮入りだ、と陸は溜息を吐く。


「陸さん。何してるのー?」

「……大丈夫。すぐ戻るから」

 向こうから香菜の声が聞こえて、陸は重い腰を上げた。大丈夫とは言ってみたものの、そんなの大嘘だ。大丈夫なわけがない。

(とにかく、香菜ちゃんに触れなかったらいいんだ。ベッドに座らなければいいだけの話で……)

 そんな事を考えながら、部屋に入る。すると香菜は、待ちくたびれたように陸をじっと見ていた。


「ごめん。食べるもの無かった」

「いいんだよ、そんなの。何か食べたいから家に来たわけじゃないし……」

「え?」

 香菜の声が、何だかいつもと違う。それにテレビも消えていて、部屋は何とも言えない沈黙に支配されていた。陸は香菜が一度視線を逸らしたのが気になって「香菜ちゃん?」と名を読んだ。

 彼女は突然立ち上がった。そして陸の真正面に立つ。頬が明らかに赤い。目も真っ直ぐにこちらを見ている。陸は逸らす事も強く見つめ返す事もできず、立ち尽くしていた。


「ねえ、陸さん。キス……して?」

後半へ続く~(笑)

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