ザカリー
家の屋根なら二三枚重ねるだけで出来そうな大きな茎を持った巨大な葉
重なった葉の間には塔のように伸びた茎が真っ直ぐに生え右左右と交互に並んだ真っ赤な種子が垂れている。、
密集した草木の所々に円形に開いた窪地がある。そこには若木の生長を邪魔するように下草がからみつき行き場を失い互いの上に重なり合っている。
真ん中には偶然落ちた一年草の種子が驚異的に成長し二十メールの高さにもなった、先端からは早くも次の受粉を待って桃色のたくさんの花が誘うように下がって咲いている。
森は暖かい日差しを求め上へ上へと枝葉を広げ、順調に大地に根を張って来た木の幹は銅周りだけでもゆうに十メートルは超えている。
ほんの少し高低差が付くだけで低い土地は気温が多くなり森の形相も違ってくる、高温多湿な土地には巨大な羊歯やソテツが生い茂り足元には幅の狭い川が細い溝を作って流れている。
熱帯雨林の様相を見せる森が惑星の四割を、二割は無残にも掘り返された荒れ地が占め、残りの四割は複雑な形をした淡水湖や塩水湖。
ザカリアートのジャングルでもっとも目を引くのは茂った樹木の中に突是現れる窪地。
緑の中に赤い土の穴や茶色の穴の、水の溜まった穴のそばには引きずられて倒れた巨木が見られ、穴の真ん中、または周辺には必ず大きな岩が転がっている。
湖が出来る理由の一つに小川を大岩が堰止めて出来るものも少なくない。
この星の食物連鎖の頂点に居るのは四足歩行の爬虫類でもなければ素早く動けるげっ歯類でもなかった。
彼らは大量の食物があるにかかわらず大きくても背丈が二メートルを超える事が出来ないのは、飛び跳ねる暴れん坊ザカリーから逃れるため敏捷性の高い身体の小さな生物が生き残ったからである。
高速で船は飛び続けて故郷ザカリアートの星に帰還できたのは祭りの一週間前。
星で唯一の文明と呼べる施設があるとしたらそれは地下五百メートル下にある。
何度も修復された出入り口には必要以上に分厚い遮断壁が左右に開いてディアンの船を待っていた。
地下の駐船場には最新鋭の機材が揃った倉庫と広い空間がある。高熱に焼かれ色の変わった宇宙船が所狭しと鎖に繋がれて並べられている。
船の誘導員も整備員もいない静かな空間にはユーザーの船のハッチの開く音だけが響き渡り、船の出す熱量だけが透明な襞を作って立ち上っている。
船に乗って帰還したザカリーは船の燃料補給や整備点検など後回しにして地上のジャングルの中に去っていた。
肩にサスケの入った救難袋を乗せて、船の入ってきた空洞を足音も無く地上に向けてディアンは駆け抜けた。
ザカリーが身をひそめている森を横目に、荒れ地と緑の森との境界を飛び跳ね続けて一時間、特別目印なるような樹木も特徴のない場所で足を止めると重なった岩の上に土がかぶさった隙間を見つけるとディアンは中に入った。
穴の中は外の土くれの転がった荒れ地とはずいぶん様子が違い、びっしりと細かな苔に覆われていた。
苔は穴の奥に降りるに従って自ら明るい光を放ち、狭まった岩の隙間の奥に海のように流れのある光るうねりが見えた。
地中のうねりは規則正しく寄せては返し周囲の岩にぶつかってはより明るく輝きおぼろげな光のうねりに明るいしぶきの輪に広がる。明るい輪はうねりに飲み込まれまた鈍い光に戻る。
光る水の入り江のそばでディアンは立ち止まり、救難袋から霜の降りたサスケを出してそっと光る水の上に置いた。
胸の上に交差した折れた手の上に二本の折れた脚が乗っかり、サスケの顔は横を向いて目を閉じている。ディアンの温かさを感じてうれし涙を浮かべたままのサスケは船内服姿で、壊れた人形のようにしばらく浮いていたが水の流れに乗るとゆっくりと左の奥へと沈みながら消えて行った。
残った手元の救難袋のメモリをディアンは確かめた。
帰りのガスの容量は十分あると分かると最後の分別ある意識を奮い起し丁寧に袋を苔の上に置いた。
袋を手放した開放感が全身を駆け抜けた。目を閉じて首を伸ばし二三度横に振って天井を仰ぐ、抑えられていた力が噴き出し口を求めて蠢いている。
瞼を閉じたままディアンは密集した苔の上を軽くステップを踏んで、最後に配慮を要する誕生の穴の入り口を岩の一欠片も落とさずにすり抜けると、鼻の上のしわを深く寄せ歯ぐきの上にまで唇をめくらせて凍りつくような形相を見せ、歓喜に吠えた。
大きく開けた口の奥からからは音の無い波動が長々と森に、荒れ地に広がり丘に山にこだました。
逃げ遅れていた地上の生き物は、毛のあるものはその波動に逆毛を立て、土に潜っていた生き物は土をかきもっと下へと潜って丸まった。
これ以上なにもディアンがやることは無くなった。
解放されたがっている身体の枷を一つ一つ外しながら森の中に足を踏み入れている。
広大なジャングルの中で全身を駆け巡る力を解き放つ、この瞬間から本物のザカリーになるのである。
森のあちらこちらでは小さな争いが起こり始めていた。
逃げ遅れた獣たちは不運にも行く手を阻むザカリーの姿に恐怖の雄たけびをあげている。
今ならザカリーにも理性が、あるいは慈悲が残っている。
首の皮を握られぶん投げられた哀れな獣の声は空に消えた。
ディアンの目は閉じられたままである。森の中へ入ったディアンに目視情報は必要無い。豊かな髪の毛の先端に嗅覚をもち、勝手に食べ物の匂いに引き寄せられて各々動き回っている。
二十メートルある木の先端にはたわわに実をつけた果実をみつけると、
解放された筋肉はなんとか手の形を残していて木の幹を一殴りすると、熟れた実の中から尖った種が雪崩のように落ちて来た。
ひとしきり果実が落ちてしまうまで待って木の根に座り込み芳しい木の実の匂いを楽しみながら広がった口に放り込む。
星を離れている間干した果実、肉ばかりが食糧だったが今は違う、思う存分身体が欲していた、筋肉が喜びを感じる食い物が腹を満たし末端組織に浸透していく。
ディアンの頭は盛り上がった肩の肉の中に埋もれ、胸回りも五倍に膨れ上がりほっそりした体形のディアンの面影はどこにもない。
胃袋に収めた果実の消化をうながすため、ひとっ飛びして臭い匂いを放つ木の幹を剥がして口に突っ込む。みずみずしい樹皮の効果で体中が次の食べ物を要求した。
ありとあらゆる栄養の塊、を体内に取り入れるのだとちょっぴり残った意識が命令する。
地上からはるかに高い場所にある木の実に飛びつき、嗅覚に頼ってねじれた葉っぱの根を掘り返し、伸びた蔓の先から葉をむしりあげて食べ、腐葉土に覆われた土を掘り返し出て来たばかりの新芽を食み、十分なエネルギーを蓄えた頃、足元から首まで這いあがって来ていた高ぶりはつま先から指先髪の毛の一本一本にまで充満していた。
膨れ上がった太ももは歩く事を必要としなかった、ただ軽くそこいらの幹や土を蹴るだけで移動が可能だった。前に立ちふさがるものは何であれ頑丈でいびつな腕がなぎ払う。
四肢にザカリアートの食物の栄養が届き渡り満ちている。
喉の奥には足先や指先から集まった力がせめぎ合い出口を求めて喉を震わせ空洞となった口から声の無い咆哮を吐きだす。
熱い振動は大気を揺らめかせ同じ波動を持った個体を引き寄せる。
互いに刺激し合い弾けられる相手を見つけると膨れ上がったエネルギーの塊になって飛んで行った。




