帰路 2
目を閉じればディアンの温もりが体中に広がって行くのを感じる、そしてはたとサスケは思い当たった。楽しかったチャード姫との会話ばかりを考えるあまりにヴィテッカ議会への報告書を一行も書いていない事に気がついた。
「ありがとう心配してくださって。私ブローレスからキリング国まで自分を見失っていたようです。どうしてあんなに舞い上がっていたのかしら。キリング国の式典が素晴らしかったのでまだその余韻から抜け出ていない見たい。もう大丈夫だと思いますわ」と元気を装うが無理して笑顔を作ろうと努力しても、口の端が上がっただけで笑顔には程遠かったが、やるべき事は見つけた。レポートを書いていれば気が紛れるかもしれない。
ディアンの体温はサスケの体中を駆け巡って暑い熱になった。
肩に置かれていたディアンの手がゆっくりとサスケの背中にまわされてサスケはディアンの胸へと引き寄せられた。
ディアンの行動に思わず顔の向きを変えて見上げると、温かなまなざしがじっとサスケを見つめている。
鼻まで上がって来ていた熱い感情が目で燃え上がり涙になった。
サスケも腕をあげてディアンの胸にもたれかかり、しっかりと閉じたサスケの目からは暖かい涙が幾筋もこぼれていた。
「サスケは少し眠ったほうがいい」
ディアンの胸の中にサスケを囲いこみ少しずつ腕に力を入れる。
「はい」
と素直に答えたサスケは船内服を通したディアンの熱を、顔と両腕で受け止めしばしディアンの腕の中で暖かさだけを味わっていた。
「ァ……」
サスケの胎内で激しい音が痛みと一緒に脳に伝えられ、予期していない許容量を超えた衝撃に脳は耐えられず思考力を停止した。
胸に持たれていたサスケは涙に濡れた顔をのけぞらせ、背中に回されていたディアンの手が重い頭を受け止めて支え、ディアンとの間にあった腕は肩甲骨とひじの間で折れてすとんとぶら下がる。
気を失ったサスケを床に寝かせてベッド脇の壁を外して緑のボタンを押した。ディアンはベッドの床板を持ち上げ少々小さめの銀色の寝袋を取りだした。
袋にサスケを頭から突っ込むと足まではいらない。そうなのだ、これは背の低いイギンラ人仕様に作られている救命袋なのを思い出し、飛び出て袋には入りきらないサスケの足をディアンは躊躇もせずに、大たい骨とひざの間で骨を折り袋に詰め込むと、袋の温度調節を急速低温に設定した。
「これでしばらくは静かになる。まったく集団の中で暮らす生き物の習性は複雑極まりない」
一つ伸びをして感情の消えた顔になり、手早くサスケの入った救難袋を個室の壁にベルトで固定し操舵室に飛び込んだ。
始めに船内で使用されている生命維持装置に使う電源を切る。
自動制御をやめ手動に切り替えると歯をむき出しにして笑った、やっとディアンの本領を発揮する出番がやって来たのである。
ディアンの運航日程はロケットの推進速度で決められていた。サスケを乗せたせいでありきたりの運航速度でしか船は進めずいらいらしていた。
四つの大きなエンジンにエネルギーを集めると、放射される熱量は船内に伝わる。微風にしかディアンは感じられないがサスケのような生命体は違うすぐに熱に負けあるいは寒さに負けて息耐えてしまう。
電気信号を走らせ情報収集をしない、細かく解体され他の生命体に吸収されて違う経路で活用される、それが運命なのだ。
営々と繋がった情報を終わらせることなど決してこれらの生命体はしない、だからこそ不可欠な酸素の無い宇宙空間にも進出しようとするのだから。彼らの永い年月受け継がれた情報の(数憶の)一部、すなわちサスケの脳から放出する微細粒子を信じて、生きたままの連れて帰らねばならないのである。
エンジンから一番遠い操縦室の天井には白い結晶が堆積し始めた。壁面にある七つある画面のうち二つだけが船外の情報を表示している。白い船体を現した温度管理表の一点だけに色が付いている。
操縦席に座っているのは耳まで裂け口を半開きした獣が座っていた。
恒星を中心とした座標に周回する全ての星を明るい色を付けて表示している。細く青く光った眼はレーダーに映る衛星を見つめている。必要以上に上がった口角から覗いた歯と歯ぐきに霜が張り付いた。
生命維持装置の切れたラウンジは氷のように冷え、床に開けられた機関室の四角い穴から漏れ出て来た熱の波がゆるくラウンジにたち上っている。
自分の体力さえも温存したいのか霜の降りたまつ毛の奥から、浮遊する岩石や放出されるエネルギーの波を警戒して計器類を見つめては、忙しく船の航路変更を計算して大きな衝突を回避していた。




