帰路 1
セラ惑星を含む渦状星雲を離脱して七日、二人の乗った宇宙船は恒星の光の届かない暗闇の中を航行していた。操舵室ではラウンジへの扉に背中を向けて少しだけ右側に身体を傾けたディアンが、メインコンピューターがはじき出す数値を見ている。指定された航路上に障害物を見つけると数分間物体の動きを監視してその質量と運動速度を数値で予測し、船の推進力を微調整する。
指示を受けた機器類は瞬時に命令を忠実にこなすために電気シグナルを捕まえては別の分析装置に送り結果をまた数値に戻して視覚原野を持った生命体に分かりやすいように画像グラフに表示した。
無機質な鉱物で作られた情報伝達組織に満足し、意識をラウンジの奥の個室に移せば、鈍い電気信号と熱量の動きにディアンは苛立ち操舵室を離れた。
遠く離れた姫の事などきれいさっぱり忘れてしまえばよいのに、サスケは暇さえあれば未練たらしくセラ惑星ガイドを眺めている。
かと思えば使命感を奮い立たせてとりつかれたように長時間器具に乗り身体を酷使し倒れるまで動き回る。
これまでサスケは船に乗る度に新しい土地に大いなる希望を抱いていた。珍しい宇宙船も案内役のディアンの素性にも興味を示さず、二人は各々の居場所にサスケはラウンジと個室、ディアンはほぼ操縦室にと暗黙の了解のもとで過ごしてきた。
ルールは常に守られ船の旅は続いたがそれもサスケの集団催眠効果が薄くなるにつれ変化が訪れていた。
地下街で日夜叩き込まれていた言葉は消え、深く押し込まれていた恐れや孤独が台頭しサスケは感情的なった。
安穏とした日常生活は住民の誰にも訪れているという共同体の安心感は、船の中にも降り立った土地にも無い事実を知ったのである。
サスケの潜在意識の中で同じ境遇をディアンに求めても男女差と異星人ということも手伝ってか、避けられているようだ。ならば異星人という垣根を壊して、なにがしかの安らぐ言葉をかけてやるべきではないのか。
今まさに個室で静かにサスケは声を殺して泣いている。
平常心を保っていられる限界はディアンにも来ている。ただディアンの限界は泣いたところで収まるほど簡単なものではなかったから、もうしばらく、あとほんのちょっとだけの我慢だと言い聞かせた。
壁のボタンを押すと静かにスライド式のドアは開いた。
個室の温度もラウンジ同様恒温動物が活動できる範囲の温度に保たれている。
ディアンは自分の体内温度を徐々に上げっていった。
「サスケ、気分でも悪いのかい。身体になにか変調でもきたしているのなら、あまり無理をせず目を閉じていなさい。サスケは気が付かないだろうが、情報の仕入れすぎは脳に良くない。少々休ませてやるのが最も効率的だよ」何時になく優しい声音でサスケに問いかける。
悲しみに打ちひしがれているのにむやみに元気付けるような言葉は逆効果なのだ
壁から飛び出たベッドの脇で膝を抱えてサスケは丸まってうなだれている。
さっきまで見ていた手帳を握り締めている。手帳の画面では呼び出されているキリング国の式典のニュースが伝えられていた。
返事をしないサスケをディアンはそっと抱き起こし額に手を当てる。ディアンの指先までしっかりと温度は上がっていた。
「顔が赤い。少し熱があるようだな。運動器具に乗るのは良いが、加減をしないといけないよ」
暖かい手をサスケの冷たい額から離した、ディアンは自分の体温を少々高めに上げた。
長時間座っていたサスケは思いのほか体温が下がっている。
「運動不足ですって。骨密度が落ちてるそうなの」
無意識にディアンの腕から逃れようと身体に力を入れる。サスケの思うように体は動いてくれない。口も長い事動かしていなかったので、ぼそぼそと漏れるような声でコンピューターが予測した結果を伝えた。
近頃自分の気持ちが変なことは自覚している。無償に泣きたくなったり嫌になったり何も考える事が出来なくなったりするのだ。沈んだ気持ちを何とかしようと意識を失うくらい走っても虚しさは増すばかりである。
ぼんやりと覇気のないサスケの腕を掴み腰を引いて顔を覗き込む。
「私は医者の真似ごとがちょっとだけできるのだよ。友人と紛争地帯を歩き回った頃身につけたんだ。この熱は体力が落ちているときに出るものだろう。もっと睡眠を多くとると少しは気分が良くなるかもしれぬ」
掴まれた腕から船内服を通してディアンの体温が伝わると、尖ったサスケの不満や不安が勢いを失くした。
頭の中で姫との会話を繰り返し楽しんでいたサスケは、昼夜の無い船内で時間の経過と共に同性との楽しい会話がアン・オーサの録画のように遠く離れて行きだした。
額に置いたディアンの手の温もりがまだ残っていて、なぜこんなにもディアンの手の温もりが心地よいのかとサスケは考えていた。




