式典の後
華やかな式典の後にすぐにやってくるのは別れである。サスケはチャード姫と別れた瞬間から無理して履いていた靴のつけが一気に膝に押しかかって来たようにがくがくと足に力が入らなくなり、横にいるディアンに支えられて屋上に登った。
宇宙旅行当初は新しい星を、土地を見せつけられるたびにその星にサスケは魅せられた。
始めての土地を歩きその大気を肺に入れ、会話を交わした住人に心残りを感じながらも新しい目的地に向けて旅を続けていた。
川向こうに見える街並みには到着したとき以上に、窓という窓、店の軒先、ビルディングの屋上からも、キリング、ケイレブ、カースタイ、スタノベラの紋章の入った旗が降ろされ、道路の沿道沿いにも小さな旗がまだ並べられている。
豪華な内装が全く想像できない灰色の屋上にサスケはたたずみ、モニュメントのように白く丸い船体を感情をこめずに眺めている。
チャード姫を無理やり引っ張り上げた狭い階段が正面に見える。
すぐ奥には薄緑色の壁と大地を思わせる茶色の床のラウンジ、天井にシャンデリアのようにぶら下がった運動器具の数かず、楕円に作られた個室。
船内に入ればそれらに囲まれた昼夜の無い生活が待っていると思うと回れ右をして引き返したい。
隣のディアンに腕を取られていなければ、チャード姫の部屋に駆け込み何処にもいかないと宣言したい気持ちを抑え船の階段をサスケは上った。
チャード姫は式典が終わる早々に精神分析医、心理学者そのほか、偉い学者に取り囲まれている。
健康調査はもちろんとりわけ姫の学力の程度を判定するために博士たちは呼び出され、
中には軍から派遣された人間もいてそれはうまくカモフラージュされてチャード姫の前に立つとディアンは言っていた。
姫は調査員から受ける質問に不信感を覚えて口を閉ざしてはいないだろうか、答えられない問いかけに困惑して悪い印象を与えてはいないだろうかとの心配がサスケの胸を押しつぶしている。
白いソファーに座り、疲れの残った足を無意識にさすっては射るような目つきで閉められた扉をサスケは見ている。
今更扉を開けて飛び出てもディアンが操縦室に入ってしばらくたっているから、船は殺風景な飛行場を離れ街の上空高く飛んでいるに違いない。
サスケはもうキリングの街に戻れないと思うと全身の力が抜けて行く。
目を閉じれば割れるような拍手、歓声、見た事もない飛行機の爆音、それらの織り成す音の饗宴。華々しいパレード。
あの騒々しく活き活きとした一瞬一瞬はどこへ行ったのだろうかと思うくらいにサスケ一人のラウンジは静かだ。
セラ惑星上どの国の軍のレーダーにも映っていないのを確かめて、後は船に操縦を任せてディアンはラウンジに戻った。
口数の減ったサスケの隣に座り安全ベルトかける。
船内では二人並んで座った事は数えるほどしかない、だが肩を落としたサスケに元の目標を思い出させるためには、心配事の軽減を少しばかりしたほうがよさそうだった。
組んだ足の上に軽く手を乗せて柔らかく口元に笑みを浮かべる。笑顔を競う相手がいないのは残念だ。
「キリング国に姫を連れて来たのはあなたですが、この国に残ると決めたのはチャード姫自身ですよ。彼女は今彼女の能力を全部使って前へ進もうとしています。それにたくさんの人々が彼女のフォローをしようと手ぐすねを引いていることをお忘れなく」とさりげなく言う。
反省は必要だが思いつめてもらっては困るのだ。
椅子の背もたれから上半身を倒し、うなだれて自分の両腕に身体を預けたサスケが重たそうに首をあげた。
「どなたが?」
サスケのあげた顔は隣に座るディアンを見てはいない。白くなった指を見つめ、姫のために何もできない自分の愚かさを嘆いている。
沈んだサスケの声に引きずられないように、極力明るい声音に徹する。
「大臣たちの息子たちがこぞって姫に慰めの声をかけていましたね。(彼らが姫に近づくことはジーヴァスが許さないとは思いますが)アルウテ様も姫を気にいっている様子。きっと彼女は誰からも好かれると思いますよ」
コクンとサスケは体ごと震わせてうなずいた。ディアンの言うとおりだ。
「はい。私もそう思います。ですが、彼女は一人なのですよ。頼る人もいない街にひとりで放りだされます」
たくさんの調査員の問答に一つでも劣っていると診断が下されたら、親切な人々の手から引き離され食べるものもなく路上に倒れ…サスケの想像の中で、叩きつける冷たい雨が姫の亡骸に降っている。
底冷えするような暗いイメージがディアンにも伝わってきた。
ディアンは少しサスケの横から離れて、頭や肩の周辺を埃をはらうように手を振りまわした。少しでもサスケの負の力を叩き落としたい。
「彼女が平民として市居に身を落とすことは無いでしょう。さりとてキリング国の政策に組み込まれて故郷に帰ることも無いと思いますよ。それに一つ安心材料になると思いますがエフリーとイーヴァーが彼女の後ろ盾になっていますから、それ相応の暮らしは出来るのですよ」
サスケの横顔に目を向けて極めて穏やかな声音で対応する、ちょっと今回の事は刺激が強すぎたかもしれない。なにしろ一人の姫の運命を変えてしまったのだから。
サスケが顔をあげてまじまじとディアンを見つめた。
「エフリー様とイーヴァー様のどちらかのお世話になるの」
すがるような苦しげな表情だ。
だてにサスケは歳はくってはいない、贅沢できる除今日を作ってもらえとなればそれ相応のお返しも必要なのである。
優しくディアンはサスケの考えを否定した。
「ザカリーはお妾も愛人も持つことはありませんよ。そこは一つ注意をしておきましょう。彼らは純粋に金銭面のバックアップしかしないということです。私がそのような事をすれば、ほら貴方もそんな風に考えるでしょう。我々は姫に恩義を感じている。恩義を返すには回りくどい事をしても許されると思って二人に頼んだのですが。よろしいでしょう」
サスケの起こした事故の償いだと言えばストレートに理解できるだろう? とはディアンは言わなかった。責めてはいけないときもある。
ディアンの言葉を納得した顔でうなずき、また新たな考えが浮かび真剣な目をして指先を見ている。
「でも一人は寂しすぎます。どなたかの養女とかになれないのでしょうか」
とあくまでも家族の輪の中にチャード姫を組み込みたい。
「彼女をそばに置きたい候補が多く居るでしょうがそのような事はしません。しかしザカリーの養女にというのも面白いかもしれませんね。あとで相談してみましょう」
とさも面白いことをサスケが提案したとディアンは笑って見せる。
「アルウテ様が養女にって言ったらチャード姫はとても喜びます。だってとても素敵な方ですものアルウテ様は」
話が良い方へと向かうとサスケの顔に赤みが差した。
「なかなか良い案と思いますが、ジーヴァス王子がそれは猛反対するでしょうね」
食事会の後他の男性達を姫に近づけないようにとエフリーとイーヴァーに頼んでいる。式典の間中二人のザカリーにエスコートされ姫は特別に目立ってしまった。それすらジーヴァス王子は誇らしく演壇の上から見ていたのだからディアンは王子の変貌ぶりが不思議でならない。
「なぜ? とても姫を気に入っている様子なのに、便宜上の姉の存在は許せないとおっしゃるのかしら。良い後見人さえ居ればなんとか、困らない程度には暮らしていけると…」貴方が説明してくれたのよね、とサスケに続けさせずにさらりとディアンは遮った。
「キリング国では、同じ姓を名乗る者同士の婚姻は許されていないのですよ」
「それはまだ先々にならないと分からない事よ。若い王子が姉のような女性を好きにならないとは思わないけれど。彼女にはもっと落ち着いた素敵な方がお似合いだわ」
短い時間一緒に過ごした若い王子は姫が返事をする前に次の話題にと話を変えていた。
そんな子供っぽさの残る王子にチャード姫はもったいないという気持ちがサスケにある。
「本当にそうなると思うの?」
ディアンの顔をしげしげと見つめ、王子は姫の事でどんな感想をディアンに漏らしたのだろうと答えを待った。
「年下ではいけませんか。ちょっと前までチャード姫はジーヴァス王子の花嫁候補の一人だったのですがね」
の一言でサスケの顔に笑顔が広がった。




