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Inheritance  作者: KOUHEI
慣習の星
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祝杯

明日は息子の晴れの新任式。

これまでアルウテの道のりは長かった。


ケイレブ、カースタイ、スタノベラ国の主要国と隠密裏に手を結んだのは夫である。

当時まだ王子を生んでいなかったアルウテは肩身の狭い思いをこのキリングでもしていたのだ。

国同士で内々に進めていた交渉も時間の経過とともに進み、そのうちにアルウテは待望の男の子を出産した。

それまでに儲けた娘達は一人、一人と主要国に人質のように嫁入りさせられている。


夫が病で死ぬと勅許状を盾に夫の弟達を退け、アルウテは女王として名乗りを上げた。

これは夫が生前息子に国を継がせるための策として書いたものだ。

戦乱の世であれば激しい弟達の内乱に国は分裂しただろうが、夫の意向は汲み取られ息子が王位につくまで暗黙の了解でアルウテは女王の座に君臨した。


それも明日彼女の口からジーヴァスに任せると告げれば道は九分通り来たも同然。

小さな禍根があるとすれば目の前のチャード姫。ザカリーの夫婦は立ち去っても貰えば何とでも言い繕えるがキリングに残るチャード姫はそうはいかない。


しかしだ、今宵晩餐会のテーブルに着いたチャード姫の奥ゆかしい立居振舞はジーヴァス王子を始めむさくるしい親父になった夫の弟達、その子供ら、そしてアルウテの目を引き付けて離さない。


ジーヴァスを始めじろじろ見る事を無作法だとしつけられているキリング国の紳士淑女らは誰が見ても好意的だと分かる顔でチャード姫に微笑みかけ姫の注意を引こうと努力している。

飛びぬけて美しいプロポーションで楚々とした優雅なしぐさはエスコートしている二人のザカリーを傍らに置いておきながらも決してくすんではいない。


マシュージとの確執は消えることは絶対にないがチャード姫はそのマシュージから逃げ出した美しい一羽の小鳥。

小鳥に美しい以外の何があるだろう。小鳥を守るためにするべきことは一つ、小さな籠さえあれば良いのである。その小さな籠一つも持ち合わせていないなどと誰が思うだろう。アルウテは晩餐会の和やかな雰囲気を何時になく好ましいものに感じていた。


チャード姫の優雅な食事風景を眺めながらディアンはキリングの王宮の中で新しい恋のさや当ての始まりを見ていた。

時折チャード姫が助けを求めるようにディアンを見つめるがディアンはにこりと笑って返すとチャード姫は嬉しさを隠せず、緊張感のある顔に笑顔を広げると周囲の男性達の目がくぎ付けになる。


飲み物が行きわたり、食事前の感謝の言葉の中にチャード姫を客としてではなく家族として迎えるという一言をアルウテが含めて言うとだれも異議を唱えるようなことはしなかった。


国家間に起きた問題を解決するのは女王である。その女王の裁量で決めた事に誰も口だしなどできない。

そうなれば美しい小鳥を愛でなくてどうする、とそれぞれ若い男性から妻帯者まで思惑は違っていも、晩餐会の席に座った人々を、貧しい国の気品にあふれた女性は魅了していたのだ。


同じ席についてサスケもまた心弾む時間を過ごしていた。次の料理が運ばれるまでに交される会話の合間にサスケとチャード姫は何度となく視線を合わせて、

この料理はおいしいわ、でももうお腹がいっぱいだわと他愛なく語り合った。


急遽呼ばれていたイーヴァーとエフリーも一緒のテーブルについている。

食後のくつろぎの場として提供された一室では低いテーブルを囲んでアルコールを前に饒舌になった王子を横にチャード姫は座っている。

その隣にはサスケもいたがめまぐるしく変わる人の顔に、アルコールも手伝って誰が誰やら判別できず男女の区別すら分かっているかは疑わしい。


姫はどんな時でも対処できるように飲み物も口元には持っていっても一口も飲まずにいる。

まだ確実にキリング国に残れるとは決まっていないのである。

運を引き寄せるという顔作りに心がけて実践している最中なのだが、大目付役の伯母や女官が口々にその仏頂面では犬猫も寄ってはきませぬと本気か嘘か言われていたのを思い出している。


気を抜けば口角はすぐに下がる。次から次へとチャードを気づかって声をかけてくれる人たちを前に、これは運を引き寄せるいる効果なのだと自分を激励し疲れた表情を見せないように努めている。


それに会話の中心は突拍子もない発想のサスケが担当していて、痛くなるほど無理をして口角をあげなくても自然と笑顔はこぼれていた。


長椅子やスツール、はたまた飲み物を持ったまま突っ立った若者、床のカーペットに腰を下ろしてでもチャード姫のそばで留まっている若者たちを見ながら、華やかな気配を隠し隣の部屋にそっとザカリーの三人は顔を揃えていた。


いつどこで誰に見られても良いように完璧に表情を作る。口元だけを捉えられて会話を探らせないようにわずかしか開かず、舌だけを器用に使って彼らは会話していた。


エフリーはカウンターにグラスを置いて酒びんを選ぶように一本手に取り、ガラス面に映った隣の部屋の様子を窺う。


「サスケ殿を心底おびやかせる事件があったようだな。欲望のど真ん中に飛び込んだのだからは怖い目にもあうというものだ」

カウンターのそばに集音機も無ければ盗聴器もない。おそらく情報収集の任務を与えた者にそれらの機器を身につけてさせて会話に耳を傾けていたに違いない。


「あれは何やら、巷に居るようなものとはちょっと違っている。天賦の才を持っているのやもしれん」

カウンターに寄りかかり彩色された天井を見上げる。温度センサーが取り付けてある。


「天賦の才? 愛嬌があるという事がか。それとも本能に正直な事か。今少し脳内の電気シグナルは活発に動いている様子は見てとれぬが。まぁ確かにパターンとしてちょっと変わっているんだろう」


いたって朗らかな顔で話を続ける。セラの人々と一緒に居てもサスケのシグナルパターンはすぐにエフリーには探せ出せた。


「一瞬で状況を把握して理解したかのように見えて、実は何も考えていない。しかし理解した事を次の行動に移してしまうということは以前の経験を引き出したと思えるのだ。しかし本人はなぜそんな事をしたのか分かっていない。変わっているだろう?」とディアン、サスケの先の読めぬ行動パターを面白がっていた。


「アン・オーサの生き物が全てそうなのか?」

イーヴァーの問いかけにディアンは首を振る。

ドームの中に住む他の住人にあった事は無い。


しかし思い当たることは一つある。遺伝子細胞は一個の生命体に留まらずに常に他の生命体を感化するために浮遊しているという説を研究対象にしなかったのを思い出していた。ただ飛んでいると言われている範囲が狭く効果も薄いとされていたので、実証するべきだったのではと今ではディアンは思っている。


「スアレム人が気に入っている生命体なのだろう? 何かなくては助けぬものだ」

その何か? が怪しいとディアンは言っているが、サスケはディアンの計画予定をことごとく変え続けている。


「フム、連れて来た姫が注目を浴びているが。サスケも姫をもの欲しげに見ているのなぜか」

身体の向きを変え空いた扉の向こう側をイーヴァーは見ている。銀色の巻き毛は生き物のように肩先で揺れ怪しい光を放った。


「恐らく似たような境遇を姫に見出したのだろう」とディアン。


視線を絵画の中の人物に向ける。描かれた時精一杯のおしゃれをしていたのだろう、宝石のちりばめられた額飾りの真ん中で監視カメラがディアンの顔を真っ直ぐに捉えていた。


「理解できない思考回路だ。だが可愛いな。年若い姫を慕っているようだ」


イーヴァーの優しく笑う顔に応えているかのようにディアンは目を伏せた。この場はイーヴァーに任せよう。違うモニターに、カウンターの端のカメラに向かってゆっくりと視線をあげる。


「そのようだ」


緊急事態を回避した喜びを友人たちと分かち合っている、という演技はカメラの向こう側に伝わっているだろう。


「しかし、ぐいぐいと話をまとめ上げるの。セラの星が一致団結して船を作り始める日はすぐだな」

エフリーの心配事はこの一点に尽きる。


「そのようだ」

伏せた目を壁の絵画に向けてもう一度ほほ笑む。しばらくはモニター画像の中の解析とやらを忘れるかもしれない。


「マイプはこの星の団結力を恐れている。彼らの息のかかった船は一切寄港させないと言いきっているからな。それも時間の問題だな。セラが長距離航行船を造れば懐柔にかかるか、略奪に回るかマイプの胸先三寸ということだが」

二人の微笑み合戦には参加していないエフリーは淡々と言った。対比は大事だ、誰もかれも同じようにやっていては個性が無いではないか。


「スアレム人は、まだ長距離航行は無理だと思っている。我々のように途中で給油出来る環境を作らなければならないと考えているからな。だがそれも怪しいな。給油基地など周回衛星にでも作れば何の問題もないはずだ。彼らも馬鹿ではないからな」


「そんな事をされたら最悪だな。星雲の星を全部引き離さなければならなくなる」

「まったく、ついこの間まで反目し合っていたのに、がらりと形態を変えるとは。変化について行けぬ」

「これ以上の膨張は望めぬと思ったらステップアップを図るように出来ているのだ」

とこれは話の内容と同じく不本意な気持を表してディアンは口をすぼめる。


「いやな連中だ」

「まったく」

エフリーとイーヴァーは穏やかな笑みで答える。観察者の目から見れば二人がディアンをからかっているように見えるように。おそらくそうなっているのは間違いない。


ザカリーの三人が居ない事に気が付いて大臣の奥方が気を利かせて声をかけにこちらへと向かっていた。

三人は声高く部屋の四隅の等身大の女神像に感謝の杯をあげた。


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