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Inheritance  作者: KOUHEI
始まり
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再度の呼び出し

ヴィテッカ会議場前広場とは似ても似つかない石畳の上を歩いて、平らな床から壁のような柱を一周回り巨大なフロアーを横切り、正面に大きな手足と顔が入り乱れているレリーフの前にサスケはたった。

光の陰影が色濃く出て巨人たちの声が壁画から静かに溢れてサスケを脅しているようだ。


馴染みのある電光掲示板を探して動き周り天井にも柱にもなにもサスケを安心させる指示を見つけられないまま、時間は経過して、レリーフの無言の威圧に慣れ巨大な手の下に腰を落としてうずくまった。


一人でなぜここにいるのかを考えようとして一人であることに、恐怖を感じた途端体温が下がり自己催眠のスイッチが入る。

解らないことは医者に聞けばよい、社会の仕組みが悪ければ私たちが選んだ議員が不安や恐怖を取り除いてくれる、の言葉が浮かびあがりサスケの心は不安定ながらも恐怖におびえることは無くなった。


ゆっくりと体を横たえてサスケは目を閉じた。

広い空も美しい風景もサスケの頭から消えて、冷たい石と身体の間に上着を敷いて時間の流れていくのを待っていた。

銀色の玉の出す害獣避けの音を聞きながら一夜を過ごしたサスケのもとに迎えは静かにやってきていた。


生命反応のある個体を収集したスアレム人は眠ったままのサスケを船に移動させて連れ帰った。

サスケの住むドームの部屋に戻すとポンポンと二度身体を叩いて何事もなかったかのように去って行った。


住み慣れたベッドの上で目覚たサスケはいつものように朝食を食べ弁当を片手に強張った体で出勤した。

飲まず食わずでいたサスケの顔は疲労感がにじんでいたが所長は見て見ぬふりを通し挨拶を交わして席についた。


職場に戻ったサスケに数週間も休みを取っていた理由を尋ねる人はいない。

尋ねられてもはっきりした答えはサスケにはない。サスケの記憶にあるのはスアレム人と会話をしたことだけ。

会話の内容すら思い出せないくらいあやふやなので考えないことにしている。大事な仕事に戻れたことが重要なのだ。


ドームに移住したアン・オーサの住人の日常は緩やかな時間の流れの中にある。それぞれ属している会社や団体の中の一員として過ごしている。

サスケのように伴侶が死んだ後家は、次に来ることのない候補を待って一人で暮らすのである。

保険組合の救済は無く、独り者の運命は後回しにされるのが街の常識である。


スアレム星人のおかげで氷河期を抜け出し、地上に暮らせるのは大いなる喜びとサスケは思っている

地下都市に自殺はない、住人は皆のために死ぬということには迷わないし、他人の役に立つことこそ美徳と思い込まされているサスケも議会で決められたことには従順な市民の一人である。ただ漠然と待っていた死が伸びたのは少し心残りだった。


ヴィテッカの街の住人は長い時間をかけて暗示を徹底してかけて生きてきた。

催眠療法と教育、それに合わせて薬餌療法を行った結果街は争いごとの極めて少ない環境を保つことができたのである。

体温の変化で与えられる薬は、若気の過ちとか老いらくの恋などという感情を消し去り、単調な勝ち負けのゲームが流行り、気がつけば住人は風にそよぐ木の葉の音にすら、この世の一大事に思えるくらい過敏に反応しそして鈍感に無視した。


喜びとか悲しみの交互を経験して成長する生き物では無くなった市民は抑制され何のために生きるのかを心の奥底では模索して苦しんでいる。


ドームに移り住み昨日と同じことを繰り返し続けているうち環境の些細な変化に住民は気が付いた、街路樹に止まる虫や小鳥の姿に驚き怯え出した。


議会を取り仕切る人間は肩を這う虫に、飛んできた蝶々にパニックを起こして議会の招集も少なくなった。

自宅に引きこもる住人が増え、彼らは昇る太陽に悪態をつき、夕日が消えると街灯の下に集まり隣人の顔を見てほっと胸をなでおろして自宅に戻るという行動をとり始めた。


サスケは以前いた住居を引っ越して池のほとりのアパートに移っていた。水の中に住むという水生生物を期待しての事だがスアレム人は水の中にまで気を使っていなかった。


池の上に風が吹けば波が立ち、周囲の木々がこずえを揺らして動くさまは怖くもあるが、何かを良い予感させるような気がして休みの日はサスケは窓から水面を眺めていた。


そのうちに池の周囲を歩くことに慣れて茂った草や樹木のそばを通ることもできた。


元のヴィテッカに無かった新しい場所には探索と警備も兼ねてチームを作った男たちが警棒を片手に街を見回っている。

池から続く林に踏み込む時は人数を倍に増やしてものものしく鉄仮面を装着してからでないと屈強な男たちには草地の中に入る勇気がないのである。


水辺に遊ぶ鳥を見るために足を止めたサスケに円陣を組んだ男たちが声をかけた。


「そこにおいでは。人ですか? 名前は。住民番号を言いたまえ」


静かな水辺には太陽の光が降り注ぎ飛び石の隙間に顔を出した草の花に羽虫が止まっている。


サスケが警備兵のほうへ顔を向けると円陣の中の一人が答えた。


「知っているぞ。発電所勤務のサスケだ。怪しい者では無い」

「そうか。では、このブロックは異状無しだな」

「安全確認! 右よし。左よし」

「後方確認。よーーし」


サスケが顔をあげて警備兵を見送った後に一台の大型バイクが走ってきた。

サスケのアパートの前でバイクは止り、へっぴり腰の警備兵たちもバイクを見たが見てはいけないもの見てしまったと逃げるように去った。

空き家だらけの街並みに規則正しく小気味よい音が響き渡り、収まるとまた街は静けさを取り戻した。


漠音を発電所のモーター音と部屋の換気ファンが回る音とサスケは比べたがどれも違う。


復元された地上での乗り物が試乗可能と書かれた案内板の下に置かれた時は住民の話題になったが乗り物の説明をするガイドもなく放置されたままだった。

機械の操作は分からないが発電所に勤めていたのでエンジンの出力は知っている。

走行スピード二百を超える機械である。街の乗り物と言えばパーソナリティカーの電気車椅子がたまに走るのを見かけるくらいで、タイヤのついた車は生まれて以来見たことがない代物である。


博物館に展示してある乗り物が動いていることに驚かされて、

恐る恐るサスケは乗って来た人物を知りたくて、木の陰からそっと覗いてみたが樹木でよく見えなかった。


警備兵もバイクの低重音を聞きつけ引き返してきたが、バイクの運転手がスロットルを回すと特別大きな爆音を上げたので警備員全員腰を抜かしてしまった。

並べの掛け声もなく我先にとバイク音の聞こえない場所へ、バイクの見えないところへとパタパタと駆け出して去った。


機械は乗るものではなく住民の生活を陰で支えるものという常識を覆していることを知らない

運転手は上下黒の体にぴったりとした衣服を身にまとっている。


サスケは見てはいけない人がどんな行動をするのか気になった。

他人の行動を詮索するのは悪い市民であるという気持ちもあるが、あり得ない変化を見たくて木の陰から木の蔭へと移動して、黒い人の良く見える低い植栽の中に身を隠した。


黒づくめの人は安全ヘルメットを外しサスケが住む建物を見上げ呼び鈴を押した。

「ひぇ」

サスケの開いた部屋の窓から一度も鳴ったことのない呼び鈴が聞こえる。


驚いて声を上げたがあわてて口を押さえた。


黒い人は車道を大股で横切りサスケの潜んでいた植栽で足を止めた。

「お前がサスケか。呼び出しだ。迎えに来た。後ろに乗るが良い」


植栽の上から見下ろされてサスケは生きた心地がしない。

「ツオーニとドルチェさんからでしょうか? しばらくは呼び出しは無いと言っていましたが」


思わず立ち上がって一歩下がる。獣とはほど遠い顔や姿だが近くにいてはいけないとサスケの本能は警告している。

黒い髪の毛黒い短いジャケットとパンツに黒のブーツ黒い革手袋。

上から下まで見てもう一歩また下がった。


細身の体に異様に威圧感があるその青年は暑くもないのに額には汗が流れている。

黒髪の下には魅力的な額と眉、びっしりと生えたまつ毛は若い女性の行き過ぎた化粧を思い出させた。整った高い鼻、はっきりとした唇の輪郭。サスケのおびえる様子にふっと緩んだ口元から花弁がこぼれてきそうである。


「用件は言った。さっさと来て貰えまいか」青年の声はいらいらした様子である。


サスケから走る機械に青年は目をうつし、気持ちを落ち着けた。バイクはスアレム人に勧められて乗ってみたが悪くは無い。しかし300キロを超すとエンジンに負荷がかかりすぎ二、三度乗ったら壊れそうだ。無理して最高速度を出せば廃棄せざる得ないと思うと初めて乗ったバイクに未練が出てきた。


サスケはフルに頭を働かせていた。

すぐに済む用事かしら、着ていく服装はこれでいいの、今回は市長が居ないわ、戸締りは誰に頼めばいいの、ああすぐに帰れるのだったら戸締りと鍵は預けなくともいいわね、乗り物はまさかあの機械に乗るのかしら、やっぱりここは区長に一言留守にすると言って出かけてたほうがいいわ、と瞬時に考え過ぎてパニックに陥ったサスケはペタンと腰を抜かし地面から伸びた細い木を草を眺めている。


素早く青年はサスケの後ろに回り込み腰を落としたサスケの腕をとり立たせると、軽々と持ち上げてバイクの後ろに座らせた。

「帰りはゆっくり走ってやる。しっかりつかまりなさい」とサスケの腕を青年は自分の腹に巻きつかせた。


サスケが何も言わなくなったのを了承したと受け取り、もう一度サスケの手を確かめて青年はスロットルを回した。


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