笑顔
大股で歩く二人の男性の後を追いながら女性は女性同士、二人の男性から距離を置き小声で話している。
二人の女性の会話は逃走を手助けしようとチャード姫の気持ちの動きである。
女性に話題の主題が聞こえないよう気づかう王子とは違い、朗らかに笑うディアンの後ろ姿を頼もしくチャードは見ていた。人を容姿や衣装などの見た目だけで決めつけないようにしなくてはと思い直しているところだ。
父王は娘のご機嫌伺いに呼びつけた客の贅沢な衣装に目がくらみ、肝心の娘に客を合わせるという事を怠った。
姫は熱をあげた(とチャード姫は周囲の人間に思わせていただけなのだが、そうすれば断られ続ける縁談の話が深刻にならずに済むと考えていた)有名人が宮殿の男達の搾取の的になった事を憂いた。しかも客の妻は男性に対し恐れも無く自前の意見を朗々と述べただけではなく彼らの動きを封じたのである。後に軽はずみで突飛な性格だと知ったが。
サスケの言った言葉はチャード姫の知識としてあったけれどそれを、兵士の前で大見栄を切って言えるはずもなく、自室に戻ってもサスケの言葉が頭から離れず、姫は数時間サスケの行った態度と言葉の意味を考えていた。
食事時間も客の二人は極めて慎重に降るまい問題なく終えている。
心配だったのは盛り花の向こう側の男達の事だ。
父親の王を筆頭に一人としてチャード姫が信用できる人間はいなかったのである。
自分の役回りが世間知らずの女性を演じるように求められているのも承知して振る舞っていたがその役にも嫌気がさしていたのも、客に逃げるよう忠告に走った一つの要因である。
あの言動に触発され、これまでのブローレスに滞在した要職に就く人間の態度が、目つきがなぜあんなにも険しく疑い深くあった理由を知ってしまうと、二度と恥知らずな行動を取りたくないというのが本音。
チャードの決断は行動に移す事で成し遂げられるとその時は思っていたが、その結果チャードの意志など霞みと消し飛んで行くような立場に追い込まれようとは思ってもいない。
チャード姫は美しい装飾様式の壁や豪華な設備の居室にサスケほど長い事驚いてはいられなかった。
それよりも親切にしてくれた二人の客との時間がもうすぐ終わる事に感傷的になっている。
なんの衒いも無くチャード姫の事を心配してくれるサスケと生来からの気質なのか物事に全く動じないザカリーのディアン。
内面では焦っているのかもしれないがそれを微塵にも出さない美しい男性、チャードが憧れていると言い続けていた偽りの心の恋人、この二人との時間を大切にしたいと思っていたのだ。
外からの日差しを直接室内に取り入れないようにした二重窓の頑丈さから目を離しサスケに尋ねた。
「発電所の仕事は大変そうね。女性の方は少なかったのでしょう」
通された部屋の豪華さに目を奪われ、
一度座ったのによく見ようと腰を浮かしていたサスケはディアンの冷ややかな視線に突き合ったった。
縦に開いていた口を慌ててサスケは閉じ、上品に見えるように横に引っ張る。
その様子を見ているチャード姫は、ころころ変わる百面相を見ているように面白がっていた。
両手を膝の上に置いて姿勢を正したサスケは嬉しそうに隣の女性の顔を見る。
「あら、特別な職場ではないのよ。ヴィテッカでは。男女の区別をつけているのは女性が子供を生む場合のみね。女性が子供を埋める時間は限られているから。その期間だけはちょっぴり大事にされていたかも。でもその期間以外はどちらも一緒。健康な者は街のために働くの。発電所では止めた炉の中に入る時が一番怖かった。大きな土管の中をひび割れが無いか調べるの。腰に作業荷物をくくりつけてね。怪しいと思った所の修復をするの。今はそんな事をしなくても良くなったわ。生命を脅かすことは何も無くなったのよ」
なぜそうなったのか。危険は一体どこに行ったのかサスケは考えた事もない。
全ての判断は議会が決めて市長が決断したのである。議場ではありとあらゆる方向から議題を吟味したとサスケ達市民は疑ってかかることは無い。
「うらやましい話だと言ったら、怒られるかしら。街の人のために働く、とても意義のある仕事だわ」
「働いているときはそう思っていたわ。地上に出てからはね、仕事が変わったの。毎日花のおしべを持って受粉作業。黄色の花ばっかり見てた」
助け合うことは善良な市民の務め…の言葉が思い出されてサスケの表情が変化した。きらきらしていた目の色が曇りはっちゃけていた態度が落ち着いた。
「その仕事は嫌いだったの」
身ぶり手ぶりを交えての全身で会話をしていたサスケの態度が一変した。
思い出したくない事を聞いてしまったのではとチャードは焦った。
「いいえ、植物に触れることはとても素晴らしかった。もっと他にも色のある花を扱いたかったというのが本音かしら。ただね、たべられる植物の花は皆黄色だったの。でもね旅をして見たのよ。花の色はたくさんあるの。こんなに多彩な色があるんだって」
新しい世界、新しい環境、新しい生活、なぜ私はあんなに早く順応出来たのだろうとサスケは思っている。新しい街の通りには誰もいないのだ。
活き活きした笑顔に戻ったサスケにチャードは安心した。
サスケとて生まれた国を離れ想像できないくらい遠い星を旅し辛い境遇に変わりは無いのではないか。それともサスケという女性も結婚というしきたりの中で、拒むに拒めない旅だったのだろうかとチャードは思いを巡らせていた。
見知らぬ土地に生まれようとも故郷を離れるのは、人の運命ではなかろうかとも思い始めている。
「知らない土地を見て歩く旅もいいわね。私もいろんな国に行っているけれど。街並みを歩いたりしたことなんか無いもの。見てみたいわ」
国同士の政策の道具にならないで一人の女性として働ける日は来ないと分かっていても寂しい顔は客の前では見せられないと笑って見せる。
サスケの行動はキリング国とブローレス国の中を一段とややこしくした。
チャード姫の心も一個人になれる自由とその合わせもつ恐れの中で複雑に揺れ動いている。
素晴らしい豪華な部屋で過ごす時間が長いほど、ブローレスへ返される可能性が高くなる。
座っている椅子の座面の冷たさがチャードをこの部屋から追い出そうとしていた。
一緒に逃げて来た二人から引き離されれば、
姫に逃げ出す機会が巡ってくるだろうかとサスケとの会話の間中考えている。
まずチャード姫のやるべきことはキリング国の責任ある立場の人間に訴えて自分の存在を否定してもろう事だ。
船で逃げたけれど途中で降ろしたと言って嘘をついて欲しい。その駆け引きを押し通す自信はチャード姫には無い。けれどやらなければならないと思っている。
二人の女性の会話に参加するでもなく見守るようにディアンは口元に薄く笑いを浮かべている。
いつにも増してサスケが多弁だ。
ディアンとの会話に見せた事のない表情で同性との会話に没頭している。




