宮殿内へ
血管認証のパネルの上に手を置く。
王室のなかでも特別な人間しか使用できないエレベーターに四人は乗り込み王子は行く先の階を押した。
ドアが音も無く開き、屋上とは雲泥の差の光景が四人の前に広がった。
横幅二十メートル、アーチ形の天井の一番高い位置まで三十メートル。彩色された聖人の物語が続く天井画をフレッシュグリーンと金色が縁取り、クリーム色の石柱が高い窓毎に並んでいる。
柱の上から見下ろしているのはキリング国歴代の勇者たち。その足元には彼らとともに生きていた時代の動物達が活き活きとした姿を浮かび上がらせている。
高窓を覆うカーテンは左右に開けられて金色の房飾りが互い違いに垂れ下がり優しい温もりを醸し出し、足元には継ぎ目のない草色の絨毯が敷き詰められ真っ直ぐに伸び建物の奥行き感じさせる。
「いつも思うがここで暮らすのはどうかと思う。リザの宮殿は空き家のままではないか。グリーの街中にわからぬように宮殿を構えてもすぐに知れ渡るだろう」
きらびやかで荘厳な装飾の中に居ながらそれらに負けていない優美な顔で気おっている王子を見る。
絢爛豪華な調度品、絵画の世界に二人の女性が目を奪われている。
灰色の垂直の壁の中に凝りに凝った空間を二人は予想してはいなかったのだ。
ふかふかの絨毯は一歩踏み込むたびに足を優しく包み込み跳ね返してくれる。
サスケとチャードが二人の男性の方へ目を走らせると、ディアンはさりげなく脇により頭を傾げて微笑んだ。
王子も照れながらチャード姫に笑いかけるとぎこちない右手でこちらへどうぞと招いた。
チャード姫は歩を進め、男性の二歩手前で立ち止まり男性が歩きはじめるまで待つつもりなのが二人には解った。
サスケはあまりの美しさに言葉も無く二人の男性の頭越しに見上げて立っていた。
奥ゆかしいチャード姫の態度に前方に身体の向きを変えるのでさえ惜しくて、ぎこちなく王子は歩きだした。
「王室は民とともに生きねばならぬ。建前だがな。ここに住まいを構えたのには利便性だけだ。軍隊の配置を考えたら情報を集約でき、適切に指示を出せる場所が必要なのだ。もともとグリーの街の土地は王室の物だし、リザは歩兵を従えて責められる場合には堅固な要塞に変わるが。今はそんな時代ではない。この下には地下数百メートルに外部情報をすべて集められる機関が揃っている。考えたくはないがグリーの街が消え去っても、地下世界は残るように設計されているのだよ。賢いだろう?」
後ろから歩く女性二人を視野に入れながら王子の口は興に乗っていた。
国の防衛を担って来たという自負が王子にはある。
出来れば後ろの女性、特に姫だと友人が言っている女性には、ディアンとの王子の会話に興味を持ってもらいたい。
ひいてはまだ正式に紹介を出来ない自分の立場を理解してもらい、王子としての立場を強調し印象付けたいという狙いで内政に踏み込んだ話をしているのだ。
「それに……ケイレブ、カースタイ、スタノベラ国とは同盟が結ばれておる。この点だけはアルウテの戦略を褒めねばならんが。姉達は皆それぞれの国で優位な立場で活躍しておられる。おかげで僕はこの年齢で新任式を迎えられるというわけさ」
得意げに隣のディアンの横顔を見る。
この国の主要な立場に居ない同年代の若者にだけジーヴァスの本音が話せる。
「まだ遊び足りないと」
美しく笑う友人の顔をまぶしげに見る。
ザカリーは言葉の中にも腹の中にも悪い含みを持たないから王子は大好きだ。
「ふん。本格的に軍のトップに座れるんだぜ。本領発揮さ」
いたずらっ子のようにステップを横に踏んで後ろの女性に目をやる。
「確かに僕の年齢だと早い気はするが父の弟が居るからな。母が死ねば僕はもっと後にならないと軍のトップに何ぞ乗っかる事も出来ないだろう。感謝しているよ、規約を僕のために変えた事にはね」
と、この部分は声を落として言う。
政治的な事を他国の人間の居る前で語るのははばかられるのだ、と言わんばかりである。
だが後ろから女性の視線が付いて来ていると思うと、ジーヴァスの背中が熱を持っているように暖かった。
「そんなに、気になるのか」
これ見よがしの王子の態度にディアンは後ろに視線をやった。
「ああ。ものすごくセクシーで可愛いじゃないか。本当にチャード姫かい」
正直なジーヴァスはほほを染めている。王子の頭の中は彼女で一杯になっているらしい。
王子を横眼で見ながら五感が刺激され、がっつりと本能に反応している友人に内心ディアンは苦笑している。
「君と僕との三日前の会話を彼女に聞かせたいね」
からかうようにディアンは言った。
またたくまにして王子はチャード姫の出す匂いを嗅ぎ取り好ましいと感じ、忙しい身体なのにさっさと顔だけ見せて去ってもいかずに、彼女に自分の存在をアピールしている姿は微笑ましいとしか言いようが無い。
ひと時の幸せがディアンの嫌みでふっ飛んだ。
「それは止めてくれ。あれは式典準備で疲れて意識がまともじゃないときに言ったものだよ。忘れてくれたまえ。頼む絶対に言っちゃだめだよ。まだろくに会話もしていないのに嫌われるのなんかごめんだからな」
隣の友人の顔に本気で話す気が無い事を読み取ると、元の幸せな顔に王子は戻った。
ブローレスに寄り道してくれるよう頼んだ時に、
花嫁候補者の一人一人の感想を友人の気やすさで
一片の同情もなく語った事が思い出された。
友人は妃の地位だけを狙って来ている者が全てではないとたしなめ、親に命令されてきている女性だっているだろうと言ったが王子は聞き入れなかった。
話はどんどんエスカレートして容姿についてかなり手厳しく王子は批評していたのである。
特にチャード姫は悪しき言葉の中にどっぷりつかっていたことは言うまでもない。




