自由
深みのあるグリーンの滑走路の上には視野を隔てるものはなにもない。
川から上がっていた白い霞みは遠くに見えるビル群をほのかに包み消えようとしている。
白い船内服を着こんだチャード姫は照り返る光を受けて内側から輝く女神のような神々しさを醸し出してサスケの目を引いていた。
ラウンジや個室と船内に居た時からチャード姫にくっついて世話をするサスケは女性らしく毅然とした物腰と上品で柔らかな雰囲気に魅せられてそばに居る事が誇らしくもある。
自由の身になった二人は滑走路の縁に向かって数歩歩きかけ足を止めた。
滑走路の縁から向こう側は気の遠くなるような深い空間で、高い窓越しに地上を眺めた事はあっても断崖絶壁のような場所で生身で立つ自信は二人には無かった。
怖いもの見たさはあるけれどひとまず周囲の景色を爽快な気分で味わうには十分な眺めなのだ。
遠くに見える川は、川面を揺らす魚が跳ねて水面をきらめかせている。
川岸には土手から下りる階段が見える。緑の木々の連なった下には板石がカラフルに模様を描いて続いている。
朝の始業時間はとっくに過ぎせかせか歩いている人は少なく、川岸のベンチで座っている人たちは皆降り注ぐ陽光の下ゆったりと過ごしているようだった。
「とても高い所に空港があるのね。深い谷の向こうの建物の窓が見えるわ。不思議な光景ですわ」
二人が立っている場所では、城壁のように立った建物の全容は見えないが、間隔をおいて窓が下に下にと並んでいるのは見えている。
深い谷の下にはブローレスのように緑の庭があるのだろうかと、ついさっきまでいたブローレスのツタの伸びた庭を思い出している自分が変だった。
二人は滑走路の縁までかなりの距離をおいて立ち、建物の屋根越しに見える景色を何度も回って眺めた。
あまりに広すぎて自由を満喫するというよりもこの世界で独りになったという頼りなさが心の中風のように通り過ぎた。
「川沿いを人が歩いていますね。ここは私の街とよく似ているわ」
私の街…ヴィテッカは地下の街で、目前に広がる風景とはまったく似ていないのだけれど、サスケの頭にはアン・オーサの氷河期以前の記憶と入れ替わっていた。
明るい光に照らされた自然の街並み、闊歩する人々、様々な動物達。
種としてヴィテッカに残ったのは植物とわずかな人間だけだけである事実は消えていた。
隣の女性のから優しい香りが漂って来てサスケを幸せな気分にさせ自然と笑顔になった。
船内では目を合わせるたびに許しを請う言葉を並べていたサスケが
落ち着いて話すのをほほえましくチャードは見ていた。
「お仕事は楽しかったかしら? 私は働いた事がありませんの。街に住むということはどんな事か想像もできませんの」
一瞬の自分の選択が自由を生み、また一瞬の後似たような線上に居る。
キリング国に降りったったからには些細な事を決断する場面もないと思われたが、
ほんの束の間だけど自分の考えで行動したのは確かだとチャードは自分の心を慰めた。
まだブローレスに戻されるという可能性はあるがそれだけは頑としてはねつけたいけれど、キリング国の立場上チャードを追い返したほうが何かと都合のよいことは分かっているつもりだった。
「本当にごめんなさい。私こんな風に迷惑をかける人間ではなかったと思っていたの」
ビルの街並みが鮮やかになりくっきりとした輪郭が広がる風景から隣のチャード姫を見つめサスケは視線を下に落とした。
うなだれるサスケの手を取ってとチャードがにっこり微笑んで首を横に振った。
後ろ向きに考えるのやめてとチャードはサスケに船内でなんども注意していたのだ。
後悔の言葉が渦巻くサスケはチャード姫の笑顔に応えて、単調な生活を繰り返していたヴィテッカの街に気持ちを切り替えた。
「仕事は楽しいとか辛いとか思ったりしないものだと思うわ。そうね。やらなければいけないのが仕事でしたわ」
年長者の私がしっかりしなきゃいけないのにと頼もしく隣の女性を見る。
悲壮な顔をしていると思ったら急に愛くるしい笑顔に変わるサスケに
チャード姫は思わず噴き出して笑ってしまった。
「何かおかしなことを言った?」怪訝そうなサスケが目をキラキラして見つめている。
素直な人だからディアン様は妻として迎えられたのだろうとチャードは思った。
「いえ、何か、ほっとしてますの」
ブローレスでの自分の役割が仕事とすればなぜか納得できた。
姫として生まれた仕事をしていたのだと思うと不安だった足元がしっかり固くなった気がした。




