混乱するサスケ
サスケをビビらせて満足したディアンは得意の輝くような微笑みを姫に向けた。
「さて。言葉を交わすのは始めてですね。私はディアン・シルトと申します。貴方の隣に居ますのは妻のサスケ。サスケ、挨拶をなさい。ブローレス国の末の姫君チャード姫です。姫は私の友人の花嫁候補でもあるのです」
さて、一国の姫君をさらったとなるとどんな罪になるのかサスケの頭でもその重大さは分かるだろう。
サスケは短いブローレスでの滞在時間を思い出しだしている。
どこを切り取っても宮殿内で姫君と接触した記憶はかけらもない。
「ディアン、宮殿付きの女官、の間違いではありませんか」
事の重大さがわかったように肩をすくめるサスケの唇から血の気が全くなくなった。
ディアンが間違った情報を口にするわけがないとと思うと地獄の底から手が伸びて足を掴んだ気がした。何と言う事をしてしまったのだ。
「サスケ」と言葉を失ったサスケをたしなめる。
あと一押しでサスケは気を失うだろうがそうはさせない。チャード姫との会話をしっかり聞いてもらわなければ。自己抑制とはどんなものかを学んでもらわなければならない。
「このように私の妻は突拍子もない行動を取る事が多々あります。これまでは人様に迷惑のかからない程度の粗相でしたが、今度ばかりは何から始めて良いのか分かりません」
と少しだけ顔に陰りを作り声を落とす。
チャードは心を痛めている美しい青年に絵心を刺激された。宮殿内の陰謀に巻き込まれないよう客を守るつもりが一緒に自分も行動してしまい、しかも国を離れる船の中に一人で居て引き返すことなどできない状況が信じられない。
「奥さまを責めないでください。私はこの船に乗るつもりは微塵もなかった事だけは確かですが。でも、後ろからの私を呼ぶ声に恐怖を感じたのは確かです。きっと私の顔にはサスケさんに助けてほしいと書いてあったのだと思います。でなければ一度、サスケさんは階段を上っていたのにわざわざ降りて私を引っ張り上げるはずが無いわ。私の心の声を聞いてくださっと思っていますの、だから責めないでください。お願いします」
国に残ればウスローシに引き渡されることは間違いない、できれば客を勝手に帰した罪で極刑が下されればと思う。
泣いてあらぬことを口走るわけでもない、
肩の荷をおろして別な重責を背負った女性は寂しく微笑んでいる。
「このままキリング国に入りますが、何か姫に考えがありましたら、聞かせていただきたい」
と水を向ける。
「駄目よ! ブローレスの端っこでも駄目よ。彼女は下ろしちゃダメ」
血走った目がディアンを睨んだ。何の解決策もない無鉄砲な事をしたとの反省は消し飛んでいる。
「もうブローレスは抜けていますよ」
冷やかにディアンは答えた。
なぜこうも他人に心を寄せる事が出来るか、サルッツアでも短い時間しか接触していないサルツ人に対して寄り添うような大きな同情を抱いていたのだ。
「ありがとう。ディアン様。心使い感謝します。考えてみますと何度も国を出ていますが一人で行動したことは一度もありません。いつも誰かに警護され助言通りにしか行動した事がございませんの。こうなったのはとても良い機会かもしれません。ですが私がこの船に乗っているのはあなた方にとっては迷惑なだけです。それにキリング国の王室の方にもお会いしても状況が良くなるとも思えません、両国の中はもっと悪くなるでしょう。よろしければキリング国内の端にでも下ろしていただければ。名前と国を偽れば生きて行けぬ事も無かろうと存じます」
サスケがチャードの毅然とした言葉を聞いて慌てていた。
姫の手を握りしめて哀れに目に涙をためている。
自分の行いの後始末がどんなに大変か身をもって知り、姫に慰めの言葉も浮かばずパクパクと口を開けては頭を垂れている。
「分かりました。貴方の考えに沿うと致しましょう。少々お待ちを」
自分自身に対する怒りと興奮と悲しみに打ちひしがれているサスケの頬をそっと手で触れて涙をぬぐってやり、ディアンは操舵室へ消えて行った。
二人には聞こえないキリング国からの返事が通信機の点滅で教えている。
余計な邪魔が入らぬようドアを閉めた。サスケは暗黒星雲の真っただ中だ。操舵室の機械を使って各国にチャード姫の遁走劇を訴える恐れは十分にある。
「ディアン・シルトだ」
小さなランプの色が変わると若々しい声が挨拶も無く語りかけて来た。
「生きていたか! 良かった声が聞けて。昼には演習にかこつけて戦闘機を飛ばそうと思っていた所だ。で、どうしたんだ。逃げ出す時にブローレスの姫君に見つかったのか、あいつら自慢のケバングの谷に置いて来い。日中は陽もささず夜は悪しき古きものが徘徊するのだそうな。冗談だ。姫の事は何とかしよう。どうせ金品を要求してくるだけだ、少しぐらいの鉱物なら買う余裕ぐらいあるさ。まじめな話、ディアンが逃げ出してくれて良かったよ。君ら二人に何かあったらおれはノーラと一生口をきいてもらえないよ、姫の事は気にするな、ともかく嬉しいよ。で、現在位置はどこなんだ。シールドかけているからレーダーに映って無いんだ。コーベン? そのままこっちに来た方がいいな。船がいきなり姿を現すとまずいかもな。よしおれが何とかする。はぁー。キリング国の警戒網をくぐって最初に入った来たのがディアンの宇宙船か。母上が聞いたらその船は解体されかねない。どんな方法で船の位置を消しているんだ。飛行場の正確な位置を送らせる、受信してくれ。会えるのを楽しみにしているよ」
ジーヴァス王子との通信を終えラウンジに戻ると
蒼白の顔つきのサスケがすがるような目つきでディアンを待ち構えていた。
「いいお知らせですよ。姫の事はキリング国が交渉してくれるそうです。我々の失礼は、まァ何とか出来ると思います」
「あいまいな事を言わないで。姫は送り返されるの? そしてひどい目にあわされたりしないわよね」
思いつくのは悪い方の考えばかりである。切羽詰まったような言い方にディアンは眉をひそめてる。
「サスケ。やめなさい。ブローレスにはブローレスの考えがあります。そして姫には姫の考えもあるはずです。無理やり連れて来て我々がこうしなさい、ああしなさいと言える立場ではないのですよ」
姫の事は政治的配慮で済ませる事が出来ると最初から分かっていた事なのだ。
国通しの駆け引きの中に外野が口を出すことはできないとサスケは知るべきなのである。
「気を使っていただいて嬉しく思いますわ。やはりキリング国の片隅で女性が一人生きて行くに無理がありますものね。私の考えは甘くて恥ずかしいわ」
取り乱すことなく自分の身の上が知らない人物の手で操られるという事を早くも姫は察して微笑んでいた。
サスケの頬の後悔の涙の跡を見ながら当に用意してあった解決策を披露する事にした。
何事も順序立てやらなくてはならない事をサスケ知るべきである。
「貴方が小さな都市に住んでもらう事はキリング国には簡単な事です。どうやら我々はどちらのレーダーにも映って無い様子。キリング国から姫の所在を伝えなければ、貴方はわずかな召使と警護の者に囲まれて生活が出来ると思いますよ。もしよろしければ妻のしでかした事を償わせてもらえるなら。私がその費用を持ちたいのですが。貴方の考えの一つに入れ頂けたら…と思います」
ディアンの申し出にチャード姫は口を閉じた。
本当にそんなことが出来るだろうかと疑っていたのだ。
サスケは違う、目の前にぶら下がった人参のようにこの案に飛びついた。
「得意な事はある? 姫様は生物に詳しいとか植物学とか、経済は。機械類は扱うことはできるかしらいいえ、何か好きな事をこれから習う事も出来るわよ。大丈夫よ女性が一人で生計を立てることは珍しくもないわ。私だってずっと発電所に勤めていたの。次は試験場で働いたの。やっていたことは主に植物の交配ね。心配なことはたくさんあるわ。でも命にかかわることは何も心配しなかった。本当よ」
と希望に燃えた目でチャード姫を見つめている。
「発電所で働いていたの? 本当に? 男性と同じに働く女性が多いとは知っているけれど発電所は聞かないわ。サスケさんは優秀なのね。私にできることと言ったら、刺繍に絵を描く事だけだわ銀細工もちょっとできるかしら。でも売れる程の技術やデザインではないの。そうね、新しいデザインを勉強するのもいいわね」
と口から出る自分の言葉を聞きながらそれもいいかもと思う。
早急すぎるサスケの問いかけに
考える時間が欲しいとは言えず笑ってごまかすチャード姫である。




