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Inheritance  作者: KOUHEI
慣習の星
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走る チャード姫

旧館の台所には大木をスライスした長い調理台が四つ並んで部屋の大半を占めている。


二百年の昔、その台の上で国王から大臣、招待客まで一緒に食事を取っていた場所は、

昨夜一睡も出来ない疲れ果てた召使が四人、温かいお椀に入った食べ物をスプーンですくっているところだった。

コック長は四人とは別に食べ終わった食器を二組抱えて流しに放り込んでいる。


四列並んだ調理台の中央には男と女を隔てるための背の高いついたてが、外からの風避けと旧館からの侵入者を食事中の四人から隠していた。


侵入者は人目を気にして長椅子に張り付くように座り、胸元に下がった紐を気にしているかのように頭を垂れじっと動かずに召使たちの会話に聞きいっていた。


昨夜はこの場所でウスローシと無駄話だけをしてチャード姫は別れている。

父王や叔父、腹違いの兄達がなにを企てているかを探ろうとして夕食後から召使の後をつけたり、暗い物陰にじっと動かず自室に去って行く男性達の会話に耳を澄ませていた。

通路や廊下で大事な計画を声高く語る者は無く、寝室に戻っても眠れずお日様が昇る前から旧館の階段の奴利場で座り込み台所に人が集まるのを待っていた。

チャードには客の滞在時間が長ければ長いほど、ザカリーを取り巻く企てが次々に決行されていくのではとの思いが強くあった。


調理器具を出し終わり助手が持ってくる食材を待っているコックはうつろな目をした男に声をかけた。


「何だ、さっきの奴らも同じ仕事かい。夜に仕事とは大変だね」


「ん、あーすまないね。わしは言っておくことがあったんだ。夜中によ、眠くってしょうがないでちょっとそこの棚を荒らしてよ、お茶を入れたんだ、残り火でよう出したから白湯を飲んでるのと変わりなかったよ」


「まだその棚は触っちゃいねぇが。わかった。他の奴を締め上げる前で良かったよ。成果はあったかい?」


「あるわけ無いだろう。わしらは用心棒の代わりさね」


「で、あと何人朝飯を食べに来るんだい」


「俺達で終わりさ。客はしこたまうまいもの食べて大の字になって寝ていたね。静かなものだったぜ。さすが、どこぞの偉い夫婦だけあるさな。俺たちは昼過ぎまで寝ていられるが、先に上がった奴らはそうはいかね。ケバングまで行って草刈りだとよ。酔狂なこった。おう、それでアンタラも朝から大忙しだってわけだな。もっと近くによ景色のいいところは山ほどあるっていうのに。何でケバンブなんだ?」

「客の好みだろう。近ごろ人跡未踏の土地ってのが流行りらしい。この間もTVでやっていたぜ。高い山の上に古い遺跡があってよ。これまで誰も知らなかったらしい」


「ふうん、遺跡ってことは、誰かが住んでいたってことだろう。人跡未踏じゃ、ないじゃないかい」


ケタケタと笑う声を後ろに侵入者は頭を低く垂れたまま台所を離れ、新館へ続く廊下に向かっていた。

昨夜の夕食会の大広間を抜けて、窓際のカーテンに隠れた扉の前まで来ると、チャード姫は周囲に誰もいない事を確かめてそっと外に通じるドアを押した。


揺れ動く乙女心と誰もがチャード姫の気持ちの移ろいを笑うけれど、国から出るたびに好奇な目に晒される立場になってみないとチャードの気持ちなど分からない。

国を出れば他国の人間との接触を伯母や召使に見張られ、帰国後絵に没頭し題材にザカリーを描けば伯母が騒ぎたて、父親にまで告げ口をする。

古来の文様を刺繍すればまことしやかにその模様の中に、古人が埋めた宝の地図が重ねられていると噂になりチャードの大事な嫁入り衣装の半分は泥棒に盗まれている。

犯人はホドワ叔父だと分かっていても父王はほったらかしで、

一針一針心をこめて刺繍した衣装は戻ってこなかった。


もう騒ぎはたくさんだった。ザカリーに会えることは心の底から嬉しかったがザカリーが到着早々伯母たちのお茶会で彼が妻を迎えていた事を知ったのは大きなショックでも無かった。


父王の考えが全てわかるわけではないがザカリーは国の商売相手ではない。見合いを断られてふさぎがちな娘のために機嫌を取ろうと父親が気まぐれに権威を振り回して呼び寄せたものだとチャード姫は思っていた。

父王たちにとってたくさんの召使や護衛を連れていないザカリーの二人は平民と同格に見えた見えたのではないか。

高貴な人ほどたくさんの召使や従者に囲まれているのにザカリーは身の回りを世話をする少数の召使も連れずにブローレスに来ている。


彼らを明らかに軽んじているのは父親の態度で分かった。

夕食の会話中にケバングの名前が聞こえた時、すでに父王は彼らを峡谷に置き去りにするか殺害するかを決めていたとチャードは思っている。


年若い人間が年齢以上の身分や地位に居る事を良く思わない父王は、降り立った宇宙船に憤慨し彼の容姿も気に食わないに違いなかった。


今は早朝だ、父王の呼び出しまでにはたっぷりとは言えないが時間はある。


自室の扉には絵を描いています、できれば静かに絵を描かせてねと、

書いた可愛い花の壁かけを下げてきた。


北館の通路から召使や女官達が新館に集まり仕事を始めている。彼女らに見つからないよう何としてでもディアン様に警告しておかなければと気持ちだけは早っている。


見張りをしていた召使たちが引き上げたと分かっても新館から客間のある南館までは遠い。

朝食をもった召使いが訪れる前に、二人が部屋を出る前にと気持ちだけは急いても、まとわりつく足元の布が走る速度を制限している。


回廊の壁際で無くツタが枝垂れのように垂れた側をわざとチャードは選んで歩いていた。

気をもみ過ぎて前後も左右も召使の影を探す気力は無かった、それでも耳だけは研ぎ澄まされていて新館の端を歩いている二人の女官の話し声に足を止め、庭の植え込みの中に飛び込む機敏さは残っていた。

女官が歩き去るとまたも回廊に戻りひたすら客人の泊っている部屋を目指した。


被り物の中で大量の冷や汗が流れ顔にくっつき息をするにも苦痛だ。

必死の思いで客室の扉の前まで来ると、まず息を整えるために通路から丸見えの身を隠すためべったりと扉に張り付き小さく扉をノックした。


返事が無い。

きっと奥の寝室でまだ眠っているのかもしれない。

くるりと扉に背中を回して左右の通路見て手首だけを使ってノックした。


この程度の音では聞こえないと情けない思いでまたノックを繰り返した。

大きな音で起こしたいのは山々だったがノックの音で宮殿内の誰かが来ないとも分からない。

祈るような気持ちでチャード姫は手首をぎこちなく動かして木枠の厚い板を叩いた。




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