ロザンタール 1
高台の建物から飛翔して初めて、サスケは周囲の全貌を上から眺めた。
ジリバルスタイン銀河の中で最も美しい星ロザンタール。
人型生物では最大級の大きさの種族が栄えた星は次の担い手を逞しい植物たちの下で育てている最中である。
密集した緑の中に小山のように花をつけた木々が点々と見える。湿気の多い大気が山のふもとを舐める様に上昇している様はまさに雄大な景色である。飛行しているスアレム人が円盤のスピードを落とすと、サスケも感動の輪の中に入れた。切れ目のない美しい空と山並みの稜線に思わず「綺麗」と声が出る。
不安定な足元の下には広幅の道が東西南北に走り、緑の木々に囲まれた家並みが平らな盆地に犇めき合っている。四方を見れば緑濃い山が連なりその山は雪を頂いている。
街に近づけば崩れ落ちた壁や勢いのよい草や木が建物を侵食しているのが見えた。
整然と並んだ街並みが素晴らしく見えたのは街路樹に植えた木々が見るべき巨人族が居ないのに満開の花をつけていたからである。
これまで見たこともないピンクの花の帯が取り巻く街を二人のスアレム人は名残惜しそうに見下ろして壁のよう立っている山並みへと向かっていた。
広い空に地上に降り注ぐ陽光が心地よい。
少々気になるのはスアレム人が打ち上げた外敵避けの銀色の球体。小さな玉なのに周波数を変えた音がビービーとなって耳触りである。
二人スアレム人の周辺には頼りになる同胞の姿は見えない。もたもたしていた二人とサスケを置いて、最後の巨人、ロザンタール人が自ら穴を掘り身を投げた峡谷に管理委員会のメンバーは計画通りに飛行しているのである。
主のいない星に滞在できる時間は短いと聞いているが、星の大きさを考えると今見えている光景はほんの一コマに過ぎないと思うと自分の意志で見て回りたい衝動がサスケの胸に突き上げてきている。
こんな感情は生まれて初めてである。
緑濃い山をジグザグに飛びぽっかりと深い谷を見渡せる場所に辿り付くと、遠くにスアレム人らしき白い塊が小鳥のように降下しては着地しまた飛びあがるを繰り返している。
二人のスアレム人は深い谷の左右の崖に彫られた、ほとんどが岩壁から出てきたかのような石像の列を見て目を奪われていた。
極彩色に彩られた石像は在りし日の巨人族の催事衣装をまとっている。
剣や槍をもって身構えているのは護衛の戦士。その剣の飾り紐の美しい色が日の光を浴びて鮮やかに輝いている。
「ほう、これは素晴らしい」とドルチェ。
「ええ。ここはロザンタールの歴史そのものですね」と、ツオーニ。
顎を引き整った眉をわずかに上げ、目を数ミリ縦長にしてほほ笑む。最高に魅力的な笑顔が作られる。
二人のスアレム人は互いの目を合わせ美しさをたたえ合った。美は分かち合い愛でるものである。
王冠を頂いた巨人が谷の奥を見据えている。両壁際にはたくさんの巨人族が二列になって先祖の参拝に訪れている様子が彫りあげられている。
「何と細かい作業の彫り物よ」
巨人の太い指で作ったには緻密に精巧に彫られた石像を前に感嘆の声が何度も出る。
円盤と石像の距離が縮まると牙をむいた顔がこちらを睨んでいる。
「見よ。布目まで掘っている。この完成度は高い」
鎧の内側の透かし彫りに目を向けてうなる二人に、サスケはこれらの巨石像が本物でなくてよかったと心の中で安堵した。
サスケの身長以上にある牙が引きあがった上唇の隙間から威嚇するように突き出している。
王様と思われる巨人とその従者には牙など無いから武装のために装着している牙は研ぎ澄まされて触れれば切れそうである。
現実に彼らが闊歩している様を見たら近寄ろうなどとは少なくともサスケは思わない。
巨大な盾ややり、両刃の剣に彩色された色石の数々。
オレンジの石の入った目は磨かれていてどこにいてもサスケ達の姿を映している。
サスケは何度も繰り返す円盤の昇降に気分が悪くなった。
気分が悪いのを二人に告げて大事な見学時間をつぶさせるのもいけないと思い我慢していると騒いでいた二人のスアレム人は急に静かになった。
熱のこもった賛辞を一言も発しなくなったのである。
変なものを見て気分害したのだろうかと、どちらがドルチェでどちらがツオーニか、
わからない顔をサスケは見たがどちらも同じ顔と同じヘアースタイル、
どちらかの名前を呼ぶべきか考えているうちに問いかける間を逃してしまった。
動きを止めた円盤の上で戦士の耳飾りを真正面にして円盤は浮いている。
嫌でも兜の下にある巨大なオレンジ色の目玉が見える位置にいて睨まれている。
足元からざわざわと悪寒が這いあがってきてサスケの冷汗は額から首筋、おしゃれに決めたブラウスに流れ落ちた。
二人に訴えても声と一緒に違うものが胃から噴き出てきそうである。
停止した円盤が風に揺らぐように向きを変えると、奥の峡谷からスアレム人の団体が早いスピード近づきサスケ達の目の前を通過して行った。
次にやってきた団体にサスケの両脇にいた二人のスアレム人は従い、最初に降り立った山の上の建物に向かって飛んでいった。
壮大な建物の中にスアレム人は吸い込まれるようにいなくなり、見覚えのあるテラスにサスケは置いて行かれた。
巨大なツタに絡まれた石柱を見上げどこにもいけずにうろうろと暇つぶしをしている。
宙を飛ぶ円盤を持たないサスケは建物の中が気になって木の幹のように巨大な太いツタを上って丘のように見える階段を見上げた。
意を決して上着を腰に巻きツタを握りしめてよじ登り、スアレム人が消えた奥に伸びてうねっているツタの上をへっぴり腰でじわじわと移動して最後の階段を超えると、広くて天井の高い場所についたが別のスアレム人も見つけられなかった。
「皆さんどこへ行ったのかしら」
サスケにとってこのスアレム星人達は変な存在である。
距離を保った物言いは諭すように優しいが断れない強さがある。
親しみを感じて気軽に質問をすれば必ずはぐらかされてうやむやにされていることが多い。
観光旅行も市長はスアレム人を伴って突然現れ勧められたがサスケは断った。が、なぜかジリバルスタイン銀河に行くことは住人の使命だと説得され不承不承承諾させられた経緯がある。
実際に来てみたら巨大な植物とそれに見合った大きさの生き物が闊歩している様は、壮観で素晴らしくサスケの心に明るい兆しが差した。