心ここにあらず
薄緑の衣装は箱の奥底にしまいこみ、ディアンが選んだ薄い桃色の衣装に身体を包む。
最後の仕上げに頭のてっぺんにコップをひっくり返した器に、紐着きを乗せて固定し顎の下で結ぶ。
今度は首まで隠さず口元まで垂らした薄布ショールを頭頂部の器に、宝石で縁取られたリングで止めるとどんなに頭を振っても引っ張っても、ずれることは無かった。
サスケは衣装が整うと小間物を入れた箱を引っ張りだし、四角い布で袋を作り開いた胸元に何枚も突っ込んだ。
その様子を見てディアンはサスケなりに努力をしていると評価した。
サスケの態度に満足し、ディアンは自分の支度にとりかかりさっと着替えを済ませた。
「さて、参りましょう」
ちらりと鏡を見て襟元を正し、サスケの乱れたショールのしわを均一に流す。
どんな場所でも服装に乱れがあっては良い印象を与えない。たとえ嫌われても良い相手との会食であってもだ。
顔の前の薄布をたくしあげ背の高いディアンを真剣な目でサスケは見上げた。
戦いに挑むような気概を健気にもサスケは見せている。
「あの、言っておきたい事があります。勝手に歩き回ってごめんなさい。これからは十分気をつけます」
言うべきことはまだ他にもあったが、若い男にすり寄っているようでこれまでの許しを請うのは止めにした。
「気にしてくれてありがとう。ですが、私の言った事を二つだけを覚えてくれたら。それで結構」
殊勝なサスケの態度を快く受け入れて、緊張を強いるような決断をしたのは自分であることに気が付き余計なことは言わないようにした。
ついでにサスケの気を紛らわす冗談も浮かんだが口には出さない。
後はスープに顔を突っ込もうが、椅子をひっくり返そうが驚きませんよと、言うかわりに口の端をあげてうっすらとディアンは笑って見せる。
「はい。覚えています」
ディアンから視線を外し毅然と顔をあげて、通路に向かう扉をサスケは見る。
どうぞあの横柄な兵士と召使が同じ人物で、サスケの顔を覚えていませんようにと、わけのわからない事を祈っている。
ブローレスに到着してまたもや、見境なく喜んでいた自分の馬鹿さ加減が、このときとばかりにサスケを襲って来ていた。
美しい水辺も小魚の泳ぐ姿も、命があればこそみて楽しめるのである。
興味本位で足音について行き、若い女性に乱暴狼藉を働いていると思っていた兵士らの言い分が正しくて、サスケの言い分はこの国では通じないとわかってしまうと身の置き所が無くなってしまった。
ディアンが差しだした腕に軽く右手を乗せて、先だって参加した婚姻式に出席するように、仲睦まじく見える二人を装って揃って部屋を出た。
ウッドハの婚姻式と違いサスケの心は暗く沈んでいた。
色とりどりの色ガラスの向こうに二つの人影がじっと動かずに待っていた。
先に立って歩く召使の後を二人は付いて行き、光り輝く大きなホールに案内された。
二十メートルあろうかと思われるテーブルの上には豪勢な盛り花が飾られて、サスケを優しい気持ちにさせる。
テーブルに出された食事は、赤いソースや緑のソースがやけに目について、本当にサスケの食欲を失くさせてたのは幸いだ。
上手には午前中会見した口数の少ない王の背もたれの高い椅子、少し離れて息子らしき男達が両脇に五人、王とに同じぐらいの年齢の男達が五人、向かい合わせに座っている。
席を二つ開けててんこ盛りの花から下手には、着飾った女性たちが同じ横列に十人以上が並んでいる。
客人である二人の隣は女性達の前に設けられ、左右には誰もいない。
空いた椅子も無く二人専用の椅子が五人の男達から椅子四つ離して置いてある。
ディアンは王の眼からサスケを隠すように上手側に座り、サスケに注がれる男達の視線を遮断することに成功した。サスケと目があったと言いがかりをつけられる恐れは十分にある。
目の前にずらりと並んだ女性たちは誰とも視線を合わせないように鼻の下まですっぽりと頭から布をたらしていたが、彼女らからの視線が浴びせられているのは痛いほどディアンは感じていた。
鼻から顎まで顔の一部が出ているのは、楽に食べ物を口に運ぶためだろうと思われた。
サスケのかぶり物は顎と首の間まである。ブローレスの女性たちと同じ位置に薄布が無い事に気が付いたけれどうろたえたところをサスケは見せなかった。
全員が食卓に着いた事を召使が金を叩いて知らせると、待機していたのか上着を脱いで小ざっぱりとした王が上座の椅子に着席した。
杯に次がれた飲み物が満たされると、
「営々と受け継がれてきた我らの血に感謝して。今日の客人ディアン・シルト氏の繁栄と栄光が訪れるように願って。乾杯」
顔の高さにまで王が杯をあげると皆も同じように杯を王のほうへ上げる。ただ誰の口からも同調した乾杯の声は出ない。
王が飲み物を口にするとそれを合図にスープが運ばれた。王がなにも言わずにスープをすすると他の男達もスプーンを持って皿をかちゃかちゃ言わせてスープをすすった。
ディアンは美しい食台の上の花を鑑賞し部屋の内装に目を向けて、今始めて見たような顔をして並んで座っているブローレスの女性の一人一人を目が合うまで顔を向け、視線が合うと目礼をし挨拶を交わしていたが最後の下手の若い女性だけは見覚えが無かった。
若い女性の視線がサスケに注がれているのを見て、昼間兵士に暴行されそうなった女性は彼女であろうディアンは思った。
サスケは目の前の誰とも視線を合わせず、持ち手に花か人の顔か分からない彫り物を施したスプーンとナイフに目を落としていた。
女性全員がスープにスプーンを入れたのを確認したわけでもないが、サスケも長い袖の端を手の内側に入れ、厚みのあるスプーンをつまんだ。
灰色のスープの中にスプーンが浸り、柄の顔の彫り物だけを残して沈んだ。




