禁断の星
無機質な集合体は凝結と拡散を繰り返して無駄なものを排除しては一つの核を成した。
小さな細胞は分裂と融合を繰り返し周囲のガスをも取り込み破裂しては浮遊して新しい宿り木を求めていた。
原始の太陽のそばではプラズマが走り渦巻いている。
一定の爆発が収まると細胞は安定した周回をする惑星に寄生した。
燃え盛る若い恒星の突き刺す放射線を避けて、地中深く潜った細胞は別な細胞を見つけてその遺伝子を取り込み過酷な環境を乗り越えていった。
寄生された惑星はなおも飛んでくる流星群をも受け入れ巨大化した。時が進むに従って惑星に芽生えた単純な動きの生命体は危険に会うたびに学習し遺伝子に刻み知的な集合体スアレムは生まれた。
外側へ内側へと一族の広がる勢いは著しい、嗅覚、触覚、視覚を駆使し惑星に君臨した。広がりすぎた生物の末路は糧の奪い合いで終息をの道を歩み始め星の衰退とともに、新しい住みよい環境を求めて生き残った生命体は宇宙へと旅立った。
宇宙に目を向けたスアレム一族の前には生命の宿った星が数多くある。
多くの生命が宿った星の単純な活動にちょっかいを出しながら航行していると自分たちのやっていることは創造主の立場に(ある惑星では神と呼ばれもした)いることに気がついた。
ならば宇宙に広がる生命体の指導的立場に神として君臨しようとはスアレム一族は思わない。
けれど神という名の創造主という、尊敬される立場の魅力にはあらがえない。
従順な未開の生命体に宇宙へ出る航行技術を提供し、宇宙の法を作らせることに成功したスアレム人は従順な彼らを前面に出し後ろから操ることに満足したのである。
白色の土で作られた建物は角がなく丸みを帯びてやさしい造形である。
建物の境界線は白い盛り土で囲われ住人はどのように行き来しているのかを想像できない盛り土の塀は建物を遠巻きに囲み丘の急斜面を網の目のように伸びている
斜面を下りた場所には楕円の広い空港、空調が行き届いたドームの中はほのかな風の揺らぎしかない。
ひときわ大きな建物のひとつ、格納庫の中には頭頂部にお皿を置いた形の宇宙船がそっと出番を待っている。
格納庫横のランプがなだらかな丘の斜面のどの屋敷から見える様に緑色に灯る。
船の整備を任されていたイセイ人は次の船の安全点検にと別な建物の中に姿を消した。
出発間際だというのにゆったりとソファーに座った四人のスアレム人、トリットとウルツイは出発準備が整ったというのに身動きもせず過去に交わした未開人との会話を再生し新しい知性のきらめきを見つけ出そうとしていた。
ツオーニとドルチェはこれから行くジリバルスタイン銀河に思いを寄せてわずかな画像と情報を共有している。
ドルチェは周波数を変えてツオーニの意識を部屋に引き戻した。
宇宙の小さな布石になるようにと心がけているドルチェはヴィテッカの街からサスケを連れてきていことを告げた。
ほんのわずか視線を落としたツオーニは長年の友人の行動を少々避難していた。
「どうしても。アン・オーサの住人をつれていきたいのかね。無駄だと思うがね。薬や催眠療法で自己を持たなくなった。彼らにあるのは緩慢な時の流れだけだよ。そのサスケというのは知性のきらめきがまだ残っていると思うのかい」とスアレムの好みの言葉をまぶして言う。
知性のきらめき、ツオーニは自分の言葉に酔いしれた。これほど美しい言葉は無い。
だが種族存続の危機にあるアン・オーサーの住民に死の誘惑より生きることを願うのは無謀だと思える。
「きらめきほど強くはないわ。でも無いよりはましっていう程度のものよ」
半分瞼を閉じてドルチェはツオーニの胸に思念を送る。ドルチェの意志の強さを身体で感じ恍惚感が増してツオーニは耐えられなくなった。
「ああ、連れて行くがいいよ。我々はザカリアートの代表を誘っている。一人も二人も一緒だろう」
「投げやりね。美しいものは間違いなく感動を呼ぶわ。そうでしょう」
「ザカリーの住人ほど美しくは無いがね」
「偵察機の画像ではジリバルスタイン銀河の中でも一等美しい星みたい。主役の住人が滅んでしまったのは残念だけど早く見たいわ。素晴らしい大気が待っているわよ」
トリットルとウルツイが二人の会話に入ってきた。急ぐ必要などないが他のスレアム人たちの意識が船に向かって伸びているのを感じている。
「椅子を離れる時ね」
「ええ、楽しみだわ」
優雅にほほ笑んだ顔が庭をむくと人一人乗れる円盤が中に浮いて乗客待っている。
黄緑色の空を見上げてサスケはぼんやりしていた。
うりざね顔のスアレム人についてくるように言われ誰もいない格納庫の建物の柱の横で一人立って空を見上げている。
空は薄い黄色。大地はきれいに敷き詰められたタイルの空港。
格納庫には銀色から白っぽい黄色にグラデーションされた大きな巨大な卵を見るとはなしに見つめていると、直径五十センチの円盤に一メートルのポールが立った乗り物に長衣を手元と腰と足首の三か所で縛った衣服を身に付けた人々が集まってきた。
彼らは大きな卵の頭頂部に降り立ち次から次にサスケの前から消えていった。
最後の二人がサスケの上で旋回して降りてきて両脇からサスケを抱えあげる宇宙船の中に運んでくれた。
宇宙船がどういうものか知らないサスケはたくさんのスアレム人に囲まれて中央に花が飾ってある広いラウンジで白いソファーに座って黙って見ていた。
サスケに語りかけるスアレム人はいない。うりざね顔の優雅な人たちは座ってくつろいだまま一指も動かずソファーの一部と化している。
咳払い一つ瞬き、スアレム人の誇る瞳の輝きも消え
広いラウンジに居るスアレム人は不思議な石像と化していた。
あまりに静かだったのでサスケは不覚にも隣のスアレム人の膝に頭を載せて眠りこんでいた。
ぐっすり眠って目が覚めるとスアレム人の黄色の瞳がサスケを見下ろしている。
「お早うございます。ごきげんよう」目覚めた瞬間なぜか他人の視線があることにサスケは幸せを感じてしまった。
「よく眠れましたか?」
見る人の気持ちでどうとでも取れるスアレム人の顔が答える。
「はい。とても」
素直にうなずきなぜかサスケは照れた。優しい言葉に慣れていなかった。
「そうですか。では、到着しましたので降りましょうか」
スアレム人の後頭部を見ながらラウンジの真ん中に立つと円盤が待っていてサスケが両足を乗せるとふわりと浮かびあがり真上に飛んだ。
白い壁面が見えたと思ったら、湿気の多い大気の中にサスケは飛び出ていた。
巨大な建物というのがサスケの第一印象である。
サスケが抱えきれないほどの丸い円柱が空に伸びて石の屋根を支えている。
建物も大きければ植物も巨大である。足元には平らな石畳の上を巨大なたツタがのたうっている。
前庭のテラスで二人のスアレム人と円柱に負けない巨大な木の幹と肉厚の葉っぱや風に揺れる巨大な果実を見上げていた。
「良い惑星でしょう。そうですね……五百年前までは二十メートルを超す巨人たちがこの星の上を闊歩していました。彼らは知性を持ち生活を潤すためにいろいろな事を考えた。この場所は彼らの代表らが集まった場所。これから我々は彼らの街や墓所を見学します。ここは素晴らしい場所ですので禁止区域にしたのですがあまりにも素晴らしいのでね、調査団と称して見て回るのです。次に、この星に台頭してくる知性が現れるまでこの星は閉鎖されるのです」
温かい風がサスケの髪の毛をなでていく、乱れた髪の毛を整えようと躍起になっているサスケを憐れむようなまなざしが見つめている。
「我々以外の調査団の面々は既に出発しています。何か質問はありますか。サスケ」
二人一組で十六人編成の団体に分けられたスアレム人が白い塊となった浮かんでは森の奥を目指して飛んで行った。
「この星の人たちはどこに行かれたのですか。こんなに素晴らしい環境なのに」
びっしりと大気に包まれたこの大地を素晴らしい巨大建造物を作った種族が放棄したとは信じられなかった。
サスケの喜びに満ちた顔と、当然今の説明で疑問に思ったことを口に出すとは喜ばしい兆候だとドルチェは判断した。
「星団管理組織委員会のメンバーにしか知られていないことですが、航行不能になった宇宙船が一隻この星に降り立ちました。彼らは巨人族と接触し彼らの知識を刺激し活性化させましたが彼らは自分たちが空から持ってきたのは新しい技術だけだと思っていのでしょうが巨人族にとっては最悪の菌も持っていたのです。
巨人族は菌の耐性を作れず蔓延した菌の中で滅びて行きました。その菌ですか? 巨人族と一緒に滅びました。他愛のないカビの菌主なのにね。この事例が示すように我々は最大限の注意を払って新しい星に降り立たなければなりませんね。。サスケ、よろしいですねあなたは寝てばかりいないで学習というものをしなければいけません」
やんわりとドルチェに諭されて生真面目なサスケは、学習という言葉を何度も心の中で繰り返した。
これから見聞きしたことを覚えて後に誰か……ヴィテッカの街の人のために役に立てるのだと誓ったのもつかの間
後れを取っていた二人のスアレム人は巨大な建造物の上を一周空から見まわして見えなくなってしまった団体の後追い掛けた。
サスケはテラスで誓ったことを実行に移す前に、両脇で支えられているとはいえ速度を増した円盤の上では立っているのがやっとで目を開けて観察することなどできなかったからである。