贈呈式
贈呈式の朝も薄紫色の空が広がる、すこぶるよい天気に恵まれている。
ここコフラでは最も良い季節は雨季の後の夏だが、二番目に良い季節は新芽が芽吹く春である。
今年は春にも雨季の到来を思わせる大雨が続いていたが
不思議とウッドハの式典前には雨雲は消え去り緑の美しい季節へと移行していた。
郊外の田畑は十分な水量を天からもらい、余分な量は水路に放出されて美しい景観を作っていた。
招待客は昨日の疲れを化粧で隠して船に乗り込み、ウッドハの新しい住まいになったペンギ宮殿に向かっている。
晴れ渡った空に一片の雲もなく白い船体が青空に浮かび、急場拵えの発着所に一隻降りては客を降ろして飛びたち、華やかな招待客を宮殿の表に連れて来ていた。
この日のために作られた日よけ傘や大型テントの中では、新郎と新婦が据わる台が設けられ、たくさんの贈り物を待っている。
サスケはコフラに着いた時のようにはしゃいではいなかった。
衣装は変わり、締め付けの無い余裕のあるドレスを着こみディアンの隣で窓際に座り、ジャラジャラとついた腕飾りのひとつをじっと見ている。
サスケの思いは昨日の出来事にある。
始めて出席した儀式のひとつに暑さに耐えきれずに失神してしまい、気を失っている間見た夢の中では恐ろしい海獣の口の中をのぞいていたのである。
情けない事に意識を取り戻したのは離宮のタイルの上。(将軍に挨拶した時と同じではないか)
聖堂内で息苦しくなったのはしっかりと覚えているが、固いものに(船だとおもっている)囲まれてゆらゆらしていたのが夢か現実か分かってはいない。
思い出したくもないのに浮かんでくるのは、海獣の牙と牙の間を流れる光った唾液と、奥にはしなる舌先はあまりにも生々しくて夢とは思えない。
ディアンの説明も要領を得ないし、ディアンの言うには二人の身の上に起きた出来事は、宴の席で口にしてはいけないと言ったが、何が起きたのか自分の力で思いだして整理したいのに、こんな記憶の断片だけでは一行だってレポートに書けないとサスケは落ち込んでいる。
(外交使節団の指針レポートが出来ないなんて。体力、知力、気力、全部失格)
船の階段をから見上げる空をうしろに、聳えるような宮殿の美しさに目を奪われて立ち止り、ディアンに腕を引っ張られている。
(こんなにも見事な建築物。全部夢のようだわ)と見ている現実の美しさにため息が漏れる。
ディアンは晴れやかな空のように明るい笑顔をサスケに向け、優しく振る舞う。
「今日は堅苦しい挨拶などしなくともよろしいですよ。どれ、皆様方の持ってきた贈り物を鑑賞しようではありませんか」
ディアンの腕にサスケが手を添える。どこから見て幸せを描いたようなカップルに見える。
昨日よりももっと複雑な重ね着をした装いのディアンは、ディアン達以上に衣装に力を入れた人込みの中に入って行った。
会場となっている宮殿前の広場では慣例に伴い薄い青い色に染められた衣装に着飾った新郎新婦を中心に祝い客が群がっている。
ある客は新郎の商才を褒め、別な客は新婦の美しさや謙虚さを褒めている。
まだ新郎と新婦に祝いの声をかけられない遠い場所に居る人々は、音も無く沢山の招待客を下ろす浮き船を見ていた。
優雅に歩いてくる特別な招待客たちの中に目的の人物を探して、目をこらしていたのである。
顎近く細かなレースで肌を覆い隠した若い女性たちは、少々メインテントから離れた位置で自分たちの声は誰にも届いていなとあからさまに信じて、胸の中にある思いを全て口に出していた。
「あんなに長いドレスなのに裾を踏まずによく歩けるわね。ねぇねぇ、昨日見かけた素敵な人いるかしら? おばさまから袖をひっぱられて困っていた男性よ」
「私も見たのよ。でも叔父のクッコネンに聞いたら、若くて素敵人たちは昨日のお式で帰っちゃうって言ってたわ。名前もわからないなんて残念だわ。でも新婦の友人もたくさん呼ばれているって言っていたわ。将来性のある人を見つけてお父様に教えなきゃ。ウッドハのように能力はあっても顔がねー、私の好みじゃないのよね。商才に長けていても一生あの顔を見て暮らすかと思うと。お先真っ暗よ」
「あら、今時、夫と一緒に暮らしている女性はいないわよ。夫は稼いだ金で他に愛人を作るし、妻も同じよ。何の意味があってこんなにお金をかけて式を行う理由が分からないわ」
「わかってないわね。今日が何の日か忘れているのね」
「贈呈式の日よ。それくらいわかっているわよ、馬鹿にしないで。近ごろの贈り物を知ってる? 財産価値ゼロのくだらない品物ばかり送るのよ。そりゃぁね、懐がさみしいのはわかるけどさ、少々見栄ぐらい張ってもいいんじゃない」
「だからあの、議会のお友達って奴をウッドハは呼んだんじゃない? 彼らならドーンと価値のある品物を送ってくれると」
「そうよね、あたしたちの親じゃたかが知れているもの。あたしもおじさまには似合わない、おばあさまから頂いたネックレスを送るの」
「いいの? そんな価値ある物をやって。覚えてない事のが多いよ。目録に残る事を祈ろう。きゃ、嘘みたい。いたわよ。昨日見た素敵な人」
「どれどれ。何だ。連れが居るじゃない。止めといたほうがいいよ。遊びだと割り切って付き合うほど馬鹿な事はない」
「そうでもないわよ。この国でも表面上は一夫多妻制じゃない? 他の所だって同じような制度だったら私にだってチャンスはあるわ」
「はいはい。よく理解しているようでしてないわね。貴方の名前より下だったらどうするの? どっちみち私たち、父親が決めてくれた男しか選べないのよ」
招待客は軽い荷物は自分で、重くてかさばるものは召使に持たせ、新郎新婦いるテントの前にちょっとした列を作っていた。
順番など関係なく招待客全員が降りたったのを待って、近くにいた婦人や新郎新婦の知人達は大きなトレイにお祝いの言葉を言いながら心のこもった贈り物を並べて行った。
木彫りの大きな器に箱、動植物をかたどった彫像。宝石で彩られた絵画、筆記用具。時間をかけて作った織物類。彩色された杯に古めかしい食器、花器の類から巨大な動物の置物まで並べられていた。
宇宙議会の招待客らは事前にリサーチしていたせいか
宝飾品が多く宝石埋め込まれた鎧かぶとに贅を尽くした飾りの武器が注目を浴びていた。
サスケもディアンと一緒に列に並び、装身具入れの箱を片隅のトレイの上に置いた。
たくさんの品々は大きなトレイの中に収まりきらず大小様々の二十枚以上のトレイに分割されて新婦と新郎の並ぶ壁の横に並べられ全ての客の目に見えるように置かれていた。
頭からすっぽりと青いベールに包まれていた新婦は、そっと体を斜めにして新郎の耳元で囁いた。
「ウッドハ様、あの宝石箱は見事ですね。あたくしあの箱から目が離れませんの」
欲しいものがあれば先に話題にして所有権を主張しておこうと新婦は考えた。
大きな壺や宝刀の間に置かれた箱はひときわその輝きで人目を集めている。
「あれは、ザカリーの祝いの品。比べる事などしてはいけないが、どの贈り物より輝いている。さすがだのう」
ウッドハも緻密な宝石の配色を感心して見ていた。
「どのような方が下さったのかを、きちんと見ておけばよかったわ」
大小様々な宝石で彩られた品の良い箱を惜しげもなく置いて行く客に新婦は興味を持ち、薄いベールの中から人の塊を右に左に見まわした。
ウッドハは会場をぐるりと見回して、山のような人だかりの一角を見て笑った。
「ザカリーの代表の居場所はすぐにわかるさ」
そう何度でも会えるわけでもないから気に留めておく事もなかろうと付け加えたかったが止めた。
式以前、議会場でウッドハは遠目にしかザカリーを見た事が無い。
この度の式が無ければ近くで顔を拝む機会は得られなかった。
それに女性の美には目ざといが男の美など意識した事が無かったウッドハも、誰もが追い求める美をザカリーの中に見出して驚いている。
ザカリー信者を増やすつもりなど毛頭ないウッドハは、
新婦にザカリーのいる場所を教えず、来てくれた客に愛想笑いをして置いて行った贈り物を見ていた。
コフラでは最高級の固い木材で彫られた指輪が、他の客が置いた品にかぶさり見えなくなる。
「ええ」
気の無い返事を新婦は返した。夫になるウッドハは、
どんな時でも心の無い言葉ばかりを返してくれるとわずかな日にちで理解している。




