ヨキオッリの牧場
花の香りで満ちていた聖堂内から氷穴のような備品室に入ったとき
華やかな儀式から切り離された世界をディアンは感じた。
ディアンは壁際に退いていた兵士が近づいてきているのを承知で、
妻を心配する夫を演じるため、無意味だと思いつつ思考停止状態のサスケに備品室に入っても声をかけている。
備品室は大小の空箱が壁に沿って積み上げられている人が通れるほどの通路とわずかに開いた空間に座り心地の悪そうな長箱が二つそれを見守るかのように兵士が一人少し離れたところに立っていた。
殺気など感じられない朴訥な風体の兵士は、トレイのそばで立ち止りディアンの背後で腰の剣を引き抜いたけれど兵士の脳に流れるのは、静かなシグナル。
平静の状態に身体を保ち慣れた行動をするときよくみられるパターンが男にはあった。
刹那、兵士の剣がディアンの背中に振り降ろされた時、サスケの上から飛び退くだけの余裕は十分にディアンにあったが、あえてディアンは妻の顔色を見ている夫を演じ続けたまま、打たれて倒れている。
たまには刺激的な事件もあっても面白い。この事によってウッドハ周辺の動きも知りたい、ザカリーが暴漢に襲われたとして何も変わらず、痛い思いをしただけ損かもしれないがやってみるだけの価値はあると判断したのである。
聖堂の中では大勢の人間が一箇所にいることで温度が上昇して、
サスケのように体調を崩す者もいる。
主要な人物たちがこの騒動で何らかのコンタクトをとると狙っていたから、
散らばり見張っていたザカリーはきっちりと仕事が出来ただろうと思われる。
しかし人目のある中でのコンタクトはたかが知れているのだ。
控室で兵士が襲ってきたのは予想外だがもう一つくらい大きな騒動を起こしても面白いと剣を背中と首で受けていた。
兵士は一撃で骨と肉を叩き折るほどの力を入れている。その力量に応えて、
ディアンは呼吸を止め全身の力を抜いて兵士の動きを探っていた。
もしとどめを刺そうと切っ先を突き付けられたならば瞬時に起き上がり、首の骨をへし折るつもりでいた。
あにはからんや、男は腰に剣をおさめて二人が乗っていた隣の箱を開け、乱暴に箱に押し込めて蓋をした。
兵士の仲間が来て外に運び出すものと思っていたら予想は大幅に外れ、モリーナの街の地下水路に投げ込まれれいる。
ディアンは意表を突かれたが、箱の中でサスケを抱え着水の衝撃を受け止めて、地下水路が地上に出て流れるまで待つ事にした。
水路に流したという事は途中で兵士の仲間が拾う事が大前提にあるディアンは強盗の仲間の顔を核にせずにはいられない。特に首謀者が誰かを知りたくてうずうずしていたのだ。
モリーナの街は大聖堂が丘の一番上にある丘の上に貯めた水を周辺の家並みに分配するように水路は伸びている。街並みも水路の上にどっかりと腰をおろして広がっている。
聖堂の中で気を失い浅い呼吸を繰り返しているサスケに一杯の水でも飲ませてやればよかったと後悔したが木箱が頑丈に作られており浸水するどころか狭さをのぞけば一定の気温を保ち快適そののもである。
居間でくつろぐように木箱の底でサスケ身体を持ち上げての頭の下にディアンの腕を差し込み枕の代わりにした。
三十分もすると箱の酸素が減って来ていた。箱は完ぺきに近い状態で水の上に浮いて流れに乗っている。
そろそろとディアンは箱の構造を調べ始めると、軽く押し上げたところで蓋は開く様子は無いと分かった。
蓋と本体を一体化させるからくりのビスが打ちこまれ、容易に中からは開けられないような構造のようだ。
ディアンは一瞬迷ったが片足を上げてザカリーの力を発揮した。
「何とでも言い訳はできるだろう」
ビスはその使命を終えて折れ、片側の蓋が五センチほど浮き、浮いた蓋に手を置いて残ったビスを折るべくもう一度蹴りあげた。
水路の低い天井に蓋が当たって大きな音をたてた。
暗い水路の天井には地上の家を支える大きな梁が無数に渡されている。その一本に蓋の青い布はひっかかり破れている。
二人の乗った長箱は街のゴミと一緒に街外れから地上を流れて、
一時間ほどでヨキオッリの農場横の水飲み場に流れついていた。
聖堂を中心とした町並みは、低い場所に行くに従って土地の肥沃度も悪くなる。
雨は農地をすり抜けて海にそそぎ込み、牧畜にも不向きな雑木ばかりが勢いを増して開墾する手を煩わせている。
酒場での飲み友達であるロコイメントとヨキオッリ兄弟が下準備としてやったことは少ない。
ヨキオッリ兄弟は牧場の見晴らし台から水路を流れてくる青い布かかった箱を回収し、身ぐるみ剥いで流れに戻すと至って簡単な作業だと思っていた。
水の流れに乗って布切れや野菜の端切れ、不要な虫食いだらけの木材などを、根気よく見つけてはもっと良い物が流れてくると期待に満ちた目で、上流からの浮遊物に注意を払っていたのも最初だけで、目印の青い布は、さらに上の流れを見ても見えず、交代で立っていた見晴らし台にも上るのがおっくうになり、とうとう二人は自宅まで戻り、一人は飽きずに水路を見つめ、一人は休憩のお茶を飲んでいる最中、大きな木箱が流れてきた。
「なんだありゃ。カギの壊れた空箱だぎゃ」
「本当か、何も入ってないのか?」
「拾うか? 青い布もないし。カギも壊れている箱何ぞ、使い道は無いと思うが」
「いらないな。ガラクタなら家の中に山ほどある」
「そうだな」
弟は上げた腰をおろして水路へと目を向けた。
酒の席での計画何ぞ、本当にやれるわけが無いと思い始めている。
しかもコフラでの実力者ウッドハの招待客である。大勢の中の一人とはいえ片手を広げて捕まえるように簡単に行くわけが無いとも思えてきた。
衣服に贅をこらした招待客だからこそ金のかかった良いものが手に入ると企んだわけだが、
待てど暮らせど青い印のついたものは流れてこない。
「おい、草刈りにでも行くか」
「ああ。他人の式を見に行ったって、仕事は減らないからな」
今夜にでもロコイメントのいい訳を酒の席で聞かなくてはならないと、ヨキオッリの兄弟は思った。その時は間違いなく酒の二杯はロコイメントのおごりであることは確かである。




