強盗
気取った女にディアンと呼ばれていた若い男はぐったりした女性を
備品室に置いてステッキを取りに戻って行った。
開いた扉から恐る恐るロコイメントが式の真っ最中の聖堂の中をのぞいてみると
祭壇前の階段を二段上った定位置に新郎新婦は花弁に埋もれて立っている。
祝辞を述べようと呼び出しを無視して、ずらりと長蛇の列を作って並んだ客は控えめに隣との会話を短く終わらせたり、遠くに立っている知り合いに小さく手を振ったりしている。
もう一歩聖堂内を後方まで見える所まで行って全体を見回した。切羽詰まった雰囲気はどこに見られない。正面の大扉から新鮮な空気と明るい日差しが白く光っているのをロコイメントは確かめた。
飲み物や休憩所を必要として備品室に向かって列を乱している客は見えない。
花嫁と花婿へ降りかける花かごがリレー式に客の先頭の手から手へ伝わり、各々客が花弁を手にすると不届き者は自分の髪や衣服にかけて楽しんでいる。
花弁祝賀儀式は半分も終わってはいなかったが大扉が開く事によって聖堂内では花の香りでと楽隊の音楽で素晴らしい雰囲気になっていた。
具合の悪くなる客はこれ以上出そうに無いと胸を撫でおろしている。もう一度ロコイメントは細部までフロアー内の招待客の多さに驚いていると壁際で何やら違った人の動きかある。
壁際で席を立った女性たちは若い男性の服の裾や腕をとり呼び止めている。
若い男性は備品室に向かってと二歩進んでは引っ張られて振り向いて、
丁寧に会釈をしながら呼び止めた女性たちと短い言葉を交わし、
なかなか前に進めないでいたが、ようやく祝辞のために席を立った列に入ると
瞬く間にロコイメントの近くにやって来ていた。
慌てて備品室に戻り壁際の山積みの空箱のそばにロコイメントは立った。
若者は聖堂内の儀式に配慮して静かに扉を締め、足音も立てずに横たわった女性のそばに近づきひざまずいた。
隣の敷物の引いていない箱に大きな宝石のついたのステッキを無造作に放りだし、
若い男は顔色を失った女性の顔を覗き込み、
女性の顔に張り付いたおくれ毛を結い上げた髪の中に戻した。
「サスケ、サスケ。もう大丈夫ですよ。ここはとても涼しい。私たちの祝福の時間までにはたっぷり時間があります。安心していなさい」と優しく問いかけている。
女性の顔はひざまずいた男で見えなかったが、女性が返事をした様子はなかった。
「車で医療設備の整ったオオートマに移ってはいかがでやんしょう? じきに車も参りやす。それまでにこの飲み物でも喉に通してどうでしょう。一時しのぎではありんすが、ちったー 気分も変わることでごぜいやしょう」と、
水差しの乗ったトレイを若い男の後ろに移動させた。高飛車なさっきまでの客と違い病人を憐れむ気持ちが少しなりと出て来て慰める言葉をかける余裕もロコイメントにはある。
男はうなずいたように見えた。
「へぇ。お好きな時に飲みなせぇ」
ロコイメントの頭にはさっき見た聖堂内の出来事が浮かんで消えた。まだ備品室よりも熱気はあったが人が倒れるほどではなかった。
式のためとはいえ大人数を聖堂内に入れたウッドハの気が知れなかったが若い夫婦者とロコイメントの三人しかいないという備品室は天井の高い聖堂内と比べると積み上げられた箱のせいで圧迫感があり手狭に感じられた。
若い男は女性から目を離さずしきりに呼び掛けている。
トレイをちょっと脇のほうに移動させると、腰の剣がトレイの端にあたりことりと音を立てる。
若い男は小さい音に気にかける様子はない。
剣は抜けないように握り手に袋がきつく掛けてある。祝い事には必ず密に織った布袋をかけるのが習わしである。
ロコイメントはきつく縛った袋の上ごと剣を掴み、腰から抜き取った。
いつもやるように左手を上にして持ち替え、大上段に構えず、若い男の体を剣先と一直線上に見据え渾身の力を込めて若い男の背中より上、頭から首筋に向かって振りおろした。
狙い通り首の根元と背中の上あたりに剣はあたり若い男はなにも発せず女の上に崩れた。
ロコイメントは素早く隣の箱のふたを開けると、ぐったりと力の無くなった男の足を女の上に乗せて箱へ転がし、その上に女もずらして放り込み蓋の上にあったステッキも投げ入れて蓋を閉めた。
「もっと入るがよ、今日はこれにて御終いだが」
朝早くから帆子を片づけているときから選んでいた長方形の箱は詰め込めば六人は入りそうだった。
「二人でならよう十分な広さがある。悪いな。あんたたちが一等ええもんを着ているから悪いんだよ」
と箱二声をかけ、室内側の扉と中庭側の戸を気にしながら床の羽目板を開けて箱を引きずった。
最初から長箱を床下に流れる水路に放り込むつもりで通路を蛇行させて開けてあった。
もう一度二人が起きる事は無いと内部の物音に耳を澄ませる。
空の箱のように物音ひとつ聞こえない。
ロコイメントは小さくうなずいて蓋の止め杭を差し込み、青い布を蓋にかませる事も忘れなかった。
「くたびれちゃいるが青と白を間違えやしねぇだろう。じゃあな。どこの誰か知らないが最後に来てくれて感謝しているよ」
と、黒光りしている箱を見つめた。
箱のふたには途中で拾ってくれるようにと青い布がかませてある。思いのほか二人の入った箱は重たくわずか箱の分だけの移動なのに全身力を入れて押さないと箱は動かなかった。
ぽっかりと口を開けた四角い穴に箱を落とし入れ、羽目板を元に戻し、残った片方の箱を水路の羽目板の上にずらすと元の手狭な備品室に戻った。
ロコイメントの計画では祝福を終えた客人を備品室に誘い込み、猿轡をはめて箱に詰めて水路で運び、身ぐるみ剥いで殺害する予定でいた。死体は海に放置すれば小さな骨ひとつ残らずゲイマンが食らって始末してくれる。
しっかりと相談して練った計画のように思えたがロコイメントがやり終えてみると、かなりおおざっぱな計画だった事がわかる。なにせしょっぱなから狂っていた。
見回りは時間通り戻ってこないし、着飾った客はあちらか備品室に飛び込んできてロコイメントを慌てさせた。
手伝ってくれる兵士五名は次次に入ってくる病人を運ぶために右往左往し出て行ってしまい。
このまままではいけないと機会を見計うため式場を偵察すれば
正門の大扉は開け放たれ聖堂内の温度は下がり備品室に飛び込んできそうな客は見当たらない。
手伝ってくれる仲間は居ない、坊主見習いもどこかに消え、わずかな時間だと思うが豪華な宝石を身に付けた客が二人、ロコイメントの目の前にいたのは幸運だった。
一人で計画を実行することにためらいはあったものの、線の細い見るからに力の無さそうな二人を前にすると不思議と気持ちは落ち着きを取り戻した。
剣を振りおろした感触は糠袋を叩いたような変な感触だったが、太い丸太でさえ一刀両断できる力自慢のロコイメントは動かなくなった男に満足した。
全てが終わりじんわりと出ていた汗を感じて立っていると、中庭の戸が開き見習い坊主が顔を出した。
坊主の出現にロコイメントは一瞬に全身が冷え顔が引きつった。坊主はロコイメント以上に驚きびくびくしていて何か用事を言いつけられるのではと警戒しているのか何かを探して目を泳がせている。
坊主見習いの態度に気を良くしたロコイメントは言わなくても良い事を威張って言った。
「おい、この水差しとカップを戻してこい。ここには必要ない。司祭と新郎新婦に飲み物は出しているんだろうな」
そう言いながら自分も緊張のせいで喉がカラカラだったのを思い出し、なみなみと水をカップに注ぎ喉に流し入れた。
ロコイメントにそれ以上水差しの水を飲まれるのが嫌だったのか
正教会の備品に触らせたくなかったのか見習いはさっさとトレイを持って出て行った。
「うまかったぜ。さすが偉いさんに出すだけはある」
人っ子ひとりいなくなった控室で余裕があるところを見せて戸口に笑いかけた。作戦は成功したのである。
扉の向こう側では美しく着飾った人々が新郎と新婦の前で立ち止まって顔を見合わせるという儀式が終わることなく続いて、一番最初に祝福のキスを送った祝賀客は、人の列の中に見知った顔を探し出して挨拶代わりに微笑む以外、暇をつぶす方法が無くなっていた。
彼らを和ませていたのはそよ風のように天井から降り注ぐ楽団の歌姫の美声。
二人の客を追いかけて誰かが来ないかとそっと扉の隙間からロコイメントが覗くと姿が見えなかった上官が扉の前に立ち睨みつけられた。




