大聖堂 3
あっという間に狭い備品室は正装した招待客で溢れかえった。
古い湿ったカビの臭いに混じって嗅いだ事もない様な良い香りがロコイメントの鼻先をかすめていく。
ともかく言われた事をやらなくてはならない。御者に車を引いている獣を暴れさせないよ念を入れて注意してぐったりした病人を詰め込むと用意していた車は全部出払ってしまった。
車の警備について行こうとしていた兵士を捕まえ別な命令を告げて車の後を追わせ、祈るような気持ちで備品室に戻った。
部屋に残っているのは夫人とその夫だけである。
「おい、ニナカ。広場でとぐろを巻いている車はまだか。具合の悪い人をまたしちゃなんね。お前も行って御者を説得して来い」
と、見回りから戻って来た兵士に小声で言う。
「あっしは向いてませんぜ」
報告に来なければ良かったと逃げ腰の兵士はもごもごと返事をした。
「一人の口より二人の口ってな。お前は、そうだそうだとか、命令だぞとかの相槌を打っていりゃいいんだよ」と言い添えると、男の飲み込みは早かった。
「合点だ」
と、一目散に男は出て行った。
ロコイメントは次に入ってくる兵士はまだかと戸口を見るが閉まった戸は開きそうにない。
「オオートマの施設に行った奴はまだか。あの馬鹿、てめぇがついて行くことは無いのに」
帰ってこない兵士に愚痴が出る。
甲高い声が箱の間でわめいている。
「んまぁ、ここは氷でも置いてあるのかしら。寒いくらいに冷えるわね。んまぁ、汚らしいカップだ事。さっさと新しいカップにのみものを持ってきて下さらない」
袖が人の頭ほどあるドレスを着た女性がロコイメントを睨みつけている。
俺はお前の召使ではないと言い返したい言葉を飲み込んで
壁に張り付いている坊主見習いを手招きして呼んだ。
「新しいカップと、水差しを一杯にして持ってこい」と囁いた。他の客の手前大声を出すのははばかられた。
不機嫌な夫人には手頃な箱に座るように勧めて、座るのを見届けると、これだけ元気なら車はいらないのではと胸の内でつぶやく。車の数が足りないとは思われたくない。
汗をびっしりとかいていたふくよかな女性は疑わしそうな目でロコイメントを品定めすると
プイと控室の扉のほうへ顔をそむけた。
と、同時に扉が開いてロコイメントの新たな悩みの種が入ってきた。サスケを抱えたディアンである。ディアンが現れると女性の形相ががらりと変わった。
「んまぁー、ディアン様。どうなすったのかしら。ささこちらへ、汚いところですが一息つくには良い部屋ですわ。本当に一息になさいませね。こんなところにいたらお召しものが汚れてしまいますわ」
扉を開けた途端ディアンは甲高い声で話しかけられて、作り笑顔で応対するも視線は部屋の中をぐるりと見回している。
(何と粗末な部屋だ、救護室とは真っ赤な嘘だな。使われることなど無いと思っていたのが見え見えだ)と一瞬で見破っている。
「ああ、そのようですね。サスケをサスケを、しばらく横にさせてもらえませんか」
部屋の中央に大きな長い箱が二つ、片方にだけ色褪せた敷物のかかった台がある。
開いたままの扉にディアンをおいかけて黄色の声が飛んで来ていた。
「ディアン様! ディアン様スッテキを落としましたわ。ほれ、あのような所で」と、ディアンには見えない壁を夫人は指差した。
ばら色にほほを染めた女性がこの時とばかりに豊満な胸元にステッキを持って立っている。
ステッキは落としたわけでもなく、自分を印象付けるためにこの女性がどさくさにまぎれて抜き取っていたのである。
備品室の開いた扉から冷えた空気が風になり聖堂を駆け抜けて
大扉の警護をしている衛兵の兜のしたを撫でて通り過ぎて行った。
「ああ、ありがとう。衛生兵どの。サスケを頼みました、私はスッテキを取ってきますから」
サスケを中央の大きな箱の上に横たえると優雅な身のこなしで扉へと戻れば、ディアンに引きつけられるように、
「あら、私もご一緒に」
と、飲み物をくれと言っていた女はディアンの後を追いかけて聖堂内へ戻って行った。




