ウッドハ
早朝、ザカリーの到着を迎えに出ていたウッドハはその足で北館の一室を尋ねている。
飾りと勲章で重たいだけの上着を脱いで良い匂いのするお茶を前に慌ただしい一日の始まりを思い返して、くつろいだ態度をとった。
部屋には朝食を済ませ身支度を整えた一人の小柄な老人と、
老人によく似た風貌の中年にさしかかった男の二人が、
ウッドハと一緒に食後のお茶を楽しむためお茶を載せたテーブルを囲んでいた。
目の鋭い老人はウッドハの登場に機嫌良くし、白髪交じりの中年の男はお茶を口に運び、温かいお茶が喉を潤しい胃に入ると満足そうに笑うと若々しい印象をウッドハに与えた。
二人はウッドハの伝言で騒々しく出て行った女性達に苦笑していたのである。
「我が家内ながら、あのように嬌声を上げて喜ばれると、出かけるのをやめよとは言えなくなりますな。わしとてザカリーと会話をすると気持ちよくての、長い事語りたくなりますが。あとでうまくあえれば下の階をのぞいてみましょうや」
階下からザカリーを接待するために椅子の配置替えから、鳴り物の設置にザカリーを迎えるための準備を大声で召使に命じている甲高い声が聞こえている。
「いらぬお節介をしたでしょうかな」
と満足げにウッドハ。忠義心やおべっかは小出しに出すのが信条。
昨夜良い情報として二つの話が入っている。一つは心待ちにしていた船の事。
「なんのなんの。家内は口にださねど、ザカリーの面々がいない事に不服でして。わしもザカリーが来ると匂わせていたもので心苦しかった。面目は果たせました。それにしても使いは一番に連絡が届いていればよいのだが」
「補償はできませんが間違いなく会う事が出来ましょうや。それとは別に船を購入する金額は算出したでしょうかな。私はザカリーのように金持ちではないので、あまり組みたくない相手でありましょうが。船の権利の端っこぐらいは買いたいのだが」
「ええ、話を持ちかけたのはわしのほうですからね。やっとね、めどがついたので。ウッドハ様にも一口乗っていただきましょう」鋭い目が細くなる。
「ザカリーは後ろにいるパトロンのために華やかな装いをしているだけで、実際の金持ちは後ろにいるパトロン。誰もがそのパトロンの名前を知りたいのだがウッドハ様もご存じない。もしわかれば船の権利の四分の一を無償でウッドハ様の名義にして差し上げますぞ」とクユギは笑った。
冗談とも本気ともとれるクユギの態度を、真に受けて良いものかとウッドハ考えたが、半分冗談として受け取ることにした。
ザカリーのパトロンの名前は陰ではスアレムだと囁かれているが確たる証拠はない。
表立って出てこないパトロンの名前にスアレム人で間違いないのではと誰もが思うようになって来ている。
ウッドハの思考の中に、朝ザカリーを迎えた時の出来事よりも、東館の盗聴器が浮かび上がっていた。
どの館も腹心の部下を連れて自分の手で設置したものだ。設置した機材よりも高値になる情報など手に入れる事が出来るだろうかと危惧もしたが、装置は機能しウッドハの未来は良い方向へと向かっているようである。
もう一つうまくいけば大きな船の権利が手に入るかもと、よこしまな考えがよぎる。
「ほう、それは大きな報酬ですな。ますます精を出して探ってみる気になりますな。しかし私の懐から買う船の権利も保障していただきたい。自分の船を持たねばいつまでたっても商売は横ばい。新妻に良い格好をみせたいのでね」と垂れ下がる目じりを老人に向ける。祝う気持ちを形であらわしてくれとさりげなく言っているのだ。
その新妻の金が目的で婿入りしたのだろうとクユギは心の中でだけつぶやいていた。新妻はコフラ惑星の地表四分の一を持っている。しかも豊饒の土地を多く有しているのだ。
コフラ惑星の半分は氷に覆われている。残りの半分は氷から解き放たれた浮島である。
古い時代に浮遊した土地ほど土壌は良い、数十万年積み重なった樹木がよい土になり作物を育てている。
ウッドハが婚姻を繰り返してきた理由の一つは寄り豊饒な土地を求めていたからである。
コフラ星では家の主が働き手である夫を選び婿入りをさせる。近代では土地を開拓する力だけではなく土地に適した植物を植えたり商売上手な婿や、たくさんの働き手たちを統治する脳力を買われて婿を選ぶ方向に流れている。
ゆえに知力と能力ある男は幾度も婚姻を繰り返し広大な土地の統治者になる事が出来る。
ウッドハは宇宙議会の議員の立場を利用し商売を広げていた。その活躍は華々しくコフラでも注目の的である。
三人の妻たちの土地はコフラでは新しい年代に入り、一定の作物だけを作らせ議会で顔見知りになった男を仲介して儲けているがそれも限りがある。新しい年代の土地は同じ地域にあり気候と温度を一つ間違えば不作の憂き目にあう。そんな綱渡りはこの婚姻で終わりだとウッドハは思っている。
ウッドハの上機嫌が移ったかのようにクユギも笑った。
「あなただけではない。いい暮らしをさせてやりたいと会合に出てくると言えば。あらぬ疑いを持つ。ほんに女とは扱いにくいものよ」とセルメが口を開いた。父親のクユギのはしゃぎようは目に余ると苦笑しているが浮き立つ気持ちはセルメにも十分理解できる。
「良いではありませぬか。奥方たちもお茶会を開いてはザカリーと戯れておられる」とセルメ。
「そうであった。しかしのザカリー一人でも、どこぞの若い娘を腹ましたなどという噂を聞かぬから同席するのを許しておるが、あのようにどこの誰ともわからぬパトロンの財力を見せつけられてものう。肩身が狭い。おうそうそう。若手のザカリーが妻を連れて参ったとな。あの者どもに繁殖能力など無い言ったのは誰だったか。嘘ではないのかえ、どう思う? どういった氏素性の妻なのじゃ?」とクユギ。完璧に噂好きの老人になっている。
「それはオイオイわかるでしょう」
たしなめるように言ったつもりだが老人はこの話題から離れるつもりは無いらしい。
「何をもったいぶって。知っていること話せ」
セルメは自国の治安状況を思い出し気持ちが引き締まったが、それは一瞬の事でこの一カ月は呪縛に解放されている。
妻のザカリー熱を口実に猜疑心の強いマイプ総督の目を逃れているとは言い過ぎだが、産業の無い軍隊のレベルの低い土地に来ていると日ごろ口になどした事のない他愛のない噂話も口から出てくる。
特に目の前の男はずるがしこいが議会から借りている宇宙艇の燃料を買うのがやっとの男。
巨大な運搬船の購入に一口乗りたいだけなのだ。セルメから見ればウッドハの願望など眼中にも無いがたまには気晴らしも良いと思っている。
老人に向かって優しい顔をして見せる。彼はマイプ総督のお気に入りだ。
「繁殖能力が無いと言ったのは私ですよ。彼らザカリーは宇宙に出たら一代限りで終わる。母国に帰ればそれは通用しないでしょうが、広い宇宙の中でザカリーの女性が子供を生んだ事は無いしこれからも無いでしょう。男性も同じでしょう。私が考えるに彼らはスアレム人が作り出した人形ではないかと。一人として同じ美しさではないけれどスアレム人が生み出したと考えれば大事にして着飾るのも当然と思いませんか」
自論を述べてセルメは満足していた。他愛ない話ほど熱がこもるのだ。
「わしは、あれほど知的で才気に満ち優雅な人種はいないと思うておる。矛盾しているではないか。スアレム人が生み出したのならその工場はどこにあるのだ。人体を生産するには時間がかかると思うぞ。彼らとて年をとっている。我らとは生殖能力が少々異なっているだけではないのか。母星に帰れば家族がいると聞いた事がある」
「だからです。彼らのコロニー事態をスアレムが作り上げたとしたらどうでしょうか? しかしスアレムに彼らが作られたからと言って彼らを卑下する気は私にはありません。私はイーヴァーの大ファンです。だから彼らの動向を調べ足跡を追い、彼らの残したものを調べたのですよ。イーヴァーのあの透明感のある美しさ、好きな人の好みを知りたいのが心情ではありませぬか。ザカリーにははしたない話も隠したいような嘘もありません、調べれば調べるほど彼らと我々の間には隔たりがあるのです。片や欲の塊、片や高尚な魂を持つ人々。私は妻の次にザカリーを愛してやみません。特にイーヴァーを」
満面の笑みをたたえてセルメは主張した。好きなものを好きといっていられるこの瞬間を楽しみたかった。
負けじとクユギもしわをゆがませて笑った。
「わしはエフリーを。若いディアンも良いが知性の奥行きを感じるエフリー殿が好きじゃな。これだけの人数のザカリーを集めるとはウッドハ殿の手腕であろう。恐れ入ったわい。はっはっはっ」
とザカリーを招待したウッドハを持ち上げる事もクユギは忘れなかった。




