サスケの挨拶
サスケを観察する時間をガイゼンに十分与えて、ディアンはにこやかな表情を作った。
「カロリーナ姫の具合はいかがですか。申しおくれました。スアレム人の仲人で妻をめとりました。サスケと申します。サスケ、この方が百里向こうにいるトカゲの目を射ぬき。長竿刀を振り増せば一振りで五百人をなぎ倒すというガイゼン大将です」
巷で囁かれている噂話を、さも当たり前の事の様にディアンは言った。
歯に衣を着せぬディアンのもの言いをガイゼンは気に行っていて、議場であろうとどこであろうとみかければ一番に近寄って互いの近況を聞きあう仲の良い二人である。
ディアンの言葉を真に受けて完全に委縮しているのはサスケ。
自己紹介さえすめば口を閉じてお茶を飲んでいればよいと、
ディアンに言われた事を信じて胸筋にしか見えないガイゼンの胸元を見つめたまま挨拶をする。
「お初にお目にかかります。サスケと申します。縁あってディアン様と連れ添っています。お見知りおきを」
椅子から降りて腰を折り右足を曲げて、後ろに引き、スカートをつまみあげ、
片方の膝頭を床につけて椅子から離れたまでは良かったが
身体に貼りついたようなドレスはつまむところが無く腰を落としたまま、
美しいタイルの上にサスケは横倒しに転がった。
テーブルの足の向こうに大きな足首にまとわりついた幅広い紐を、
冷たい床タイルに火照っていたほほを付けてみている。
「これ、サスケ」とディアンが手を差し伸べて腰を折った姿のままのサスケを椅子に引き戻す。
斜めになった世界から引き上げられてすぐに
「ごめんなさい。無作法な格好をしてしまいました」
カップとソーサーの向こう側に紐と同じ色のベージュのドレスがサスケの視界に広がっている。
ベージュのドレスが大きく波打った。
「あんたあんた。大丈夫か。きれいな服が破れたのではないか。無理をするなよ。慣れぬ事はやるものではないぞ。はっはっはっは」
顎の下の肉を揺らして小気味よいほど大声でガイゼンは笑った。
道化師のわざとらしい滑稽さと違って
自然の間合いでガイゼンの心にすっとサスケは受け入れられている。
サスケが落ち着いたところでディアンはガイゼンと戦の話で盛り上がった。
みっともなくこけた手前翻訳機をタイルに打ちつけたか、飾りの宝石に引っかけたのか、別な番号に変えてしまい二人の会話をサスケは聞けなくなった。
話に加わっているように見せて笑いながら腕の翻訳機にダイヤルを合わせると
イヤリング型の受信機から翻訳された会話が聞こえてきた。
「戦は勝ったがこれからが鬼門ぞ、頭だけを人民の前でたたき落としても怖がらせるだけでのう。大勝利でも気がかりなことのほうが多いのじゃ」
「早く姫には養生を済まされて出ておいでにならないといけませぬな」
「わかっておるわい。ベルカル人を呼べばよいのだが一歩でもベルカル人が姫の部屋に足を踏み入れてみよ、矢筒が空になるまで打ち込むであろう。外には変わった生き物が山ほどおるという事を知らしめるにはあと二百年はかかるであろう。嘆かわしい事よ」と口を潤すためにカップの中身を一息で飲み干す。
ガイゼンの様子を注意深く見ていた後ろの五人の一人が、
空になったカップをそそくさに引っ込めて新しいお茶を注ぎいれた新しいカップをそっとガイゼンの前に置い手引き下がった。
ガイゼンは皇女の代理で議会に出る事も多い。
武器着用厳禁の議場で礼装で装着していた模造の剣で
ベルカル人に挑みかかった事を忘れて姫の他星人嫌いを憂いている。
議会場に行く前の玄関ホールで大立ち回りをやった時、模造の剣とベルカル人の間に居たのはディアンだった。
ベルカル人の心臓をずたずたに引き裂こうと何度も打ちおろされた模造の剣はもとの形など想像できないくらいに曲がっている。
おそらくもう一度ベルカル人にガイゼンが出合う事になれば、同じように逆上し腰に下がった武器で襲うのは止められない。
彼らはベルカル人のような亜種を嫌悪し殺戮して生きて来ている。刻まれた恐怖は遺伝子に組み込まれて早々に取り払うことはできないのである。




