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Inheritance  作者: KOUHEI
水の惑星
30/168

離宮

海面すれすれに飛ぶ楕円形のバスの中から、

申し訳程度についている丸い窓ガラスにほほをくっつけて

変わっていく眼下の景色を食い入るようにサスケは見ていた。


「ねェねェ、あれは海かしら。何かが水面をはねた。あれは魚? それともゲイマンという竜かしら。見た事があって?」と指をさして尋ねても二人の召使は目を閉じて知らぬ顔を決め込んでいる。


そんなことは全く気にも留めないサスケは、水上に浮かんでいる船の形から帆の数、

乗組員の数まで見たものを全部頭の記憶回路に取り込もうと必死だ。

「素晴らしい! 美しい。ここには本物の生活があるわ」と一人ではしゃぎまくっている。


送迎車から降りて青い絨毯の上に居ないサスケをディアンの従者が探し出した場所は送迎車の反対側。

青々した短い草の上に寝そべって草の臭いを肺いっぱいにかいでいる最中。


ディアン付きになった召使は、さりげなく言葉を選んでいった。

「お召しものが汚れます。早く立ちあがってウッドハ様にご挨拶なさいませんと、ディアン様が困りますが」

丁寧な言葉でゴッズが注意をするとサスケは慌ててディアンを探して青い絨毯の上に戻った。


緑の草の上にどっしりと重たい敷物が敷かれている。敷物の上を歩けば目的の館の玄関先までたどりつけるようになっているらしい。

空港からの召使とは別に柔らかい薄物を着た若い女性たちが花かごを持ってにこやかに

青い敷物の横に立って客の訪れを待っていた。


ウッドハはエフリー、イーヴァー、クロスト、ドレド、ロード、とザカリアート人の年長者から順に抱きつかんばかりに腕をとり挨拶を交わしていた。


「遠路遥々来てくれて嬉しいよ。ザカリーが居るといないとでは天と地の差がある。他の惑星の友人たちも揃って来てくれている。こんなに嬉しい事はない、ありがとう」

押し出しのきく恰幅の良い身体に必要以上にめかしこんだ服装に違和感はあるが、

美しいザカリーを迎えるため主賓としての威厳を保つ持つため、気合を入れて迎えに出ている。


ウッドハは簡素な宇宙服を着こんだザカリーの中で一人だけ目立って気分が良い。


「お招きありがとう。神聖なる式典に同席できる事を心から喜んでいます。紹介が遅れましたがこのたびは結婚したばかりの妻を同行させました。少々身体が弱いので最後まで勤める事が出来れば幸いです」

と慣れた笑顔を作り会釈をする。

「ほう。ザカリーに妻?……それは稀有な」

ウッドハは言葉を失っていた。

いつもなら女性の客には親愛の情を示して、好みの美人ならば軽く手を取って手の甲にキスをするくらいの事は難なくやれるのだが、ディアンの言葉に意表を突かれザカリーの婚姻に関しての記事を頭の中で探すのに忙しくて貴重な機会を逃してしまった。


これまでの長い月日、妻を同伴したザカリアート人は一人もいないと頭の中で確認した時にはすでにサスケは一歩ディアンの後ろに下がっていた。

「始めまして、私はウッドハ・ヤルコ・ウオッキ。離宮での滞在を楽しんでください」

と考えに集中していたのでこれだけ言うのがやっとだ。


「ええ、本当に素敵なところですね」と控えめにサスケは返した。

忘れていた親愛の情を込めた挨拶をしようとウッドハが一歩近づいて来たのに合わせて

サスケは二歩下がり膝を折って腰をかがめてウッドハを見上げて笑顔を返した。


親愛の情を示すためにほほとほほをくっつけるほど近寄り、互いの臭いを嗅ぐのが女性へのマナーだと心得ているウッドハはあっさりとサスケに拒否されて、抑えていたザカリーへの嫉妬が胸の中に燃え上がった。


「ご丁寧な挨拶ですな、では後ほど」

笑顔の消えたウッドハはひきつった顔で案内係に合図を出した。

ウッドハお気に入りの若い女性はザカリー人の足元に花弁を巻いてこちらへと手巻きした。

えもいわれぬ美しい微笑みをたたえたザカリーに見とれて居た若い女性たちは、ウッドハに敬意を表さすに背中を向けて行ってしまった。


置いて行かれたウッドハは車両から荷降ろしをしている召使の中からまとめ役のゴッズを呼んだ。

下僕や従者を引き連れて移動しないザカリアート人は立ち寄り先で身の回りの世話をする者を雇っている。

それを利用して自分の息のかかった男を高値でまとわりつかせているのがウッドハである。


「あれはなんだ? 聞いてないぞ」


二人の近くを大きな荷物が抱えた二人が離れていくのを見届けてからゴッズは答えた。

「サスケ様でしょうか? 空港でのお話ですと、こちらに立ち寄る前にスアレム人に押しつけられたそうです」


「なに? スアレム人。ほう、それは断れまい。それにしても何と冴えない女を生涯横に連れて歩かねばならぬのか」

美しさで誉れ高いザカリアート人の隣に居続けるのは、どれだけ肩身の狭い思いをするだろうかと憐れむ気持ちが湧いた。

サスケの立場に同情する反面、憧れの的ザカリーが妻帯者となり常人と似たような人生を送るのかと思うと知らず笑みが口に浮かぶ。我々の世界へようこそと言いたくなった。


「しかし、スアレムとあらば話は違うでしょう?」

ゴッズがウッドハの心情を汲み取って言った。


全て物事の始まりにたどり着けばスアレム人の名前が出ない事はない。居所を誰も知らぬがこの名前だけは陰で囁かれている。


「うーん、ザカリーはどんなもので引き寄せてしまうの。スアレムまでザカリーに媚を売るとはの。サスケとやらの身元を探れ。何かあるとは思わぬか」

スアレム人はウッドハの印象では控えめだ。宇宙議会での発言権はスアレム人は大きいはずだがどんな問題でも彼らが決定権をひけらかした事は一度も無い。そのスアレム人の口利きで異星人との婚姻などした事の無いザカリーがしたとなる問題は別だ。


「あまり期待はせぬほうがよろしいでしょうが、最善を尽くしましょう」

余計な詮索は仕事を失くすと差し障りの無い言葉で返事をする。


ウッドハの勢いはこの式典後に決定すると根拠のない予感がゴッズにはある。

次に頭角を現すのは式典であいさつを受ける回数の多い者であるのは間違いないとゴッズは思っている。

ゴッズの返事もそぞろに聞き流してこの情報を誰かに話して真意を聞きたいが明日から三日間はウッドハもスアレムと懇意にしているという噂の議員も忙殺されじっくりと話を聞く暇がない。


「フン。まァいい。この日のために用意は怠らずにやっている。しっぽを掴んでやるぞ。それだけの見返りが無ければこんなに仰々しくやらぬわい」

と独り言を言って東西南北に変則的に立っている館を思い浮かべた。


たくさんのオブジェを配置し中には集音機とカメラ組み込んである。館の室内にも柱やベットテーブルをくりぬいて取り付けたこれらの機材に途方もなくばかでかい金をかけている。

一か月分の密談は収録して式後にじっくり吟味するとして、問題は明日から三日間、招待客の動きだ。

祝い酒に溺れる者も多いだろうがこの時とばかりに新しい接触を計る者もいるはずである。

聖堂の中にも盗聴器が仕掛けられているつい先日最終チェックに訪れた時に壁画や椅子に埋め込まれたというが小さなヒビ一つ見つけられなかった。


見慣れた召使が館の裏手から顔を出した。花嫁の父親がウッドハを探しているのだ。

「もう充分に顔合わせをしてやったのに、今度はどの客に会いたいとわがままを言っているのだ。フン」

ウッドハは東館を見上げた。

今から順番を取ってもザカリーと顔合わせなどできないと苦笑した。

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