個室にて
星雲の膨張圧に流されず、新しい船は順調に危険を回避して航行している。
死滅する星を飲み込むブラックホールがレーダーから消えると
ディアンは操縦席から離れてラウンジに移動した。無機質な壁には個室の丸い窓が並んでいる。
中には運動を終えて体温の下がり始めたサスケが、規則正しく呼吸し時間通りにスケジュールをこなしている
サスケはディアンの視線を感じる暇もない。
招待客だけで千人は居る。
宇宙議会の役職の高い順からやっても百名は軽く超える。
王侯貴族から始まり各星系の有力者も含まれると、宇宙に名をはせる有名人ザカリー以上の数になる。
呼び名も星の地域によって違うし当然ペアで招待されるのが常識。そうなると夫人の名前も加わる。
その上彼らの趣味思考となるともうお手上げである。
「カロリーナ姫の公式の呼び名はライトナー・ガイゼン・ベルトナリグゼン・シフスヒャフナー・ロッホリアスリンガー。軍事顧問。並びに元帥。すごい女性だわ。どんな功績を残したのかしら。ヤーロック産の宝石を好む。戦績。戦績? 十五勝七敗。どこと戦ったの。ああ、もういいわ。対戦国の名前までいいわ、却下」
慣れてきたコンピューターとの会話にぶつぶつと不満を漏らす。女性が軍隊を率いた戦いに興味はあるけれど寄り道している暇はない。
ガイド音声がサスケの声に反応して、名前の元になった地域を画面に出して勝利をおさめた相手の顔と名前を羅列した。
「持っている土地の名前?。それを全部名乗らなければならないの? カロリーナは? カロリーナが出てこないわ。え、愛称なの? なぜ全ての女性をカロリーナと呼ぶのよ。わかんない? 駄目だわ、覚えられないわ。いいえやらなきゃ。サルッツアでは失敗しているのよ。覚えなきゃ」
「一人は皆のため……」
ヘッドセットからのガイド音声が遠く聞こえなくなり、見ていた画面が左右から暗く押し寄せて、明るい部分が小さな円に、そして黒く塗りつぶされると、座ったままサスケは気を失った。
サスケの頭の部分から電気信号が一定の場所だけに集中して散開した。
「詰め込み過ぎだ」と呟いたが止めるようにとはディアンは言うつもりはない。
これから行くところでは持っている知識だけが頼りになる。
「能力過多だな」
ラウンジをぐるりと見回してにやりと笑う。
コフラ星とセラ星の新任式が終われば待ちに待った祝祭。この時をザカリーは待っている。
持てる力を全て解放できる瞬間を心待ちにしているのだ。
もとを正せばウッドハの婚姻式に招待されたのは友人のベルカル人である。
ベルカル人は宇宙議会の要請で作られた、中立を誓った救援隊の一員である。
医療技術の発達した彼らは星間戦争で助けを求める船や兵士を無差別に助けだしている。救援隊創立時から今日まで一貫して救援隊に所属し活躍いる彼らは、異形ながらもその功績を全宇宙から認められている。
当然のことながら付き合いのある、特に議会員たちは公式な式典に彼らを招待しない訳にはいかないが、彼らの異形はまずどの社会でも受け入れられず、それを理解しているベルカル人は招待を丁寧に断り是非にと乞われればザカリーを代役に立てた。
いつしかザカリーを呼ぶにはベルカル人を通せば必ずザカリーの姿を見る事が出来ると知れ渡り、巷の王侯貴族もベルカル人に橋渡しを頼むようになっている。
さすがに面識もない異星人の申し出などは断るが、ウッドハのように宇宙議会の議員でもありコフラでも指折りの有力者ともなるとベルカル人もザカリーに頼むほかなかったのである。
ベルカル人とザカリーの付き合いも長い。救援隊にザカリーが志願したのが発端だが医療の知識など持っていないザカリーはもっぱら負傷者の運搬を受け持っていた。
ベルカル人の作業を間近でも見て医療に興味を持ちベルカル人の研究員になった経緯もある。
世間では眉目秀麗のザカリーと陰では醜悪の権化と言われている(全身を毛でおおわれ獣の容貌を持つ亜種に近い生物)両種族が肩を組み合って仲よくしているなどと思いたくない。双方の類似点など一つも見いだせない二人は大宇宙の神秘と囁かれているほど長く付き合いを続けている。
スヴィンダ・ノーラ王子(ベルカル人)の頼みとあれば快く引き受けているが姑息なウッドハはディアン一人では物足りぬと大勢のザカリーに来てもらえるようベルカル人に頼み込んだ身勝手な頼みごとだったが式当日だけならとい三十名の散らばっていたザカリーが招集されたのである。
サスケは繰り返し訪れる拒否反応を克服しようと必死だった。
サルッツアの事を踏まえて、やってはいけない事、是が非でも覚えておくことだけを集中して肝心な、コフラ惑星に辿りついていない。
旅の日数を考えて招待客順は止めて、ウッドハの周辺だけでも覚え込もうと
文字通り目を血走らせて画面を見ている。
上品な顔立ちのディワール人正義の人議長のニールの紹介を始めると
暗い洞窟で一生を過ごすサルツ人の顔が浮かんで涙で見えなくなった。
フラーリーに言われて気が付いた事だが、議会の重要性が今ならよくわかる。
(彼女たちが求めていたのは誇り。踏みつけられた祖先の誇りを取り戻そうとしているのに、現実は厳しいわ。イギンラ人にこき使われていると思っているのにその逆だなんて。イギンラ人が元の生活に戻ったらサルツ人は私たちヴィテッカの街と同じように孤立してしまう。私たちは自給自足が出来たけれど、サルツ人はどうやって糧を得ることが出来るのしら。あの人たちに残っている未来は餓死しかないの? どうしてその事に気が付かないのかしら)
別れ際、フラーリーは高飛車な言い方でサスケに命令した。
隣の男性はまるでフラーリーが追い払うのを待っていたかのように、うすら笑いでユーザーの屋敷の方角へ唾を吐いた。
目を閉じて黙ってしまったサスケの耳元でピーピーとブザーが鳴る。
映像を見ていないとコンピューターが警告音を発したのである。
気を取り直してウッドハのガイドビデオに集中する。ガイド役はなぜかウッドハ本人がやっているのには注目せず、小さな画面いっぱいに光を浴びた大地が映し出されると、
ガイドのねちっこい視線から解放されて心が癒されていくのわかる。
鉄分を多く含んでいたサルッツアの土地と違いコフラ星は水の惑星である。
地表はパズルのようになった島国で形成されている。
水がほぼ星を覆っているのに浮島が一定の位置に保っていられるのは、コフラ星の周囲に回る三つの衛星の引力せいらしい。
浮島の地表は三つの季節毎にゆっくりと場所を変えてまた移動し元の位置に戻る。
極めて穏やかな美しい星のひとつである。




