船内にて
以前から頼んでおいた衣装の細かな直しも全て終えて
各自の宇宙船に詰め込んでもらうと
名残り惜しそうなユーザーを後にザカリアート人等はサルッツア星を飛び立った。
もちろんユーザーの好意でロケットから新しい宇宙船に乗り換えているサスケは
狭苦しいカプセルにもぐりこむ必要は無くなっている。
ロケットの操縦が出来なくなったディアンはさほど不機嫌ではなく、どちらかというと二週間はかかる仮縫いが三日で済み上機嫌なのである。
追われるように出発した理由はサルッツア星の気温が一気に二度も下がりユーザーの旅立つ日が迫っていたからである。
ユーザーの後を任されたのはエフという若いイギンラ人、彼もまた受け継いだ仕事を縮小して数年後にはユーザーの後を追いかける様にして地中に潜るらしい。
サスケはフラーリーとの会話が忘れられず、また街へ行く事があれば仲直りをするチャンスがあるのではないかと希望を持っていたが、慌ただしく乗った新しい船に興味をそそられてサルツ人の事は片隅に追いやっている。
最新鋭のユーザーの宇宙船は個室四室ラウンジ一室を備えた豪華な造りで、行きたい惑星の星座標を入れるだけで流星の接近や恒星から放出される磁場の波も勝手に計算して航行してくれるのである。
動きやすい宇宙服を着こんで、サルツ人のように階段の手すりを掴んで登れば、そこは広いラウンジ。
始めてサスケはゆっくりした宇宙の旅を感じている。
と思ったのも束の間、ラウンジの横には運動機械があって固定されたベルトを着けて浮かびながらサスケは走らなければならなかった。
運動が終わると個室に籠もって次の目的地のために学習に取り組む。眠くなればその場で眠りについた。
ディアンはというとサルッツアに拘束されていた期間刻々と変わる、各星の社会情勢のニュースをチェックしていた。
サスケは個室の窓から覗いてディアンの様子を伺い、ディアンの視線が物憂げに操縦室を見たのを機にそっと個室を出て声をかけた。
サスケからディアンに声をかけるなどかなりの勇気を必要とした。
今日のディアンは機嫌が良いらしい。いつも彼はサスケが運動してぼろぼろに疲れてうなだれていると冷やかな目つきでサスケを恐れさせている。
広い船内は二人だけだというのに会話をするきっかけを掴めなくて無くて、ディアンの指示通りに行動を移す事で怖い顔から逃げていたサスケである。
暇を持て余していたディアンは実は機嫌が悪かった、サスケが個室の窓の前をちょろちょろするから顔の筋肉の位置を固定して待っていた。
二人旅だというのにサスケはディアンの視野に入ろうとせず避けて逃げている。確かに唐突な旅の始まりでまともな自己紹介もした記憶はないがこのままコフラに到着してよそよそしい態度でも取られたら困るのである。
そのサスケがそろりそろりと近づいて来て、サルッツアでの楽しい出来事を語り出したのだから、たとえくだらない話でも聞かない訳にいかない。
あと数週間は船内で過ごすとわかった時から話すきっかけを狙っていたサスケは、固定されたソファーにくっつきサルッツアでの疑問を切り出してみた。
一通り初めての経験をしたサスケの話が終えるのを待って、簡単な感想を言ってみる。
「サルツ人にハイキングとはまた珍しい発想だな。よほどそのレリーフの事が知りたかったに違いない」
景色を見る事が目的のハイキングに、目の見えない彼らの出かけた理由が分からない。巨大なレリーフを彼らは触れると思ったのだろうかと疑問は浮かぶ。
「そうなの、そう思うでしょう。きつかったけれど少しづつ登って辿りついたっていうのに途中で屋敷に帰れだなんてもっといろんなこと話したかったのに」
とサスケは二度と会うことのないサルツ人を思い最後の別れを気にしていた。
目の不自由な人たちのためなら些細な手助けぐらい何とも思わなかったのに、はっきりと拒否されてサスケの気持ちは傷ついていた。
「イギンラ人とサルツ人の歴史を覚えているか」とデイアン。
正直にサスケは首を横に振った。
公式ガイドで覚えている事はサルツ人が狩猟民族で、広大な土地を季節を追って暮らしていた事、他の気持ちの悪い箇所は目を閉じていた。
眼を閉じると決まってサスケは眠りにつきサルッツアの美しい姿の部分だけを頭の中に叩き込んだのである。
「馬鹿もの。きちんとした知識を持ち礼節を尽くし他星人と向き合わねばならぬのに。浅はかな奴だ」といつもエフリーに言われた言葉がディアンの口に出る。
見た目はディアンが年下だが実年齢でははるかにサスケを上回っている。
「ごめんなさい」
スアレム人にも隣のディアンにもくれぐれも他星人との接触は慎重にと言い含められていたサスケである。
「なにが気に入らないでイギンラ人のガイド情報を無視した。そうか。外見があのようだから見る気がしなかったのだな」
往々にしてあると同情をこめて言った。ユーザーと相対した者のとる宿命のような態度である。
ディアンはサスケを責めているつもりは全くなかったが、素に戻って苦笑したのがまずかった。
言葉も含めてディアンの顔が厳しくなった瞬間、サスケはラウンジから逃げ出したくなったが、身体はベルトで固定され動きは取れない。まるでドームヴィテッカでディアンの瞳をのぞいた時と同じ気分になった。
「あ、ユーザー様の優しさは分かっています。あの方はお金持ちなのにそんなこと全然ひけらかさないし、私みたいなものにも気を使ってくださいます。とてもその、サルツ人をこき使っているようには見えません」
サルツ人はイギンラ人を尊敬していない。それどころかイギンラ人を語る彼らの口調から殺気すらサスケは感じている。
サスケが焦って言い訳しているのを見て、自分の表情が変わったことに気が付いたけれど
特に戻す事もなくディアンは続けた。
大した変化ではない。
現にサスケは口を開く事が出来る。
ザカリーが素でほほ笑みを浮かべれば他星人は息も出来ないくらい凍りつく。
「ユーザーの祖先はサルツ人に嬲り殺されている。今生き残っているイギンラ人の中でサルツ人に祖先を殺されていない者などいない。サルツ人は暖かい日には地上に出てきていたイギンラ人を殺して遊んでいた。そもそも宇宙から飛来してきた船から細菌はやって来ている。他の惑星に進出する事をのぞでいたサルツ人が身体の異変に気が付いた時には既に遅く蔓延した細菌はサルツ人の目の中で成長したいた。眼は器官の中でもかなり重要な部分だ。眼球を作っている成分はタンパク質と水分。細菌は空気中からいつも水分に覆われている目に侵入した。当然サルツ人はいろいろと手打った。細菌を持って来た他星人に救いを求めたが、気分次第で船員を皆殺しにするサルツ人を快く思っていた奴がどれだけいたか。見るに見かねてイギンラ人が他星人との交渉に出た。イギンラ人は粘りに粘って交渉内容を進めた結果が今のウズの街並みに反映されている」
サスケが神妙な顔で聞いている。サスケの頭の中では微弱な電波があちらこちらと広がっていて、耳を澄まして聴いている証拠である。
「サルツ人の目の中には細菌が住みつき、明るい光を浴びればその細菌が活発に動きだす、悪循環だな」
と念を入れて感想を述べる。
過去の栄光に浸って生きているうちはまだいいそれすら無くなることも多いのである。
「でも彼女の硝子体は正常に保たれているわ。見かけだけかもしれないけれど……」
と言って口に手を当てた。
明るい光を遮断された場所だからこそ細菌の繁殖が防げているという事実を実際にサスケは見て来ている。
(なんて事かしら。地下生活をしていたからこそ、眼球のふくらみが残ったなんて。あんなに大きくて力強い人たちが誰かに頼ってしか生きられないなんて……)
「細菌は母体感染で受け継がれる。母親の胎内で肺胞の時にすでに芽が入り込んでいるのだ。細菌を殺すにはサルツ人が死ぬ以外に今のところ方法はない。遺跡復興会とは表向きは遺跡の修復だが、実は懐古主義者のサルツ人たちがイギンラ人に対して反旗を翻すための団体だということはイギンラ人には知られているのだ」
細菌の有無を言うなら少数のサルツ人の目を助けることはできたとしても、それは一時しのぎにすぎないのである。
ユーザーがそれをやらないのはわずか数人のために多くのサルツ人を犠牲に出来ないから。
「まさか、イギンラ人はサルツ人を困らせるつもりで元の生活に戻ろうとしているの? それは駄目よ。あの人たちは街の中でしか生活は出来ないわ。私、足元がしっかりしていないのにそんな私に頼るしか出来ないのよ。彼女が怒っていたのは懐古主義者たちの言っている事とレリーフの内容が違っていた事よね? だとしたら懐古主義者の言いなりになんて彼女はならないわ。暴動の先導者になんて……」
なるはずがないと、思いこもうとしても暴動が起きればすぐにサルツ人の社会制度を壊してしまう。
反旗を翻さずに暮らしていても数年後にはイギンラ人にサルツ人は見捨てられ同じ境遇に陥るのだ。
食べ物も水も無い世界でサルツ人が苦しむと思うとサスケの胸は締め付けられるように痛い。
「どの街も同じ状況なの?」
聞いてはいけない事を聞いている気がしている。サルツ人の街はアン・オーサーの街と重なっている。
孤立した町の住人は、美しかった地上生活に戻れる事を夢見ながら必死で生きてきたのである。
「イギンラ人はもともと表立って活動するタイプではない。一時は外に目が向くがすぐに内側に籠もりたがる。サルッツアの街の担い手はころころ変わるのが常だ」
「サルツ人はイギンラ人に見放されたら生きていけないわ」
食べ物も水も何とか自分たちで調達できたいたヴィテッカとは根本がまるで違うと自分の手を握りしめた。
サスケの感情の起伏が全身からにじみ出ているのを見て、
これもまだ催眠効果の表れだろうかとディアンは冷めた目で眺めている。
狭い空間で大勢が生きるには感情を表面には出さないというのが鉄則だと、
スアレム人は言っていたが目の前のサスケは違っていた。
「それはこの世の理。滅びる様はどこもそのようなものだ」
死滅するのに醜いも美しいも無い。命が尽きていくのは止められないのである。
もし諍う事が出来ればどんな手立てでも試してみる。
墓穴に入って死ぬ時を待っている何ぞ、ザカリアート人には出来ないのである。
サスケに向かって笑いかけたかったが本当のザカリーの笑顔はやめて
他星人の喜ぶ顔の筋肉を動かしてサスケの気持ちを落ち着かせる事にした。
自分の星の住人の心配もそこそこに
サルツ人の行く末を案じて涙しているおかしな生物だとディアンの目には映っている。




