ハイキング 2
遺跡への山道は急勾配が続いて狭くなり、とうとうサスケの肩幅の広さになった。
先頭を歩くサスケはごろ石が続く古い道に不便に感じ、(転びそう。私が倒れちゃうと三人共倒れる……)
二人のサルツ人を後ろに従えて、小石、枯葉、足元の大石、大きな枝、土から顔を出している木の根、などなどを、見えるものは全部声に出して一歩一歩山道を登る。
崖下の平たんな場所まで来ると三人は汗をかきながら立ち止った。
「サスケさん、ここは全部石ころばかりのようね」
フラーリーはおびえた顔は見せまいと必死になって声を作っている。
流れる汗が震える腕に滴り落ちると服の端で気持ち悪そうにぬぐった。
「近くまで来たわ。何を見たいのか言って」
サスケは転がった石の上くらい歩けるけれどサルツ人には無理だと判断してかなり手前で止まっている。
フラーリーは毅然と顔をあげて崖下の広場を楽しんでいるように見渡した。
「二人の王子が居るはずよ、その足元の岩には何が彫られているの? 二人の視線の先に何があるのかを教えてほしいの」橋の上よりも冷たい風が時々吹き付けて来てフラーリーを怖がらせた。
「その二人は立っているの?」
杖をフラーリに反してレリーフの正面へ転げそうになりながら見上げる。
ざっくりと切り取られた崖はサルッツアの地上の風景が彫られている。大きな樹木が人が立っているように見えるのだろうかそれとも王子は樹木に変身したのだろうか。
「ええそうよ。」サスケの声の方角へ顔を上げる。ゆっくりと動く今度は生温い風が吹きつけてきた。
「ごめんなさい。間違って来た見たいだわ。真ん中にはお城と湖と森、離れて両脇に鎧かぶとの戦士が居るわ。こちらの方々の視線は反対側の壁を見ているようね。でも反対側は戦のようねたくさんの人たちが鎧かぶとを着て真ん中にいる人を谷底に落とそうとしているのかしら? ここよりももっと崩れているみたいだけど」
見えている壁画を正確に言い表したかったが、今頃になって翻訳機が正常に働いているかが心配になった。
「え?反対側では城を守っての守護神の数は八人よ。正直に言ってね、イギンラ人はどこにいるかしら」
サスケは崖に彫られたレリーフのどこにもイギンラ人がいないと伝えると
フラーリーは口を固く結んでしまった。
街中で見た壁画の陰影は、よりはっきり見えていたが近くに来ても
崩落の激しい状態では細かい彫り跡は見つけられなかった。
「とても強い王様がいたのね肩の上にはたくさんの武器と。手の上の環は手に入れた国の数々を表しているのよね」とロケットの中で見た崩落前の遺跡紹介を思い出している。
思わず半分残っている環の壁画を指さしたけれど、
二人はサスケの手の向きなど見えていない事に気が付き恥ずかしくて指を丸めて下した。
「そうね、地上でのレビ人の勇ましい歴史よね。ちゃんと習ったわよ。覚えているわ。三十もの部族を制圧して残り四つになった所を忌まわしい菌が威力を増したのよね」
と吐き出すようにフラーリーは言った。
わざわざ危険を犯してきたのにこれまでと同じ事を聞かされると腹が立つ。
サスケの声の調子から嘘をついているようにも思えない。
そもそも弱弱しく歩くサスケに対して目が見えるという事以外はサルツ人が勝っていると優越感を感じていたフラーリーである。
それが不安定なでこぼこ道では、目の重要性を実感せずにはいられなかった。
他にもある、予測のつかない風だ。温度の変化で突風が吹きフラーリーを押し倒そうとするのだ。
前後左右どこから来るかわからない風におびえでこぼこの山道は不安定で歩き辛く激しいストレスにあること無い子と叫びだしたいのを堪えている。
はがれて落ちた部分を足で踏みつぶして、脆く崩れたのを見て、もともとレリーフを掘るような岩壁ではなかったのだろうとサスケは思った。
「フラ。そんなに落ち込むなよ。これでクレアの言っていたことが嘘だとわかっただけでもいいじゃないか」
フラーリーとサスケの会話を黙って聞いていたゲツラフはこのハイキングの意味を見出そうとした。
「良くない!私たちクレアとバルマに騙されていのよ。あたしは目の見える人として司祭になる予定なのよ。わかって言っているの」
「怒らないでくれよ。君のその両眼は尊いものだってことは変わらないさ」
「あの二人の言っていることを全部最初から疑ってみることが必要だと思うわ。二人は見えていなかったのよ、なにも見えていなかったのよ。子供のころに見たって? 何を見たのよ。自分たちが交渉事に失敗したから私を担ぎあげて何がさせたかったの。あいつら私を、皆をだましているのよ」
「違うよ、皆は君の瞳に希望を見ていただけだよ」
小さな声でゲツラフは反論した。
「他の人たちの意見も聞くべきだわ」毅然とした声音で言う。
希望なんか無いって認めさせてやると心に誓っているのが声に現れていた。
「降りましょう。」
言うだけのことを言ってしまうとずっと喉の奥に出かかっていた言葉をフラーリーは吐いた。
整備されていた街へ戻りたくてしょうがなかったのである。
サスケは二人のいる道から離れて後ろに回り込み行きましょうと声をかけた。
フラーリーとゲツラフはお互いの手と腕を触って方向を転換し今度はゲツラフがサスケの後ろを歩く。
下りは登りよりもより慎重にサスケは降りた。
口数の減った二人はサスケの足音に耳を澄まし、サスケの声と足音の違いで踏み込む場所を選んでいた。
「ここからは手すりがあるわ」とサスケが言った途端、脱兎のごとく二人は手すりにしがみついた。
なじんだ突起がここからは危険区域だと教えている。
黙々と三人は歩きぼんやり光った建物が左右に現れ人影も多くなった。
手すりが五列と並んだ交差点まで来るとフラーリーは立ち止った。
「この道をまっすぐに行くとユーザー様の御屋敷の前までつくわ。サスケさん、今日はありがとう。じゃあね」
怒ったように言葉を吐き捨てるとサスケの返事も待たずに二人はサスケの前からいなくなった。
取り残されたサスケは遠くに見える岩のレリーフを眺めてとぼとぼとフラーリーに言われた道を歩いて、巨大な門の前まで行けば煌煌と明かりが灯された下にフードをかぶった門番がサスケの姿を見つけると駆け寄ってきて、脇の小さな入口から屋敷内へと押しやられてしまった。




