ハイキング 1
巨大な洞窟の中では朝か昼か夜なのかサスケには解らない。
到着した時は日暮れだと思っていたのに
二人の話では午前中の仕事を終えたということから、昼に近い時間帯というのだけは分かった。
背中に荷物を背負った二人のサルツ人となだらかな丘陵地帯をハイキングをすることになり
サスケの気分はかなり浮かれている。
地味な色彩の建造物や奇妙な形の突起が作る陰影も見えなくなるくらいに笑顔になっている。
(ハイキングなんて生まれて初めて)
とわくわくした気分とは対照的なのはサスケの身体。
空港ではディアンに助けられないと歩けなかった、今は自力で歩けるが思うような速さで歩けないのだ。
二人のサルツ人は杖を頼りにしながら通行人にもぶつからずに先へいってサスケを待っている。
ロザンタール星人の石像を見た感動がよみがえって来て駆け出したい気持ちになっても、
肩幅よりも広く足を踏み込めずにいる。
(あたしってこんなに歩くのが遅かったのかしら)
息切れをしながらついて行く、自分の体力の衰えが信じられない。
人通りの多い道から一時間も歩けば広い川幅のある土手に来ている。
川に大きな流れはなく、細い黒いラインが真ん中に一本だけ見えている。
広い川には立派な橋がかかり道路のように手すりは無い。
両脇の橋の欄干だけを頼りにサルツ人は歩かなければならないようだ。
(川、川、本物の川だわ。降りるところはあるのかしら? 土手沿いに光る草が続いて、幻想的)
かつかつと杖で欄干を叩く音に驚き、サスケは眺めていた景色から目を離して見れば、手すりから離れてサルツ人の二人は杖を振り回している。
(どうしたのかしら?)
川底まで三十メートルはある。
腰の下にある丸い欄干を杖で叩き、手で触れて探りながらサルツ人は橋を渡ろうとしている。
サルツ人に見えていないのに高いところは苦手なのかしらとサスケは首を傾げた。
灰色の式石で埋め尽くされている橋は建築後は素晴らしい眺めだったに違いない。
橋を渡り終えると川沿いの土手道へ折れる道と、まっすぐに山の傾斜地へと延びる道とに分かれている。
山の傾斜地へと行く道には橋同様に手すりも危険区域を示す突起物の案内も無い、ただ踏みしめただけの山道がある。
二人のサルツ人は杖を握り周囲をぐるりと叩いて回り、何も目印が無いのを確認し合った。
ときどき川底から吹き上げる風に肩をすくめ緊張している。
フラーリーが杖を差し出した。
「サスケさん。これを持って先を歩いてくださる」
フラーリーはゲツラフの杖先を握っている。三人の間に杖を渡して並んで歩けということらしい。
「障害物の大きい、小さいを問わず、全部口で言っていただけるかしら」
未踏の場所を歩くということで緊張しているフラーリーがサスケに助けを求めている。
あれほどぶつくさ言っていたゲツラフは仕入れた知識がなにも役に立たないとわかると
そわそわして何度も足場を杖で叩いている。
「みんなで土を下ろして川は埋めたって書いてあったのにおかしいな。何度も登って街を見下ろしたって……」
「ええ。いいわ」
手すりが無くなった途端、吹き付ける風にサルツ人は驚き、全身から不安がにじみ出ていた。
主導権を握っているフラーリーが口を開けば中止を言いだすとサスケは思っていた。
二人に頼られていると思うとがぜんサスケは張り切る。
(見えているのは私だけ、しっかりしなくちゃ)と頼りない自分の足に力を入れる。
上り下りを説明しながら先頭を切ってサスケは歩き始めると
(ハイキングっていいわ。野や山っていいわ。土の上を歩くって新鮮だわ)と至って呑気に喜んでいる。
後ろの二人は緊張が一層高まって、
特にゲツラフは大きい身体に似合わず自分の杖で転がした小石に驚いて体をすくめている。
「ねェ、ここの草もみんな輝いていて美しい光景だけれど。ほのかに温かさを感じるんだけど私の気のせいかしら」と、
山歩きだけではもったいないので、そこいらに生えている光る草や建物の温度の事など
疑問に思ったことをサスケは尋ねてみた。
見えない岩や風と戦っているフラーリーは、びっしりとかいた汗を顔を振って払い落とした。
おっとりした口調で質問をするサスケに立場が逆転したとは思わせないように笑顔を作る。
「そうね、以前の草は全く光らなかったし、建物も暖かくは無かったわ、これらは全部遺伝子を組み替えて作りだされたものよ」それらは全部あたしたちサルツ人が身を粉にして働いた結果なのと自信に満ちた声で答えた。
意外な言葉が返ってきてサスケは驚いた。
遺伝子組み換えなどを眼が見えない彼らにどうやって出来たのだろうと考えた、貧困なサスケの想像力では目の見えない人たちが細胞膜を移し替えることはできないと思った。
サスケの沈黙に気が付き説明が足りなかったとフラーリーは続けた。
「祖先は他星人にお金を払って、忌まわしい菌の研究から、サルツ人が快適に生きていけるようにアイデアを求めたの。お陰で今ではサルツ人の人口は増えつづけているわ」
とイギンラ人に教えられた数字を思い浮かべた。
数では勝っているのになぜサルツ人が主導権を握れないのよとは言わない。
全ての物事の橋渡しをしたのがイギンラ人で、サルツ人を貶めたのもイギンラ人。
サスケはそのイギンラ人の客である。
「あなたたちの祖先は素晴らしいわね。子孫の事を考えていたのね」
目が見えなければどの草がどんな形で生えているかは触らなければ分からないけれど
熱の大きさは近寄ることで全身の皮膚で感じることができるとサスケは納得した。




