サルツ人 1
フラーリーと名乗る女性はサスケの手引いて表通りから離れると細い路地に入りこんだ。
犇めき合った建物が並んだ一角の手すりに囲まれた門をくぐりぬけて、
盛り上がったドアノブ付近の細やかな突起を彼女は手で触り確認してサスケを部屋に招き入れた。
部屋は薄暗く壁には手の届く範囲に棚がある。部屋の隅は床に積み上げられた木箱がある。
女性は壁を伝いテーブルと椅子を部屋の真ん中に出してサスケに座るように言った。
「ユーザー様のお客を迎えられて嬉しいわ」
にっこりと笑った顔をサスケに向ける。
サスケは女性を同情の目で見ていた。
帰宅途中、もしかしたらうっすらとでも目が見えるのでは思っていた事が、
部屋に通されて確実に見えていない事がわかったからだ。
「失礼なことを聞いてもいい? あなたには眼球があるように見えるけど目が見えないのはなぜなの」
彼女の部屋に照明の設備が一つもなく、手の届く範囲に全て様々な突起物がありそれを起点に動いているようである。
慣れた手つきでお茶を淹れながらフラーリーはもう一度にっこりと笑って見せる。
普段なら顔に表情を作ることなどしないが客は目が見えていて、
目が見えている者は半分以上相手の表情で意思疎通を測ると本で読んで知っていた。
フラーリーはサルツ人の中でも魅力的だと言われている。
サスケに通じるかはわからないが、笑顔を向けられて悪い気持にはならないだろうと思っている。
「私は特別なの。多分もっと先では見えるようになるかもしれない」と入れたお茶をサスケに勧める。
幼児の時に眼球の形が残っているサルツ人は稀にいる、が、成人に達しても残っている者は少ない。
眼球がある、それがフラーリーには自慢なのである。
「聞かせて。あなたの住んでいたところの事を。滅多に私たちは外からのお客様と会えないの。ニュースを聞いても遠い場所の事は良く分からないし」
眼は閉じたままでも魅力的な若い女性から尋ねられてサスケは有頂天になった。
ヴィテッカの街では仕事以外での会話は極端に少ない。特に若い同性との会話はサスケには全くなかった。
分からない事はかかりつけの医者に相談するか議員に陳情して講習会を開いてもらうかのどちらかである。
棚の置物や木箱に腕を当てながら地上での災害の数々を説明し、地下に潜ったいきさつをフラーリーに説明した。
(うまく言えないわ。分かってくれたかしら)
「素晴らしいわ。たくさんの専門分野のお医者さんたち、それに凄いのは皆で決めた議員がいること。なんて素晴らしい制度かしら」と喜んでいる。
サスケの住んでいた街が地下都市で成熟していることに感銘したフラーリーは、
「お願いがあるのハイキングに行かない? これから来ることになっている友達がいるの。彼と二人でランチを食べようと思っていたけれどあなたもいかが? ううん、一緒に来るべきよ。あなたが褒めてくれた遺跡に案内できるわ、行きましょう」
魅力的な顔がサスケに向かって笑っている。
フラーリーの姉のような気持ちになってサスケは答える。ヴィテッカではこんな楽しい会話した事がなかった。
「あなたのお友達が良いと行ったらね」
ハイキングの言葉が出てきた瞬間何のことかわからなかったけれど後に続いた、遺跡に行くという言葉でなんとなくわかった。
香りの良いお茶をすすりながらサスケは会話に飢えていた気持ちが癒されて行くのを感じた。
呼び鈴が鳴り足音の後ドアをノックする音が聞こえた。
「来たわ。ゲツラフよ。彼は私を慕ってくれているの。何でも言う事を聞いてくれるのよ」
と得意げに笑う。
「ゲツラフ入って来ていいわよ。お客様がいるのよきちんとご挨拶をしてね」
手を伸ばした先の食器の山からカップを取ってお茶を注いでテーブルの端に置いた。
その場所がゲツラフの定位置らしい。
ドアを閉める音がして壁を杖で探りながら片手には布袋を持った青年が現れ、良い匂いのするカップの前に座った。
「お客さまだって? 誰だよ隣のゲイマンじゃないんだろうな。それともララントかい?」
少々不安げな顔の男性はしきりに臭いをかいだり声を聞こうと部屋の中をうかがっている。
サスケは笑顔を作り軽く頭を下げ、フラーリーが紹介してくれるまで待った。
「どれも外れよ、サスケさん。ユーザー様のお客の一人よ」
自慢げに大きな声でゲツラフに話しかける。
「また俺らの仕事にいちゃもんをつけにきたのかい? まったくもってユーザーときたら……」
フラーリーを慕っている男たちではないとわかると安心してすぐに雇い主の悪口が出る。
ゲツラフの言葉を封じ込めるようにフラーリーはまくしたてた。
「ゲツラフ、私たちのハイキングにサスケさんを同行させようと思っているの。私もあなたも手すりや印が無ければ山のぼりや川遊びも出来ないわ。でもサスケさんは違う。山にある遺跡が見えているの。私は遺跡の物語を教えてあげようと思っているの。サスケさんからは遺跡の崩落状態を聞きたいわ。いつも言っていたでしょう。あの遺跡は私たちの歴史。綺麗に修復できたら、皆が遺跡まで普通に歩いていける。そうでしょう?」
ゲツラフは二人で行くと約束していたハイキングの話にお邪魔虫が付いてくると不機嫌になった。
この日のためにいろいろと情報を仕入れていたのである。
「そうだけど、案内人は僕だけじゃなかったのかい。何も目空き連れて出なくても……」
目の見える異星人がどれだけ必要かはゲツラフにもわかる。
「私たち遺跡修復会の会員なの。地下に潜る前の私たちの先祖の遺跡群を綺麗にしたいのよ。ねぇ」
と言われてゲツラフはしぶしぶ頷いた。
修復会では眼球のふくらみのあるフラーリーはアイドル的存在、当然発言力もある。少々の事なら年長者も許してしまうくらいの人気者である。
勇猛果敢なレビ人の末裔だと学校では教えられたが、現存して生きているサルツ人は壁画を見たことが無い、長命なサルツ人は壁画そのものを疑っているが誰も確かめられないのでうわさは憶測を呼び、成人したサルツ人は遺跡修復会に入り洗礼を受けてこれまでの考えを捨てるのである。
壁画は装飾のためにイギンラ人が彫ったというのが遺跡修復会の見解である。
本物のサルツ人の歴史をサルツ人の手で掲げる、これが遺跡修復会の目的である。




