惑星 アン・オーサー
PG歴四千六百二十三年。
双子惑星アン・オーサはアン・ラースの縮小と離脱で自回転が不安定になった。
緑豊かな惑星の地表は自然災害の大荒れが続き氷河期が訪れている。
アン・オーサの地表に住んでいた住人は地下都市を建設し地熱に頼って生きて行くしか道はなかった。
地下に住み始めて二百年が過ぎて、地上の美しい姿を知る住人もなくなり
図書館にあるビデオクリップだけがアン・オーサーの美しかった姿を記録に残していたが
その記録も使用される頻度は減っている。
地上に住んでいた時と同様に、地下世界に昼と夜を人工的に作り生活を維持しているが
年を追うごとに住人の数は減少し続け、市議会の作り上げたシステムは機能できない状態になりつつある。
地表を覆う数百メートルの厚さの氷に他都市との連絡を隔てられ
孤立した多くの都市は地熱の変則的な動きに対応できずに
埋もれていく運命にあった。
街、唯一の生命維持装置は、溶岩の逆流を防ぐ分厚い壁の小さなトンネルの奥にある。
火山活動を休止しているマグマの近くまでの伸びた坑道は鉄錆の臭いが漂い時間の流れを感じさせる
地下千キロから噴出したマグマは岩盤を溶かし流れ続けているが
複雑に分かれた横道にそれる蒸気熱をタービンに取入れ動かして電気に変え街全体に供給している。
蒸気原動所は町外れから人工灯の怪しく光る通路を徒歩三十分という位置にある。
サスケが住んでいる街ヴィテッカは百年前までは二十万人をこえる住人が住んでいたが、今では子供から老人まで二千名足らずに減り、この人数の半分が地熱発電所関連で働いている。
一人暮らしの部屋に鍵をかけてサスケは毎日同じ通路を歩き
ロッカールームで耐熱服を着こみ、ヘルメットを腰に下げて仕事に取り掛かる。
サスケの作業場であるコントロールルームには
見慣れたメンバーが所定の位置で計測機を前に小さな針のブレとにらめっこをしている。
部屋の気温と湿度をサスケは一番に見る。この部屋の耐久性は今日一日は、保っていられるようである。
サスケの背中の形に沈み込んだ背もたれと、サスケの手の長さと同じ場所についたゴム手袋の跡が付いた椅子にヘルメットをぶつけながら計器類の数値を読み分析表と見比べる。
まず最初に椅子に座るほど年を取ってはいないと思うがなぜか椅子が眼の端にいつもありサスケを呼んでいる気がしてならない。
「ねぇ、このデータから見ると二酸化ケイ素(SiO2)の量が減っているわ」と、背筋を伸ばして声を出す。
サスケの仕事はマグマの成分分析。熱水の噴き出る奥の奥にはまだこの星の息吹がある。
マグマの流れは二酸化ケイ素の量が少ないとさらさらと流れる、1000年前からのデータと比べれば20パーセントも減っているのがわかるが一年前の数値と比べてもわずかしか変化は見られない。
「危険水域まで来たということかな?」
管理職の椅子に座る所長のウルセライは溶接工が使う道具一式を
部屋の片隅に置いていつでも出かけられるようにしている。
ちらちらとボンベや工具箱を見ながらサスケは答える。
「そうね。この炉は古いわ。突発的な熱水の量に耐えられるかしら」
液体輸送管も蒸気管も全ての配管は何度も修理が行われ継ぎ接ぎだらけで
いつどの個所が破損をしてもおかしくない状態にある。
一号機を修理している間に二号機を動かし、三号機の点検を終え始動させると二号機を止める。
冷却塔は地上の近くで稼働しているがどの設備も古く、新しいく作り直す機材と熟練した技術工のいない今となってはフル稼働する必要の無くなった発電機と熱電源を使用する住人の減少とがちょうど良い間隔で減っているのは皮肉としか言いようがない。
しかしマグマの量は違う、マグマの熱が通る配管の大きさは決まっていて、熱水は溜まった場所の圧力が変わらないように循環しているが、マグマの粘着力が減り熱水の溜まり場まで入り込んできたら、そう考えるとサスケの胸は押しつぶされそうになる。
高温のマグマが熱水の溜まり場に着く頃にはサスケは生きていないが、それでも親しい住人の孫やその子供たちが飢えと寒さで死んでいく未来は来ないほうがよいと思ってしまう。
「マグマが地上に出れば、俺たちの犠牲ぐらいなんでもないが」
サスケの言葉の意味を汲み取って所長はため息をつく。三千メートル下からマグマが外に出た場合、それはすぐに冷却される。怖いのは地表にピンポイントで出てしまったマグマが、火山活動で全て吹きあがってしまうことである、吹きあがったマグマは地上で固まるがマグマだまりは空になり、その地熱で生きていた住人には大きな痛手になる。
床近くのコンピューター基盤をチェックしていた若者がおっとりした口調で尋ねてきた。
「所長、何を話しこんでいるんですか」
今の若者は感情表現が少ないと所長は青年の目を見る。薬を飲んでいるその顔には喜怒哀楽のどれも読み取れなかった。
「ん? 他の都市の技術屋さんとコンタクトがとれたらなと思ってな」
自分も同じ症状だと気が付き所長は心の中で笑った。
精神安定剤と称して何種類もの薬を医者に処方してもらっている。
薬のせいかも子供の頃と違い顔の筋肉をあまり動かさないで話が出来る様になった。
若い無表情な顔が基盤を手に立ち上がった。
彼は変えなくてもよい基盤を手にしている事すら分かっていない。
「そんなこと。取れるに決まっているじゃないですか」
二か月前にこの制御室にやってきた青年にはまだ希望は残っている。精神科医の勧めで議会に申し出ていた結婚もし、新しい職場もこの発電所に決まっている。精神科医はすこぶる安定した人間であるとの保証を付けた。