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Inheritance  作者: KOUHEI
地下世界
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サルッツア 2


エレベーターは静かに止まり一歩踏み出した目の前には

広場の様な石畳の奥に灰色の建物のシルエットが浮かび上がり、

夜の帳が下りたばかりの薄暗い風景が広がっている。


サスケは思わず息を大きく吸い込んで、湿気を含んだ大気を肺の中に満たした。


景色の何もかもに紗をかけた薄墨の色がそこかしこにある植物や建物を包みこんでいる。

ぼんやりとした明るさはその建物や植物から出ているようである。

身体にまとわりつく様な光に不思議な感覚をサスケは味わっていた。


高い塀に光るツタの下を潜り抜けると、てらてらと光を放っている池が客人たちの目の前に現れた。

池の中央には人ひとり渡れる橋がかかっている。

橋の手前で白いキノコたちは消え客人たちだけが橋を歩くことを主は望んでいるらしい。


「ここを渡れということか。ユーザーの今回の趣向は、どのようなものかの」とエフリー。


狭い橋以外に池の向こう側へわたる道は無い。先に降りていたザカリアートの客人たちはこの池の手前で全員揃うまで足止めを食らっている。


「ええ、楽しみでございますね」

塵よけのマントの裾をはためかせイーヴァーはフードの隙間から左右を見ている。

地上を真似て作った模造の樹木の陰が水面で怪しく揺れる。

ユーザーお気に入りの獣の石像の陰には合図を送ろうと召使が隠れている。


通せんぼをしていた召使が一礼をして脇に退くと、

ザカリアート人の全員が細い橋の中央にさしかかった頃合いを見計らって、池に小石が投げ込まれた。


ぽしゃんと小さな水しぶきをあげて落ちた小石を誰もが気に留めずに立ち止り、

ただじっとユーザーの趣向をこらした演目を待っている。


小石の波紋はすぐに消え池の水がきらきらとゆっくり盛り上がると、

あっという間に水中から身の毛のよだつ海獣が頭をもたげて客人を見下ろすように伸びあがった。


海獣は赤や青に光る水滴をまきちらしながら一声吠える。

「バァオーン」


「おう」

「見事な銀輪」

「ユーザーの趣向は良いの」

と見上げてそれぞれ客人たちは感嘆の声を上げる。


ライトアップされた池の真ん中では、十メートルを超える首の長い海獣が

水滴を宝石のようにまきちらして、ご褒美を待って口を開け吠えている。

ザカリアート人は角と髭の生えた海獣を見上げてさっさと橋を渡り終えた。


(何! 襲ってこないの? )

度肝を抜かれたのサスケだけである。


青い光を放った建物の前に、召使をひきつれた屋敷の主ユーザーが嬉しそうに待っている。


「喜んでもらえましたかな? 楽しんでくれましたかな? 海獣はなかなか手なずけるのには苦労しましてね。ああですが、あなた方の美しさに比べれば海獣のうろこの美しさなど足元にも及びませんな。麗しく存じ上げます。私めを忘れないでいてくれて嬉しく思います。ああ、会えてうれしい。これはこれは若きザカリアートのディアン様。御尊顔を拝めてこんな光栄なことはございません。ささ、中へ。半分ほど材料は見せていただきましたよ。良い宝石ばかりをお持ちでございますな」

腰を折っているのは質素な長衣を身にまとった、灰色のいぼいぼの小男。

しわしわに垂れ下がった皮膚の中に食い込んだ口を開けて、一人一人のザカリアート人に挨拶をする。


「なに、お前が隠居すると聞いたでな。ウッドハの婚姻式典とジ-ヴァス王子の新任式はぜひともそなたのあつらえたものが合うと思うている。頼みに参った。引き受けてくれて皆も喜んでいる。誠に美を追求するユーザーならではの感覚で楽しんだ。やはり美は自然界に住む生き物の中にあるようだ。感謝している」

ユーザーの垂れ下がった皮膚の手をとり両手で包みこみ、青黒いいぼいぼの顔に近づけ、この世のものとも言えない微笑をエフリーは作る。そして軽く感謝の意を表するように眼を伏せる。完璧である。


間近に見るエフリーの顔に、広がった唇が耳のしわの中に埋もれた。

「お気に召しまして大変嬉しく思いますぞ。これ、用意していたお茶を麗しい方々に。特別に作らせたお茶菓子を出しなさい。喜ばしい感想を伺いたい。この年寄りにたくさんの気遣いをありがとう。遠い星星の希少な宝石の手土産は素晴らしい! それらにまつわる話を聞かせてくれたまえ。籠る前にそれらの話を聞けることは幸せ。何と私は果報者……」


言葉の詰まったユーザーが眼を閉じて感激にむせる。

熱い吐息を吐いて、夢のように美しい顔を見上げる。至福の極みである。


「ところで、エフリー様とディアン様の連れていらっしゃっている方の、ご紹介をお願いしてよろしいかな」

と気を取り直して尋ねる。ユーザーの容姿を嫌う客は多い。


ぎくしゃくした歩みのサスケは部屋の豪華さと奇妙な吸盤を付けた主のミスマッチを

どう受け入れていいか迷っていた。


エフリーはユーザーの手を取ったまま微笑む。

「ユーザー。本人から言うのも気恥ずかしいだろうから、わしが言う。驚くなかれ。この中で一番若いディアンがのう。スアレム人の仲人で妻を娶った。これからの式典には仲睦まじき姿を見せることになるが。ザカリアートのしきたりでは新妻は質素な衣装で無くてはならないとあってのう。数点、新妻のために誂えてはもらえまいか」


横に広がったユーザーの口が呆けたように縦伸びる。

「それはそれは、喜ばしい事。わたしめに新しい仕事を頂けるとは有り難いことです。すぐに採寸致しましょう」


「分かっているだろうが、これは内密にな。そなたのように驚かせたいのだ」

誰しも内密にとくぎを刺されても一番親しい人には教えたくなるもの。ユーザーから語られた言葉は変化してエフリーの耳に届くときにはまったく違ったものになる。これは小さな波紋のひとつ。


客に合わせて華やかな室内と豪華な調度品を揃えた居間に全員が落ち着くと

椅子に座った一人一人のザカリアート人の前に等身大の鏡が置かれた。



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