サスケの憂い
格納庫から出された旧式の宇宙船の横で円盤を降り、
摩擦熱で鈍い鉛色に変色した胴体をディアンは見上げた。
一応ザカリアートのエンブレムをロケットの前面に塗装しておいたのだがきれいさっぱり焼けて無くなっている。
「言った通りだろう。熱に強いなんてたかが知れている」
ザカリー人と接点を持ちたい連邦議員の一人が絶対に消えることのない塗料だと自慢したが、冷却装置の性能をフル稼働させても間に合わないくらいに熱の塊になってロケットを飛ばすとペイントは宇宙の塵と化してしまった。
「よし。これでなんか持つだろう」
足回りの噴射口をチェックして早々に飛び立つことにした。
スアレム人に言い含められて物陰からおずおずと近寄って来たサスケを
機器類に触るなと命令して二本の不安定な取っ手の上を歩かせてハッチの中に押し込んだ。
おっかなびっくり初めて見る船内にサスケはもたもたしている。
「旧式の宇宙船だが、珍しいか?」と声をかける。
サスケは足を置く場所をディアンに教えられても、
むき出しのケーブルや配管の上は高温の熱や電力が走っているようで怖い。
つま先で絶縁体に皮膜された不導体を選んで歩き、小さな取っ手にようやくぶら下がった。
「それよりも、私があなたと一緒に宇宙旅行をする理由を教えていただけませんか」
宇宙船とは何だろうと首を傾げ、カバーを外した配電盤がぐるりとあるのが珍しく、もしかしてここの機器を扱う作業に呼ばれたのではと嬉しくなる。
スアレム人は言った。今度はザカリアートの代表と旅をしますと、
そして宇宙とはどんなところかを見て市長や議員に報告するのがあなたの役割ですと。
「スアレム星人に聞いたのではなかったのか」
操縦席に座り計器類を見渡して、まず初めに気圧を変える。
「はい。私はザカリアートの代表者の方のお世話をするとか。他にも長い旅の話し相手をしなさいとか。私の役目は、召使の一人ということでしょうか」
やれることは何でもやる、それが地下では当然の義務である。でも何かが違うような気がしている。
そもそも誰もサスケを技術者として宇宙を見て来い、とは言わなかったのが気にかかる。
目の前のケーブルの束をよくよく見ればどの機械に接続されているかもわからない。小さなプラグの故障ぐらいなら取り替えられるが、見たこともない部品が並んだロケットの内側は、技術者として乗船させられたのではないと教えている。
気落ちした様子のサスケが少々ディアンは不憫になった。見も知らぬ奴と旅に出ろと言われれば気も沈むというもの。ディアンとてサスケの事は全く知らない。
だがぼんやりと覇気のない異星人はザカリアートの母星には間違いなく新しい息吹を与えると信じている。
「私は生まれてこのかた他人を顎でこき使ったことなどない。召使というのはスアレム星人の勝手な解釈だ。まぁ話し相手というのがいちばん近いかな。お互いのことは何も知らないしな。これから追々知り合うとしようではないか」
と言い終わると、もうサスケの事は頭の中にはない。
発射点検は終わっている、次は炉の気圧を上げて飛び出す速度を計算する、この圧力数値さえうまく出せば燃焼率はぐっと上がると思うと期待が膨らむ。
「はぁ。宇宙船のことなど何も知りませんが、よろしくお願いします」
狭い空間の中、計器類の数値を見てスイッチを次々にオンにしている長身の若者に、国の代表の地位が渡ったのは世襲制なのだろうかと漠然とサスケは考えている。代表ならばたくさんの取り巻きが居てもよさそうなのにと。
「大丈夫だ。学習機材はスアレム人が揃えている。立ち寄る惑星の情報は事前に把握しておかないとな。任せておけ」の、声にサスケが振り向くと、緑ともオレンジとも見える目がサスケを見ている。
どうもサスケはこの男の眼を正面から見られない。池のほとりでも会話をしているのだがそのときも背中に何か泡立つような感覚が昇ってきて目をそらしている。
ロケットの中は見た目以上に狭い。
いちばん広い場所はハッチから入ってすぐの機械室、その奥が操縦室と二部屋。
サスケは操縦室の手前の溝に荷物を置くように言われた。
人が一人寝転がれる程度のくぼみに収納ボックスが二か所あってどうにかそれに手荷物を詰め込むと
操縦室にいたディアンが体の向きを変えてサスケをみている。
「エンジンは最低の機嫌の悪さだ。宇宙酔いの経験は」
「無いと思います」
サスケはいまだにアン・オーサから出てきたとは思っていない。
今いる場所もアン・オーサーの地表のどこかだと思っている。
「そうか。これから経験するからな。覚悟しておけ」
表情に変化のない顔が冗談を言う。
宇宙酔いとはバス酔いと同じもなのだろうかと考えた。
ドームに来た時バス酔いはしなかった。
バスも生まれて初めて乗ったのだが狭苦しい乗り物なのはこのロケットというものとそう変わらないように思える。
くぼみに身体を入れ込むと収納されていた蓋をディアンが引きだし四か所のロックをかける。
いきなりひび割れたような細かい亀裂が走ったカバーが目の前に来てサスケの心臓は早鐘のように打った。
「言い忘れた。酸素マスクを着用しておけ。緑のランプが灯ったら手元のレバーを自分で引っ張れ。」
四つのロックが素早く解除されてひび割れたカバーの代わりに、彫りの深い魅惑的な顔がサスケの目の前に現れてまた白いカバーに変わりロックの音がした。
返事をする暇はなかったけれど鼻と口を覆ったマスクからは優しい花の香りがちょっとだけ匂った。
サスケが瞼を開けた時はすでに若い恒星の輝く星雲を遠く離れていた。
目の前のひび割れを見て、手元のレバーを引くように言われていたのを思い出し、
引っ張ってから安全確認の明かりを見た。緑だ。
良かったと安心したがロックが跳ねる音が四つして白いカバーが収納されると操縦室のドアが開いた。
室内の気圧が変わったのかサスケの体は波にのまれた小舟のようにドア側へ揺れてぶつかり戻ってきた。
「取っ手があちらこちらにあるだろうそいつを握れ。トイレはハッチの向こうがにある黄色の丸い場所に入ればいい。用を足したなら青いベルトの場所に行って身体を固定しろ。サルッツア星の風土や文化を学習してくれ。良く眠っていたからいろいろ詰め込むにはちょうどいい」
右に左に揺れ動くサスケと違い足元に重力があるかのように焼け焦げた配電盤を剥がし新しいものに取り替え次から次に修理や点検を行い言いたいことだけを言ってディアンは操縦席に戻って行った。
そういうものなのかとランダムに取り付けられた取っ手に手を伸ばしてトイレといわれる穴に足から入る。
排せつしたものが吸引されるとなぜか気まずい気持ちで指定されたベルトの場所まで戻ると、動き回るディアンが視界から消えてほっとした。
ベルトを腰で固定すると後ろから椅子のような板を押し当てられた。
固定された椅子の前には拡大鏡を付けた画面がある。これをみてヘッドセットで音声を聞けということらしい。
いつの間にかサスケの後ろにディアンが居た。
「ここには重力場がないからな自分の力で血液を脳に送らねばならない。つま先だけを付けてかかとの上げ下げを繰り返せ。耳と目はサルッツァ星に向けていてくれ」
言われたとおりにかかとの上げ下げを始め目の前の画面に集中することにした。
ヘルメットの耳元では言語変換機が作動してサスケの言語に変換して丁寧にサルッツァの座標位置から語り出した。中心で輝く恒星の年齢や周囲を回る惑星に付けられた名前が紹介された。
惑星の表面の八割を水に覆われたサルッツァの表土には原生林で覆われて住人は主に地下に住んでいると機械音声は言っている。
赤っぽい雲が切れることなく惑星を取り巻いている星の切れ間に見える大海は、アン・オーサの過去の夜の海に似てなくもない。
サルッツァの豊かな自然を見ながら故郷の氷に閉ざされる前を思い出し街の図書館に居る気分をサスケは味わっている。
サルッツァ星の住人が現れるとなるサスケは思わず身をよじった。見たくない。
画面には口が耳まで裂け赤い舌が見え、油を塗ったような突起物の多い皮膚がてらてら光っている。たぶん衣服で隠された部分も全てそうなのだと思うとこの世のもとは思えない。
サルッツァを支配しているイギンラ人からサルツ人に変わるまでサスケは目を閉じていた。




