うつろい
開け放った扉から風が吹き抜けて行き、強すぎる風にサスケは大きすぎる扉の取っ手を押して閉めて、少し雰囲気の変わったディアンを見つめた。
日差しが窓から燦々と降り注ぎ部屋全体に反射していた。
広がった光に染まる透き通るような肌、頬に生えた短い産毛を浮かび上がり、顔の角度が少し変わると、長くびっしりと生え揃っているまつ毛、瞼の上の透明な短い毛がきらきら光る。自然と形の良い眉毛へ、広い額から髪の生え際に、と視線は移る。撫でつけた髪の根元まで光が走り一本一本が生き生きと見えた。
これまでのサスケの中でのディアンはというとつるつる肌のおおよそ生物らしからぬ印象で儚そうな外観から薄っぺらい焼き物人形というイメージを持っている。
部屋の中央から動かずにディアンはサスケを追いながら振り向いている。
「元気そうな顔色です。この部屋で何をして過ごしていたのか、聞いても良いですか」
窓を背にしたディアンは目を細めて笑っているように見える。
ディアンに座るように進めてこの部屋で一番のお気に入りの太い木の株の椅子にサスケは腰掛けた。
とうとう本当にディアンがやってきたと言葉には出せないけれど顔には出ていて、残念に思うこと自体が悪い事なのだと自分を戒めては窓の外が気になっている。
(ブランコにも、美しい景色も、見られなくなる……)
ため息が出ないように口を小さく開けた。夢のような時間が過ぎ去ったとディアンの顔を見てサスケは思った。
「本当久しぶりですね。あの。良く覚えていないのだけど。ありがとう。私の事故でずいぶんと心配をかけたようですね。この部屋は見晴らしが良いので書き物をするのにちょうどいいと、今も今日の出来事を書いていたところですの、まだ始めたばかりですこししか書けていませんけれど」
部屋で過ごしていた時間はほとんどが寝ているときに限られている。腕と足の痛みよりも地上での生活のほうがサスケを魅了していたのだ。
サスケの両足両腕は以前と変わりなく元の位置にある。結構な回復力だと素直に認めた。
「腕や脚はいたみませんか?」
控えめな態度のディアンを不思議に思いながらも、しばらく離れていた間に彼は彼でとても忙しく飛び回っていたのだと思うと、この生活を満喫していたとは言えなくなった。
「最初は……熱を持ったり夜に眠れなかったりとしましたが、散歩などしているうちにいたみも忘れていました。今はこのように、本当に骨折していたのか分からないくらいに」
手を振って見せ、膝を胸まで上げて見せた。
お調子者のサスケが変わりなく手足をばたつけせ滑稽な格好をして見せるのを控えめに笑って見つめる。こんなおどけた表情がイーヴァーの気に入った所だろうかと考えが横切る。
「ベルカル人の治療は素晴らしいのです。元気な貴方に会えてとても嬉しいですよ。議会で貴方の事を聞かれたのですよ。スアレム人にね。旅は少々遠まわりしてもよろしいと許しを得ています。ヴィテッカの街のみなさんも首を長くして待っておられるしょうが。事故にあったのですから納得していただけるでしょう。」
サスケの穏やかな顔がヴィテッカの街の名前を聞いて引きしまった。
「どうしても帰らなければなりませんか。私はここで暮らして最後にはここの土になりたいのですが」
と衝動的に思っていた事が口に出た。言ってしまった後ですぐにサスケは後悔した。
個人の幸せを考えている時ではないのだ。
ころころ変わるサスケの表情を見ながら、すぐに本音を言うところも良い性格なのだろうと思ったがすぐにこれは訂正した。思った事を口にするのは何も考えていないからである。
「余生はここで暮らすのも良いでしょうね。とてもいい場所のようです。貴女にもすっかりあっているようだし。しかしあなたの受けた仕事を全うしてしまいましょう。宇宙の旅は辛い事と思います、でも見返りはきっと良い事が待っていると思いますよ。街の皆さんの為にもね」
と優しさをにじませるように笑顔を作る。
サスケはディアンの笑顔よりも言葉に反応していた。
街の皆のため……の、言葉がサスケの頭に響くと憐れみを乞う表情は消えて、殉教者のように正義に燃える光が目に現れていた。
「助け合うことは善良な市民の務めです。そうでした。まずはきちんと務めを果たさなくてはなりません」
サスケの前にパノラマのように広がった美しい景色は消え、黙々と与えられた仕事をこなしているヴィテッカの人々が浮かんだ。
下手な呪いより良く聞く言葉だとディアンは感心した。
「では支度を。何か船に持っていきたいものはありますか。ここに着替えを用意しました。街で待っている方々のためにも、十分な情報を持って帰ると致しましょう」
「はい」
マントの下に持っていた宇宙服を差し出すとサスケは躊躇なく手を伸ばして受け取り、隣の部屋で着替えを済ませてそそくさに出てきた。満足げにディアンはサスケの腕を取り、二人並んで歩くには十分な廊下に出た。
一階の居間ではクスタとヤロル婦長が驚いた顔で二人を迎えている。特にヤロル婦長はディアンの迎えを喜んでいなかったサスケが何日か逗留を伸ばすだろうと話していたところだったけにサスケが着替えて現われたのには少なからず驚いている。
「まぁ仲の良いところ見せつけるのね。話は出来たようね。船に持ち込んでもらいたいものはないかしら。この施設にあるものなら何でも持って行っていいわよ。許可は得ているから」
さっきまで来ていた荒布の服を腕にかけてノートを一冊だけ手に持ってサスケは降りて来ていた。
陽に焼けた腕も足もすっかり宇宙服の中に隠れている。
ヤロルの申し出にすぐさまサスケは答えた。
「あるわ。飾棚にある写真が欲しいわ。この屋敷も村も湖もみんな欲しいの。でもそんなことは無理だと分かっているから。また戻って来てもいいって。ヤロル私が戻って来てもいいかしら」
抑えきれない感情で早口になる。
「もちろん。あなたは私の友人よ。貴女の夫はこの国お世継ぎの友人でもあるわ。これほど深い繋がりはないと思う。きっと戻って来てね。サスケ」
「ヤロル」黒いふさふさした太い首に両手を回してサスケは目を閉じていた。眠りから覚めた時優しく病状や状況をを説明してくれた声の主はヤロル婦長だ。
離宮でリハビリを始めた時もずっとそばでサスケを励ましてくれたのだ。
サスケの細い腕がいつまでも離れそうにないのを感じ取ってヤロルから身体を震わせて首を引き抜きにかかった。
そのしぐさでサスケは諦めてヤロルの首から手を離し哀しそうにヤロルの顔をじっと見つめ続けた。
ヤロルの声はヴイテッカからサスケを引き離しさっきまでの幸せな時間にと浸らせてくれた。
鼻面をサスケに押しつけてディアンの方へ行くように勧めるとディアンの方からサスケの腰に手をまわしてヤロルからサスケは引き離された。
仲の良いお二人ですなとと目を細めてクスタは患者を引き渡せる事を心から喜んだ。クスタとしては研究材料としての二足歩行生物は必要だが諍いのタネになりそうな患者の存在はいらない。
「お元気になられてなによりですがな。先ほどもお客様には説明いたしましたが王子はとても患者様の事を気にしながら遠く出かけました。次の機会にはぜひ王子にもお会いしてください。」
「ノーラ・リクハルド王子にくれぐれもこのディアンが感謝していたとお伝えください。このご恩は決して忘れませんと。本当に感謝しても感謝の言葉を言いつくせないほどです」
疲れた顔に無理やり作った笑顔が何とも異質でこの場にはそぐわないが、言葉には感謝の気持ちが重いくらいに込められていて、他の事に気を取られていたクスタにも伝わってきた。
「いや、はや、そりゃ、もう、なんとしてでも、伝えましょうや」
クスタは目の前の変わった生き物の変な魅力は何なのかを考察した。
映像では何度もディアンにお目にかかってはいるものの、映像の中の生物とは違う何かがあると感じている。
外宇宙からやってくる異星人に向けて開放している研修を受けていた中に居たというこの青年の資料を見た時には何も妙に思わなかったが、直接会ってみると他星人とは全く異質なものに思える。セラ星系の遺伝子構築上での世代交代が進めば、作られる可能性もあるという結果も頭の中では出ていたが何かが欠けている、もしくは何かが違っている、とクスタには思える。そもそもセラ星系の生物ではないのではないかという疑いも頭をもたげている。
クスタの返事を気にするでもなくディアンはサスケをうながして玄関で待っている車へと歩いていた。
ヤロル婦長はサスケの残りたいという思いに心打たれて、別れの寂しさに浸り、立ち止ったクスタの様子には目もくれず二人の二足歩行生物の後に続いて表玄関に出ていた。




