療養施設
空港からさらに北に十五キロ離れた場所に大きな湖の周囲に小さな集落がある。村から丘へ上る斜面の途中にひときわ目立つ大きな建物がリクハルド家の夏の離宮である。道に沿って植えられた樹木の間を縫ってディアンを乗せた車列は九十九折れの道をゆっくりと登りきり、大きく開け離れた門をくぐり抜けて行った。
古い石壁のそばでディアンの乗った車が敷き石の上に止まるのを見届け、サスケは茂った植木の横を通りそそり立った石壁に向かって走った。十メートルの上の窓から下がった丸木に綱を絡みつけただけの素朴なブランコに腰掛けて昇降機のボタンを押す。
これは四階にある窓から湖の景色を眺めていた時に壁のフックをサスケが見つけ、ヤロル婦長に取り付けてもらった装置だ。
屋敷の一番奥は玄関までの道のりが長く、遊びたい盛りの子供たちは早く水遊びに出て行きたいがために作った器具の残りだ。
サスケは介添えが外れれば使用して良いと許可を得て、スリリングなエレベーターを自室の出入りに使っていたのである。
ツタが絡まる石壁を背に昇降機の上昇で灰色と緑に染まった湖を端か端まで見渡して四階の部屋に戻った。
ブランコを窓上に引き上げて荒々しいノミの跡の付いた木の扉を見つめた。玄関から居間を通り抜け主賓室のある二階の奥に三階への階段があり四階への階段は湖とは全くの逆の斜面側にある。
玄関にいた人の気配は消えてしばらく経った頃、遠くから徐々に足音は近づいてそれに合わせて話声もサスケの耳に聞こえてきた。
「ここにいるのか?」とクスタ。
玄関でクスタを迎えていたヤロル婦長は丁寧な応対を心がけた。
「ええ庭を散歩していなければ部屋に戻っているはずです。サスケさん居ますか」
扉をノックする音が聞こえて穏やかな声のヤロル婦長が尋ねた。
息を整え広い部屋を見回してテーブルの上のノートだけが自分の持ち物だとサスケは気が付いた。
「どうぞ」
サスケは斬切りの服の端をつまみ引っ張ってしわを伸ばした。ヤロル婦長からもらった布でサスケが身体に合わせて切って縫い合わせたお手製の服だ。
婦長は入ってすぐに脇に寄り壁際に立った。婦長の後に続きディアンが入り部屋の中央で足を止めてしげしげとサスケを見ている。
のそのそとクスタがディアンの後ろから患者の容態を説明する言葉を探しながら入った。患者のカルテを思い出すにつれ、いくつかの疑問が浮かびそれを考えているとヤロル婦長がクスタの灰色の毛を引っ張る。
「所長、我々は遠慮した方が良いとは思いませんか」と小声で言う。
大ぶりの机のそばに立ったサスケの姿これまでに無い緊張を強いられているとヤロルは思った。
後を付いて来ていたクスタはヤロル婦長の態度にを察して応じる事にした。
「え、あ、そうだな。そうしよう、わしらは一階の居間にて待つ事にしよう」
三か月も離れていた夫婦なのである。積もる話は山のようにあるはず。二人の再会を喜ぶ姿を見たかったクスタは少々残念な思いで王子の友人を置いて行くのに同意した。そんな事を王子に報告しても自己憐憫に浸っている王子には酷過ぎるかもしれないとも思っている。
「ゆっくりと久しぶりの再会を味わってくれ」
とクスタはもぞもぞと言い、ヤロルと二人乾いた足音を立てながら長い廊下を歩いて行った。




