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Inheritance  作者: KOUHEI
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友情

魅力に溢れ満ちていたきらきらしていた眼はノーラ・リクハルド王子の存在すら気が付かないように、窓にはめ込まれた分厚いガラスから入っている日差しをまぶしげに眺めてはうつむき、若々しい顔に青い影を作っている。


話している相手が妻の遺体袋を預けた相手だと知っているはずなの、興味を示さないのはもう諦めているからだろうと王子は思った。

生気のない疲れた顔になるまできっと船の中で何度も葛藤を繰り返していたに違いない。


哀れな友人を見ていられずに王子は小さくため息をつき電話を引き寄せた。


「私だ」


「取り急ぎ連絡を致しますがよろしいでしょうか。救難袋はその構造と性能を如何なく発揮していましてね、これは軍の技術部に渡したほうがよいと思われます。袋の材質と機密性、温度管理センサーの優秀なICチップの開発は目を見張るものがありますよ。これはやはりスアレム人の技術なのでしょうか。」


嬉々とした声が落ち込んでいた王子の耳に届き嫌悪感だけが先に立った。

「副所長、すまんがそれは後で報告をしてくれないか」

何を急いで話すことはないのではないかと腹の底から沸々と怒りまで湧いて出てきた。

ディアンの手前大きな声を出すわけにもいかず押し殺したた声で言った。


「そうでした。中身でしたね。見た事もない技術だったので興奮してしまいました。患者の保存状態は良好です。合成酸素の供給で直腸温度が30度に保たれていましたので。心拍数は一分間に4泊、蘇生できるだけの数は打っていますね。ひっ迫しているような生死に関係する事柄では……ないので…」


王子も喜んでくれるはずと思っていたのが思いのほか冷めた口調で返事をされると何を報告してよいのやらわからなくなった。


副所長の浮いたような言葉の一つ一つを拾って頭の中で構築していくと靄が晴れてきた。


「夫人は生きているのか?」


大きな目玉で部屋の端から端まで見渡して置物のように動かない友人にまで戻ってくると耳に神経を集中させた。


「ええそうですね。ですから救難袋の設定ですね。あれにはアデニン、シトシン グアニン チミン、デオキシシチジン三リン酸などの高エネルギーが」

副所長は自分の話の段取りがまずかったのだと悟ると成分分析の結果を知らせた方が王子は喜ぶのではないかと思ったがすぐにその説明も遮断された。


「袋の詳細は後でいい。夫人はすぐに良くなるのか」

すっきりと晴れた頭の中で確実な言葉だけを選んで聞いた。


「二週間で意識回復、健康を取り戻すことが出来るでしょう。問題はですね、四肢の骨折です。自然治癒だと牽引して完治するまで、上腕と大たい骨だと二か月から三カ月でしょうか」


副所長の説明を最後まで王子は聞いていいなかった。友人の妻の死をどうお悔やみを言って慰めるかをずっと考えていただけにこの展開は予想外だ。


「ディアン。奇跡が起きたようだ。君の奥方は死んでなど居ないよ。詳しいことは分からないが、最初の処置がうまくいったのかもしれない」

受話器を下ろしながらこの後どう対処したら良いのか王子は考えていた。


操り糸で引き上げられるようにディアンの顔がゆっくりと動き王子の目を捉えた。

「本当かい? 僕を喜ばしておいて、後で実は駄目だなんて言われるのは好きじゃない」

わずかに開いた形の良い唇からは漏れるような声。


副所長の言葉を思い出して王子は不安が湧きあがってきた。やはり大事なことはクスタに任せるべきだったと後悔した。

「命は大丈夫だ。心配なのは骨折だと言っていたな。骨はくっついてからの治療が大事だから日数が長くかかる。」と気持ちを切り替えて笑って見せる。

この場面では副所長の言い分を信用する以外にはないのだ。


ノーラ・リクハルド王子の顔に視線を注いだまましばらくディアンは口を開かなかった。

王子が引き上げた口元を元に戻し白い歯が顔から消えるとディアンは目を閉じて肘掛に体重を移した。

「あー 本当にここに来てよかった。皆に言われたんだ救難袋を使用するということは九十%は棺の代わりになると。良かった十パーセントにかけて……」

ディアンが王子から目をそむけて肘掛に置いて居た手で顔を覆った。乱れた髪の毛と方が小刻みに揺れている。


「良かったよ本当に。良い知らせを君に告げられて。少々ここで待っていてくれないか、詳しい事を知りたくないか? 僕は知りたい。何しろ君から連絡が入った時はものすごい衝撃を受けたんだ。いいかい、十分でいい。大きな声を出して聞きたいので隣の部屋に行くよ」

そそくさと王子は椅子を離れた。このままここに居ると友人と一緒に感動して吠えてしまいそうだ。妻が生きていると分かって感動しているディアンを置いて王子は部屋を出ると、通路の反対がわの部屋へ飛び込んで受話器を握るなりクスタの研究所を呼び出した。


副所長はクスタに言われたとおりに八人体制のチームを作り王の友人の妻の到着を待っていた。用意していた人員は腐敗を止める処理加工の研究者達で彼らの知識と技術を使えば眠っているかのように処理をした美しい遺体を作り上げる持ち帰らせる事が出来ると、自信を持っていたが状況が変わったこ今はチーム編成を変える必要性に迫られている。


ひとまず治療室に患者寝かせていた副所長は宮殿からの呼び出しに飛びつくように電話口に出た。

自分のもたらした救難袋の情報に王子がその重要性に気が付いたのだと思ったのだ。


「リクハルド王子。救難袋から採取した気体の成分を分析機にかけることに成功しましたよ。合成酸素の成分割合は」

副所長の声はまたしても遮られ少々緊張した早口の王子の声が吹く処置うの耳に聞こえた。


「頼む、救難袋の事は忘れて。いや忘れなくてもいいが、夫人の容体を言ってくれると嬉しいのだが」

徐々にディアンの喜びが王子の胸から引いてはいたが、まだ半分以上吠えたい衝動は残っていた。


一呼吸を置いて副所長は言った。

「先ほど言いましたが。ええ、では繰り返しましょう。私の初見ですが事故に遭われた後の処置が良かったようですね。この救難袋は代謝がほとんど停止した状態で時間を経過させることができたので臓器

の損傷は全く見られません。それから、おそらくですが。これは意識を取り戻してみないと分からないのですが。脳障害も無いと思われます。ただ事故の際に大たい骨骨折と上腕骨骨折をしていますので治癒に三カ月ほどかかると思われます。折れた骨の周辺の筋組織は同じように骨が繋がるときに徐々に回復するでしょう。それからクスタ大臣を至急呼び戻していただきたい。クスタ大臣から軍の方へは伝えてもらいますから。私は整形外科医の資格者を招集しなくては」


今の話を王子は頭の中で反芻してから何か聞き逃したことは無いかと考えたが、たぶんこの状態だとありのままを伝えたほうがよいと判断してディアンの待っている部屋に引き返した。


大きな肘掛椅子に気丈に背筋を伸ばして座っていたディアンは全身の力は抜けて片方の肱置きに寄りかかっていた。

王子が部屋に入ってもディアンは顔をあげる様子を見せずうつむいている。


隣の椅子に静かに座ると友人の悲しみが喜びに変化したのを王子は感じていた。妻の死を受け入れられず一縷の望みを持って一人航行して来た友人の心情を思うとかける言葉が見つからない。王子はディアンと同じ時間を一緒に過ごすことにした。彼は一人で孤独と戦って来たのである。


椅子にもたれ姿勢を崩していたディアンは袖口から半分しか出ていないレースを全部きれいに出し自分の身だしなみに注意を払いだした。ジャケットの胸ポケットのチーフの乱れに気が付き恥ずかしげに頬を染めている。

「妻の事故以来、私はやるべき事をほったらかしにして来た。妻が君の元で療養して元気な姿に戻るのは約束されたも同然だ。少しずつ良くなっていく妻を見届けたいのは山々だがそうも言ってはいられぬ。三カ月という診断だったな。二つほど私は役目を全うしてくる。それまで妻の事を頼んでも良いだろうか」

顔をあげ乱れた髪の毛を後ろに撫でつけ、まだうつろで力のない目がリクハルド王子にほほ笑んだ。


口元だけを震わせディアンは笑顔を作る。感情をとことん落ち込ませた後の復活はなかなか表現しずらい。


苦痛から解放された友人の顔がまだ青く見え、新妻に対する愛情の深さを王子は感じ取っていた。

「こんなとき国の代表を努めていると辛いものだな。大丈夫だディアン。君の妻の健康は任せてくれ。滞在は長くなるがきちんと対処できる医療スタッフは多い。安心していい」

大きな王子の手の上に白いディアンの手が重ねられ、


「ありがとう、君に感謝の言葉を長々と述べたい。僕は良い友人を持って幸せだ」押し殺した声で答え扉の方へ一歩踏み出すと膝から力が抜けて王子の方にディアンはよろけた。

王子のふさふさの毛並みにぶつかりディアンは体勢を立て直すと心配げに王子がディアンを見ている。


「船まで送るよ」


口元にだけ笑顔を浮かべきっぱりとディアンは断った。

「いや大丈夫だよ。君の貴重な時間を僕ごときに使っては申し訳ない。良ければ離陸許可を」


「分かった君がちゃんと歩けるのを見届けてから、すぐに伝えるよ」


「ノーラ、本当にありがとう」ふりかえって王子の肩先に手を置き改めて別れの挨拶をした。


「うん」

王子はそれ以上言えなくなり扉を閉めて出ていくディアンを黙って見送ることにした。


きっと彼は誰もいない船の中で妻のいない寂しさに直面し、新たに苦労が実った嬉しさで男泣きに泣くのだろうろう王子は思った。


もう扉を閉めた途端ディアンは涙を流しているかもしれない、と思うと吠えぬよう口をしっかりと結んだ。




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