秋霜
王宮に戻ったノーラ・リクハルド王子は軍の予測した宇宙船の到着時刻を思い出していた。
「根絶計画は予定通りに終わった……」
最後まで残っていた大きな街は土砂に埋もれた。
白い砂の上に降り積もった茶色の土はまた長い時間をかけて洗い流されるのだろうか。
もし行く暇があれば冬の時期に尋ねてみたいと思ったが、土くれの山となった残骸を見れば遅遅としか進まない研究の成果を認めるだけだと思い王子の気持ちは沈んだ。
友人、ザカリーの妻はもう死んでいる。連絡を受けた時点でそう思ったがはっきりと王子は言えなかった。今頃になってどう慰めて良いのやら分からなくなりもっと気落ちしてきた。
コンピューターを起動させて見慣れた菌の画像を呼び出し細胞分裂を試みる、変異の条件の温度をあげてトリガを育成し変異した菌に新しく作った菌をぶつける、数十万の情報を入れて戦わせ四つの菌が有効と分かっても、温度以外の方法でトリガ菌を沈める方法は無い。実際ベルカル人の胎内で繁殖し始めたトリガ菌の敵はこの大地には見つかってはいない。
他の惑星から採取してきた菌は研究施設に山ほどあるが、まだ研究対象になっていない菌も多いと聞いているがそれらを照合しなくとも役に立たないと分かっている物ばかり。
王子が若い時から月日をかけて集めた物が無駄に保存されているのは、王子という立場の人間が関わったからなのだ。
シュミレーション用のコードを打ち、画像の反応を見ては次のコードを確かめる。絶対に菌に打ち勝つ何かがあるはずなのだ。
来訪者の予定時間も忘れて政務室に持ち込んだコンピューターの画面に王子が見入っていると扉のドアがノックされた。
トリガの変化に夢中になっていた王子はここがどこなのか一瞬分からず途方に暮れたが、時計を見やり慌ててはだけていた衣服を整えると返事をした。
「何ようだ」
王子の声に反応した召使が素早く扉の前に立ち頭を低くさげた。
「船が到着して王子の友人を応接間に通しています。救難袋は直接クスタ殿の研究所へと送りました。
今日はクスタ殿は別の研究所へおいでですので留守を預かっているスタッフの方が対処するとの事です」視線を床に置いたまま召使は返事をした。
王子はぼんやりと召使の後ろの扉を眺めていた。
「わかった。丁重に扱って。そうさな、生前のままに…処理をする用意をしていたほうがいいだろうか。いや本人に聞いてみよう。後で連絡を入れると言っておいてくれ」と動く様子も見せずに召使に出て行くように促した。
「かしこまりました」
召使が去ると頭を一つ振り、悪いものを落としたかのようにきびきびと政務室の扉を開け放ちディアンが待っている大広間へと王子は出て行った。
「待たせたな」と一陣の風が大広間に吹き渡った。ノーラ・リクハルド王子が開け放った扉の前に立つと部屋中に影が差したように暗くなる。
ノーラ・リクハルド王子は巨体である。顔はディアンの四倍、背丈は…四足で歩く場合はちょうど長身のディアンの顔の高さと同じ位置にある。二足方向をノーラ・リクハルド王子に強要するならディアンの二倍半はは有にある。
全身10センチほどの黒い毛でおおわれ太い鼻、赤い目玉、突き出た口に尖った歯並びが白く輝いて見える。露出した肌は手のひらと足の裏と鼻先だけである。香りの強い木の皮で織られたベストとを着用し、知性のある表情が無ければ他の星に君臨する猛獣である。
王子は巨体にあった椅子に座り浅く腰かけたディアンを見下ろした。
「何の、無理を言ってすまなかった。どこにも頼るところは無かったのでな」
顔を上げたディアンの表情はまともにリクハルド王子を見ていなかった。
つややかな毛並みを見せながら懐かしい友人の顔色を王子は窺った。
「会えてうれしいよ。君と違って私はこの国をあまり出ないものでね。近ごろは救援隊を要請するような戦争が無くなっているということなのだがね。私が見聞を広める機会も減ってしまったのだよ。
ところで詳しく説明を聞いても良いだろうか、またどうして君の細君はそんなことになったのかね」
暖かな茶色の目が焦燥感漂うディアンの顔を眺めていた。これまでどんな状況であろうと疲労や慌てふためく姿を見せた事のない男がすっかり落ち着きを失い心はどこか遠くを見ている。
王子の視線を迷惑そうにディアンはそらしていた。内側で何が起きているのか知られたくない。
「何度も事故の理由を考えたのだが、今にして思えば劣化した船の材質にあるのだろうということしかわからないよ。私の妻は新しい土地に到着すると喜んで船の周りで寝転ぶのだ、花が綺麗、土があると言ってね。あの日もそうだった。先にエフリーとイーヴァーの船がとまっていて、あまりきれいな空港ではなかった、それも原因かもしれないな。我々が船を離れて話していたら、ああ、くだらない挨拶をだよ。エフリーが船が斜めになっているときが付いて戻って見たんだ。その時はすでにサスケは船の下に居たんだが人を呼んでエフリーの船を元に戻すと大地にめり込んだ妻が居たんだ、妻はゆっくりとのしかかってくる船体を自分の手足で押し戻そうとしたのだろうか・・・」
どこか遠くの出来事のように言い、首を傾け話を続けた。
「いやそんな馬鹿な事をしたとは思わないが、たぶん叫び声をあげる暇もなく船は彼女にのしかかったのだと思う。他の惑星に行く事も考えたがエフリーもイーヴァーも君を推薦してくれたんだ、ほんのわずかな望みがあれば君を君等を頼るべきだとね。」
と力なくディアンは笑い王子に目を向けた。
上ずったような狂気を少しはらんだ目が王子は気になった。ディアンは妻を一人にした事を悔やみ自責の念に押しつぶされているようである。
「出来ることは何でもやってみよう。ただ死人を蘇らすことは出来ないからねそれだけ言っておく。そろそろ研究所に到着するころだろう、初見を聞いてみよう。大きな希望は持つなよディアン」
慰めの言葉を口にするより現実的な事を云った方が今のディアンには届くかも知れないと王子は思った。
焦点の合わない目が王子を通り越して壁を見続けていた。
「分かっているよ。もう祈る言葉も浮かばない。船の中で言いつくしたのでね」
ぶつりと言葉を切って肘掛に置いた手に目をやり、手を開いたり閉じたりと何度か繰り返すと小さくため息をついてディアンは顔をあげた。
「彼女はアン・オーサーという終末期にある惑星の生き残りなのだ。おそらく君たちが集めた事のない種類の遺伝子を持っていると思われる。僕に託したスアレム人は彼女の事をこう言った。宇宙に広がる種族である。だから、その…なんて言ったらいいのだろう」
「分かったよ。良ければ、機会があればだが、スアレム人に僕が話をしよう。あまり説明はうまくないが君の不手際だなんて言わせないさ。多くある事故のひとつだと言えばいい。事故ってのは突然思いもよらぬときに起きるものだからな」と王子は悲しみを誤魔化すかのように顔をくしゃくしゃにした。
もう細君は死んでいるとして話を進めたほうがこの場合いい。仲介人がスアレム人とあればディアンが躊躇する気持ちはよくわかると心の中で王子は相槌を打った。
張りのない声でうつろにディアンは笑った。
「ありがたいな。持つべきものは頼りになる友人だ。僕には…今の僕には必要なものだよ。君の分野だったかな。いや違う。もう良く覚えていないのだが」
ノックの音がディアンの言葉を遮った。
王子はもう慰めの言葉など浮かばずどうにか違う方向へと話を持っていこうとしたときだっただけにノックの音は気に障った。
しかしディアンが遠慮して口を閉じたので仕方なく作り笑いを浮かべ扉の方に向かって返事をした。
「急ぎの用事かい」
「研究所から副所長がぜひとも知らせたいと申しまして、電話に出ていただけるようにとおっしゃっています」
「分かった。初見をしたのだな。この部屋で受け取ろう切り替えてくれ」
王子は頭の中でお悔やみの言葉を考えていた。どれも今は軽く聞こえ陳腐に思える。




