憂う
クスタはもの想いにふけながら王宮の表玄関に出て行き待たせていた息子の車に乗った。
後部座席に身体を折り曲げて押し込むと灰色の毛がたるんだ皮膚と一緒に折りたたまれクスタの身体は一回り小さく見える。
「このまま研究室に行く前に書庫に頼む。」
と、感情のこもらない声で息子に声をかける。
長い時間待たされていた息子クスロは手元のパネルをたたみ助手席のシートに置いた。クスロの読み通り会見はすぐには終わらなかった。
「研究室のコンピューターで引き出せばいいじゃないですか」
大きな車を方向転換させるのが面倒だと言わず思いつきの提案のようにクスロは言った。
運転は嫌いではないが車を動かしている時間も研究対象の事が頭から離れないのは親譲りなのかもしれない。
「アッコリの研究所に勤めていた他星人の情報は我々には引き出せないのだ」
息子の思惑なぞ気にも留めずにいる。
息子は今始めて知ったという顔をして見せる。
「ん? 王子が集めたものは全て研究所が保管しているのではなかったですか。」
主要な惑星には医療器具を通じて交易をし、知り得た生態系の情報は研究所のコンピューターに入っている。
クスタは左右に下顎を動かして車を動かせと意思表示をした。一箇所に留まっているのは嫌なのだ。特に意味もなく宮殿の入り口になど居ると、権威をひけらかす為に参上している輩と一緒にされては困る。
「ザカリーの惑星には緊急要請されたことなど一度も無い。すなわち彼らの資料は書庫にしかないということだよ。」
父親の様子をバックミラーで見ていた息子は不慣れな切り返しを試みる事にした。
「珍しい種族ですか?」
「いやセラ星系に属しているはずだが。ちょっと気になる事があってね。まず聞きかじりだがザカリーというのはセラ星系というのが信じられなくてね。私の持っている資料と比べて見ようと思うのだよ」
路肩に乗った車輪をもう一度切り返しを試みて車道に内に車体を入れる。
「そのザカリーが我々の役に立ちそうだと」
今日は調子が良いようだすんなりと車は宮殿内を走る道路へと進んでいた
「うーーん、そうなってくれる事を願っているが、役に立たない確率のが高い。やってみなければならないだろう。明日には、今夜かもしれないが救命袋に入った半分凍った生命体が運ばれてくる」
車の揺れに合わせて身体を傾ける。
「救命袋に入った生命体が船で? それはただの肉の塊になった代物じゃないですか。我らが肉食だからと言って冷凍肉など食べぬと送り返してはどうですか。無駄使いもいいとこだ。はるばる送ってくるなんて、セラだってまともな医療設備くらいあるだろう」
宮殿隣の議会場の裏を過ぎると王室専用の書庫保管場所の入っている建物が見えた
「言うな。わしとて冷凍肉の塊なんぞに興味は無い。興味があるのは付き添ってくるザカリーじゃ。アッコリで誰もが熱心に生物学を学んでいたが一人だけ極めて違う意見を述べていた。あの思考回路は会って話を聞くに堪えうると思う。それに会う時間があれば研究の対象にいくばくかの細胞の提出を希望しているよ」
「ふうん」
息子のクスロには研究所にやってくる他星人たちの情報など、王子が収集してきた情報と何ら変わりないと思ったが口には出さない。研究所に知識を求めてくる他星人はベルカル人が他星人の情報を求めているのと同様にベルカル人の医療知識を別な事に、例えば医療機器を軍事産業に運用、もしくは転用することが目的で純粋にベルカル人のように星の未来を憂いて大枚をはたく惑星種族は皆無だと思わなければならない。
それが証拠に生命の根源を知った所でいったいなんの役に立つのだというレポートは多数を占める。
兵器として利用される細菌から身を守る術を求めて送られてくる者達を懇切丁寧に器機を取りそろえてアッコリの研究施設で預かっているのである。
他星人たちは能力の程度の差はあるが、皆ベルカル人に嫌悪感を胸の内に押し隠し、新しい医療知識を持って帰って行くのだ。
表玄関に車を止めると老いた父親がのそのそと小山のようなドーム型の建物の扉を押して入るのをクスロは見届けた。建物の反対側は鬱蒼とした木々が密集して広がっている。
クスロは年老いた父親が興味を示したザカリーというのを調べ直してみようと思い、助手席のシートからパネル式コンピューターをハンドルに乗せると研究の続きを始めた。
政務室からクスタが去ると、スヴィンダ・ノーラ・リクハルド王子はコンピュータの電源スィッチをしばらく見つめてから切った。
窓の外に広がる生い茂った樹木には太陽に照らされて光る木の葉がゆるい風に吹かれて向きを変えきらきら光っている。
ゆるやかに流れる時間の中で樹木は少しずつ確実に葉を茂らせて幹を太く頑丈にしているというのに、移動手段を持たない樹木や草と一緒に成長した来たはずのベルカル人は彼らの養分にしかならない程度の役割しかもっていないと思うと寂しさを覚える。
近い将来ベルカル人の居なくなったこの土地にはどんな生物が闊歩するのだろうと気弱になっている自分に気が付く。父王は床について長い。病原菌の根絶は不可能。
脳裏に刻み込まれたトリガの変異が繰り返される画像を頭を振って片隅に追いやり、軍事基地のある飛行場の司令塔を呼び出した。
「緊急要請のあった船からの連絡は」
黄色のランプの点滅とともに壁面のモニターが明るくなり生真面目な顔が映し出された。
「モンドの輪から離脱で来たようで順調に航行している模様ですね。全く定期航路船以外に飛び込む船とは、いえね、個人で所有できる船があるとは知らなかったのでね」
正直な司令官の感想に王子は苦笑してしまう。
辺境惑星の少数民族は非常に優秀で見た目も美しく宇宙議会の発案者スアレム人のお気に入りだ。
底なしの資金源はスアレム人だと言われているが誰もその真意を疑ってなどいない。
「あまり仰々しく迎えないようにそれに、一人はもうこちらで調べつくしているから簡単な滅菌で大丈夫だろう。もう一人は開けてみないと分からないが、腐敗の進んでいない肉の塊はすぐに左大臣の研究室に送れ。一通り死因なんかを調べてみなきゃいけないからね」
「一人? 聞き間違いでしょうか。外航船は、それ相応の船なら少なくとも一小隊の人数が必要だと思われますが」
「到着すればすぐにわかると思うけど。彼、ディアンというのだが。彼はそういった機器に対する執着はすごくてね。何処へでも一人で宇宙ロケットを操っては現われていたよ。今度の船は長距離用は妻を娶ったので変えたらしい。」
「ではその肉の塊というのが…なんとまぁ。ついていない方だ」
「うん。そうなんだ。彼は少々参ってはいるが、どこかの星の手先にはなっていないと思うし。王宮と研究所以外に出歩くときには君たちが張り付いても構わないよ。彼はその…救難袋を手放さないと思うけど軽く救難袋の温度を触らないようにして中身の検査をしてくれたまえ。僕はシベリスクの現場まで行ってくるよ。連絡が来次第すぐに戻ってくるから」
「了解いたしました。シベリスクの街にはあまり滞在なされぬよう願います」
一言司令官は忠告せずにはいられない。トリガが蔓延した場所に総司令官たる王子にわずかな時間でもいて欲しくはないのだ。
「分かってるよ」
司令官の親切心を無視するようにぶっきらぼうに答えて通話を終えた。




