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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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作者: 雲猫

商人として名を馳せる種族の性質のためか、男は何事も損得によって動いていた。自分に得がないと分かると、相手が困ろうがどうという事はないといったふうに切り捨てるのである。

そんな男だったがゆえ、ある日荷馬車から積み荷を降ろしている最中賊に襲われた。襲ったのは2年ほど前、雪の中行き倒れていたのを見て見ぬ振りをし置き去った孤児だった。賊が出る道から迂回した、男しか知らぬような道無き道であったが、賊となった孤児は男への憎悪の念に駆られ、ついにはその道すら見つけ出したのだった。

刃物の切っ先が胸から覗き、暗い森の中だというのに鈍く光を放つ。孤児が深々と刺した刃物を引き抜くと、男は支えを失い前に倒れた。孤児はそれに満足し、荷馬車から持てるだけの金目のものを持ち出しその場を後にした。

男の意識が朦朧とする中、背の高い草木が鬱蒼とする森を歩くには相応しくないひどく軽装の女が男の方へ歩み寄った。かかとの高い靴を泥まみれにさせた女は、男の外見が人間のそれとは違うため一瞬驚きにより目を見開いたが、怪我を負っていると分かると男の前で跪き、意識はあるかと男に問いかけた。男が意識があり血を止めて欲しいとかろうじて伝えると、女は自分の服を裂いて胸元の傷に当て止血しようと試みる。女の努力の甲斐あってか、男の胸から溢れ出ていた血は止まった。しかしそれは人間にはあるまじき回復力だった。それゆえ人間以外を知らぬ女は訝しげに傷口を一度見やったが、男が生きているということに胸を撫で下ろした。


男はその種族ではごく珍しく、魔術を操る素質があった。魔術を使うには血が不可欠である。己の身に流れる血が足りないといくら呪文を唱えようが、魔法陣を展開しようが発動しない。男が止血して欲しいと頼んだのはそれゆえだった。何か起こった時の保険にと一人で隠れて書物から学んでいたのが幸いし、自分の血を魔法陣とし魔術を使用したゆえ傷口が塞がった。しかし魔法陣は魔術の中でも効果は薄いため、傷口が再度開くのもそう遅くはない。男が呪文を使えれば良かったが、男は魔術を忌み、また魔術から忌まれる種族ゆえ魔術師から魔術を学ぶことができなかった。当然書物から学ぶ事になるが、それからは呪文の発音やそれに伴う感覚といったものが理解できないため、呪文よりも効果の薄い魔法陣を学ぶ他なかったのだ。


男はこのままではここで果ててしまうだろうと女に伝えた。しかし、私に従えば互いに生きて出られるだろうと続ける。女はこの森を歩くには自分の格好が相応しくない事を理解していたし、森を出られても頼る事ができるつてがない。男の指示に従う他なかった。

男はまず、血の契約をするゆえ私に血を与えよと女に伝えた。女は何故と訝しげに眉をひそめる。血の契約が何かは分からないが、輸血するにも機材がないし、第一そのまま使用すれば拒否反応を引き起こすだろうと男に説明した。男はそんなことはどうでもいいと言いたげに首を振り、ただほんの少しの切り傷を作れば良いと言う。女の常識では理解し難い奇行を強いられる事に男の正気を疑ったが、他にどうしようもないため、かかとの高い靴で森の中を歩いたため擦れて血の滲んだ足の先を男に差し出した。

男は泥にまみれた足を差し出され一度躊躇ったが、傷口を口に含み泥と共に血を嚥下した。男の突然の理解できない行動に、女は驚き口をあんぐりと開けて固まった。男は女の方を一見し仮契約は終わったと伝えるが、女の頭には入ってはいなかった。しかし、女の体に異変が現れ始めた。体の芯が熱く、高熱にうなされている時のように嫌な汗が女の肌からどっと吹き出す。女は嫌でも、男の説明を頭に入れなければならなかった。

まず、これは血の契約による弊害であると男は言った。これは個体差によるが、ひどい時は死に至るとも続ける。生きて出られると聞いたと女が反論すると、生きて出られる"だろう"と言ったが確実に生きて出られると言ってはいないと返した。しかし、お前に死なれたら私も生きてはこの森を出れぬゆえ、最善を尽くしたい所だが、これは手助けしたからといって死なぬわけではないと女に追い打ちをかける。女は痛みにうなされ、それに反応する余裕すらなかった。10分ほど地面にのたうちまわっていた女だったが、落ち着いたのか横になったまま、ふとひとつ息を吐き出した。男も本契約が終わったのを血で感じ取り、峠は越せたと安堵の息をつく。

本契約が終わった事により魔力は増幅し、より多くの魔力魔法陣に込められる事ができる。転送魔術も、男一人であれば最寄りの街までは使えるだろう。いつもであれば義理など感じず切り捨てただろうが、さすがに命を救われた相手を捨てるのは目覚めが悪いと男は柄にもなく感じた。しかし、魔法陣で二人同時に街へ飛ばすほどの魔力は男にはなかった。それでも、血の契約により増えた魔力を限界まで使えば二人同時に森からは出る事ができるだろう。森から脱出する事ができても、親切な商人の荷馬車でも通りかからない限りあるのは死のみだが、男には他に選択肢はなかった。男は傷口に障らぬようゆっくりと疲れ切った女のそばに寄る。そして魔法陣を地面に記した後魔力を込めてゆき、転送の途中に女が飛ばされぬようにと掻き抱いた。




夜は賊に狙われやすくなるため、武装したキャラバンでもない限り荷馬車が走っていることは滅多にない。しかし、今日の都へ向かう商人は違った。その商人は人が良く、花売りの娘が病気の祖母の為に急ぎで薬が欲しいという話に同情し、夜であるのに危険を顧みず荷馬車をとばしていたのだ。そんな商人であったから、森の入り口に倒れる二人の男女を見過ごすわけがなかった。倒れていた理由を追求せず、応急処置をし薬を分け与え困っているなら都まで送ろうと申し出た。男はその申し出をありがたく受け、荷台に女と共に乗り込んだ。

女は荷台に揺られているうちに、意識が戻ったようだった。男が隣にいるのを一見し、見捨てられなかったのだと知る。男はそんな女に見捨てたら目覚めが悪いと一言だけつぶやいた。男が横にいるのに安心したのか、女は再び目を閉じて船を漕いだ。その男を信頼しきった無防備な寝姿に、こいつはこういう無邪気なふうを装って私を陥れようとしているのではないかといった考えが男の頭をよぎる。しかしそれが打算によるものかは、女と魔術を司る神のみぞ知ることである。





推敲せず書き上がった勢いでそのままドバーン!!!してすみません‥

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