煮物のもらい方
学校では特に変な噂はなく、いたって普通の一日だった。あの2人は言いふらしてはいないようだった。
今日は天野たちのクラスでの授業はなく、顔を会わせる機会はほとんどなかった。
ホッと一安心して家に帰り、無事に一日を過ごすことができた。
それから土曜日。
じいちゃんと約束をしていたとおり、瑠璃ちゃんを連れてじいちゃんちに行った。
「じーちゃん来たよー」
「おーう」
家の中から出てきたじいちゃんは、一週間前に会った時と変わってなかった。そりゃそうか。
でもなんかいろいろありすぎて、すごい久しぶりに会った気がしてならない。
「この子が瑠璃ちゃんか。めんこいのぅ」
「ほら。これが俺のじいちゃん。あいさつしてね」
「はせがわるりです。よろしくおねがいします」
「よろしくねぇ」
「じいちゃん。顔がとろけてるぞ」
じいちゃんは瑠璃ちゃんにメロメロのようだった。
瑠璃ちゃんも、転校初日の前の夜に自己紹介を練習したおかげもあって、自己紹介だけならスムーズにできていた。他にもお礼の言い方も練習した。質問の返答の仕方とかも練習したんだけど、瑠璃ちゃんが答えに困りすぎてしまったのでできなかった。このへんはおいおいということで。
「それで困ってるんじゃったな」
「あーまぁ」
「とりあえず居間にいれ。お茶入れてやるから」
「はいよー。おじゃましまーす」
「おじゃまします」
俺が靴を脱いで上がると、瑠璃ちゃんも俺に続いて上がった。
居間で待っていると、じいちゃんがお茶を持って入ってきた。
「昼飯はどうする?」
「昼飯? 食べ物のことしか考えてないのかよ」
「歳を取ると食べるのが唯一の楽しみなんじゃ。瑠璃ちゃんは好き嫌いとかはあるのかい?」
じいちゃんが瑠璃ちゃんに尋ねると、フルフルと首を振った。
今更だけど、やっぱり好き嫌いは無いのか。
というか好き嫌いをしたらいけないと思っているのかもしれない。
「それは良かった。煮物作ってたんじゃ。持ってけ」
「マジで? ありがとー」
じいちゃんの作る煮物は美味しい。
ばあちゃんの煮物も美味しかった記憶があるけど、じいちゃんのも美味しい。母さんもじいちゃんから作り方を教えてもらったんだとか。
「あー買い物も行かないとなー」
「なんじゃ。もう帰るのか。ゆっくりしていけばいいのに」
「まだ帰んないけどさ。休みの日でもすることはあるんだよ」
「じゃあ本題に入るか」
じいちゃんは姿勢を少し正して真面目な雰囲気を醸し出した。
「瑠璃ちゃんとのことは言ってみたのか?」
「いや、まだ」
「そうか。お前は瑠璃ちゃんとどんな関係になりたいんじゃ?」
「俺? 俺は瑠璃ちゃんが幸せに育ってくれればいいかな」
「そんなに簡単なことじゃないぞ? まぁワシが手伝えることは手伝うが、できないことはできないからな」
「わかってるよ。頼るときは頼らせてもらいます」
俺は座ったままじいちゃんに頭を下げた。
「養子縁組とかもあるが、それは嫌なのか?」
「養子かぁ」
「養子じゃないとなると、親戚の子どもって言い張るのは難しいんじゃないか?」
「うーん・・・その場合って苗字も変わるんだろ?」
「変えないとダメじゃな」
「それだとせっかく転校して自己紹介したのに苗字変わったら変じゃん」
「お前がせっせと小学校に入れるから悪いんじゃろが」
「入学させてから気づいたんだから仕方ないだろー」
もう『瑠璃ちゃんくらいの年齢なら学校に入れるべきだ!』って考えてすぐに行動しちゃったからなぁ。
でも仕方ない。後悔は後からするもんだし。
「まぁ済んでしまったことは仕方ない。じゃあ親戚の子どもって言っても、お前に親戚なんて全然いないじゃろ」
「・・・うん」
「はぁ・・・仕方ないの。可愛い孫のために一肌脱いでやるよ」
「どうやって?」
少しタメを作るじいちゃん。
俺は喉をゴクリと鳴らした。
「ワシの隠し子っていうのはどうじゃ?」
ドヤ顔で言うじいちゃん。
そんなじいちゃんに、俺は冷たい眼差しを向ける。
さっきの緊張感を返せ。
「いや、それは限界があるでしょ」
「なんじゃと? こう見えても若い頃はブイブイ言わせてたんじゃぞ?」
「はいはい。わかったわかった」
「せっかく一肌脱いでやろうとしたのに」
「もういいよ。じいちゃんに相談した俺がバカだったよ」
「もう手伝ってやれることはないぞ」
「手数少ないな」
「もういい歳じゃからな。ホホホ」
そう言うとじいちゃんはけらけらと笑った。
なんだよ。結局人事みたいに言う。
「まぁどうするかはお前の人生だ。でも瑠璃ちゃんの人生をどうにかするのもお前次第じゃ。頑張れよ」
「・・・おう」
これ以上は話す気はないようで、じいちゃんはお茶が入った湯のみを両手で持って、口につけたまま離さなかった。
やっぱり親戚の子だって言って言い張るしかないか・・・
俺はお茶を飲むと、立ち上がった。
「じゃあそろそろ帰るわ。ありがとな、じいちゃん」
「正親」
玄関に向かおうとすると、じいちゃんが呼び止めた。
「裕美にも言っておきなさいよ」
「・・・わかった」
俺は玄関に置いてあった煮物を持って、瑠璃ちゃんとじいちゃんの家を出た。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いて頂けると嬉しいです。
早い展開もありますが、基本的にはゆっくり展開なので、のんびりとお付き合いいただければ嬉しいです。
次回もお楽しみに!