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-HIGH OVER STARTAR-  作者: 神楽
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第弐話『服は着ろ!』&第惨話『魔王になってよ!』


 ところかわって。というか、ところ落ち着いて。僕に対する襲撃が何故か止まったので、一時間ほどの猶予を取ってから僕は家に戻ってきた。の、だけれど。我が家のすぐ目の前で行われた行為であるはずなのに、抉れたアスファルトは、舗装された時のまま、抉れてなどいなかったし、当然のように、ロボットの腕なんて消えていた。

 白昼夢。デイドリーム。幻覚。幻聴。妄想――だった、とでも言いたいのか。何事もなかったような、正常さ。正しくそのままの現状。そんな馬鹿なことがあるか。僕は確かに攻撃を受けたのだし、あの時の爆音は未だに耳をキンキンと鳴らしている。

 掠めて傷でも負っていれば、妄想だったなんて希望がちらつくこともなかったのだけれど、不幸にも――幸いにも、僕は掠り傷一つだってない。走ったことによりかいた汗が、乾いてかさかさとして不快なだけだ。……ま、妄想だったほうがありがたいんだけれども。危ない目には、遭いたくない。誰が好きで自分を窮地に追い込みたいんだ。僕はそんなに、M格好よくはない。

 隠蔽された――と考えてから、僕はもうどうしようもなく自己嫌悪を覚えた。中学二年生か、僕は。隠蔽て、陰謀論か。中学二年生どころか、僕はもう高校だって卒業しているのに。若いというより、ガキだ。

 それでも、妄想だった、とは思えないけれど。中学二年生らしい妄想かもしれないけれど、しかし僕は頑なに、頑固に、強固に、凝固しているほどに、妄想ではないのだと、主張をしよう。証拠はなく、証明もないけれど、あの一瞬を妄想だと、どうしても、僕は片付けられなかった。無理だ。

 いくら主張したところで、それに意味があるわけではないけれど。気を付けるに越したことはないし、付け過ぎるぐらいでもいい。少し気にかけることぐらいで、僕に損はないのだから。損得はないのだから。

 決着が着いたわけではないけれど結論を付けたところで、僕は家にようやく入ることにした。灯りが点いているのは、僕がヤシロを送るときに点けたまま出てきたわけではないので(僕は少しの外出でも消灯するようにしているのだ。エコというよりも切実な節約であり倹約なのだけれど)、どうも、父さんが帰ってきているみたいだ。

 もちろん、この時間の外出に、特に文句を言われる年齢でもないので僕は堂々と玄関から家に入る。懐に忍び込ませている雑誌も、だからまあ堂々と晒せないわけでもないけれど、いやいや、だからと言ってわざわざ出す必要はないだろう。どうしてそんなところに入れているのかと言えばあんなことがあったすぐだし、腹部への攻撃に対応するために仕込んだだけなのである。

 ウソジャナイヨー。ホントダヨー。


「ただいま。ちょっとコンビニ行ってた」


 扉を閉めて、鍵をかける。立て付けが悪くなってきたのか、しっかりと閉めないとたまに、扉はまだ開いているのに、鍵だけが掛かっている時があるんだよな。閉めきるためにあるはずの鍵が邪魔になって扉が開きっぱなしになるのだから、笑い話だ。

 脱ぎっぱなしになっている父の革靴と見慣れない靴を整理してから、自分の靴も脱いで、上がる。……え、見慣れない、靴?

 なんて、な。あんなことがあった直後だから、過敏になっているだけだろう。どうせ父さんが新しい靴を買ってきただけのことだ。それに、便宜上、靴と著してみたものの、実際は、靴というよりも、サンダルだ。スーパーで売っているような、かかとがあるタイプの、穴あきサンダル。材質が如何にも安物なところが、スーパーで売っているようなタイプである。多分、九百八十円という、お手軽価格のやつのはずだ。


「おかえり。冷凍庫にアイス、あるよ」

「ありがとう、父さん。後で食べるよ」

「楽音の部屋に女の子、あるよ」

「ありが――いや聞き逃さねーぞ!?」


 今、さらっと凄いことを言ったよな!?

 まあ、まあ。冗談であるのはもちろんわかっているのだけれど。もしかしたら、ヤシロが忘れ物を取りにきたのかもしれないから、あながち嘘であるとは言い切れないし。父さんは無意味に嘘をつかない人だ。

 息を吸うように嘘をつける僕とは違うのだ。人間誰しも、息を吐くように嘘を吐けるのだから、それはただの親子であるがゆえの信頼のようなものなのだろうけれど。

 まったく、僕としたことが取り乱してしまった。常に冷静に物を見られることは僕の利点であり、美点だと言うのに。冷静というか、まあ無気力なだけなのだけれど。

 僕は懐に忍び込ませた雑誌を置いてくるべく、部屋に移動する。あの、父さんが気まぐれに買ってきた広辞苑にスペースはまだあっただろうかと考えながら、ヤシロがいたらこれは出すわけにはいかないなあとか、いや別に、疚しい本ではないのだけれど、週刊誌とか、ちょっと過激なグラビアがある時もあるのだから、ヤシロの教育にはよくないだけであって、とか。短時間に考えて、部屋と廊下を繋いだ扉を開いた。

 開いて、見えた。見えたから、僕は。


「……っ!?」


 開いた扉を、そのまま、叩きつけるように閉めた。蝶番は度重なる残虐なる暴行にも耐え抜いたようで、ギシギシと音を立てながらも外れることはなくて、だから跳ね返って扉が再び開くこともなく、閉じた。

 突発的だ――けれども、その時に取った僕の行動は、凄く、或いは至極、当然だった。当然ではあるけれども、普段からヤシロに注意をしている僕がしてしまうことには、些かの罪悪感を覚えなくもなかったのだけれど、仕方がないということもある。

 ''まるで見たこともないような女子が、僕の部屋で服を着替えをしている''んだから。

 一般的に。一般的ではないけれど、多数の男性には、それはただのサービスだろうと声を大にして主張するだろうし、今日この時までの僕もきっとそちら側だったのだろうけれど、実際に遭ってみるとわかる。

 知らない人が勝手に自分の部屋で着替えているような状況は――いっそのこと、恐いぐらいの出来事だ。恐ろしい。疚しい気持ちがやってくるよりも前に、恐怖が支配する。不法侵入だ。誰だよ、お前――なんてやり取りができるほどの、余裕もない。

 見なかったことにしたい。口封じ。何をされるか――そんな想像が浮かんできて。


「なんだよ……なんだよ、これ。今日、厄日か? それとも僕は厄年だったのか!」


 一年間これか。嫌すぎるぜ。正式な厄年じゃないのに祓ってもらえるのかなあ……

 なんて。僕としたことが取り乱して以下省略。頭の悪い心配をしてみたところでようやく僕は落ち着いた。オチは着いていないけれど、落ち着いた。不法侵入だ、とか言った僕だけれど、よくよく考えてみれば父さんは言っていたじゃないか。女の子があるよ――と。僕が勝手にヤシロだと判断しただけであり、まるで見たこともないような女子がいる可能性だってあるだろう。

 その可能性に気付けるほど僕は察しが良いわけではない。というか、気付けるか。

 見知らぬ女子で――見たこともないような女子で、見たこともないほどに綺麗な少女。美少女。烏の濡れ羽のように綺麗な黒髪と、陶磁器のように白い肌。なんて使い古された表現が似合う、人形のような少女だった――と、まで言ってしまってもまるで過言ではないのだけれど、僕はあの一瞬で一体どれほど、あの少女に魅惚れていたんだという話である。大事な部分については割愛。そこを語ればただのセクハラだ。

 いや、着替えをしていたとは言ったものの、しかしそれは言わば、言葉のトリックであるのだけれど、少女は全裸だった。全裸も全裸。丸裸である。下着すら着けていない。着替えというが、これが着替えならば風呂上がりかプールに行った後の着替えになる。だが足元に、恐らくはこれから着るであろう服(その服に見覚えがあったのだけれど、恐らく僕の服だからだろう)があったので、やはり、着替えなのだろう。

 派手な音を上げて閉まった扉の悲鳴を聞いてか、父さんはこちらにやってくる。


「こら。そんな閉め方だと壊れるだろ」

「僕の部屋に全裸の女の子を連れ込んでいるあんたが、一切常識を説くな!」

「……そうか、これが、反抗期か」

「これはツッコミって言うんだ!」


 否定はしないのだから、父さんも自覚はしているようだけれど。とは言ったもののさすがに全裸に関しては、少女が着替えをしていたからという事故であり、全裸の少女を父さんが連れ込んだわけではないのだろうけれど。帰ってくる道すがらに逮捕される。何かと頼りないと言われている警察だけれど、しかし、ちゃんと働いている。

 そもそも、少女を連れ込んでいる時点で警察は働いているべきなのは、ともかく。

 これ、今踏み込まれたら、父さんも僕も逮捕は免れないだろうなあ。無罪なのに。

 手は出していない。手は。目を出してしまったけれど、あれは事故なんだ。誓って僕に疚しい気持ちはなかった。本当に、まるでなかった。あの瞬間の眼球をカメラで捉えて永久保存したい気持ちに今となっては思えるけれど、しかしあの瞬間だけで言えば間違いなく、掛け値なく、なかった。

 だから僕は逮捕しないでほしい。僕は。


「なんだろう、息子が父さんを裏切った気がするけれど、父さんの気のせいだよな」

「当然だろ。僕は父さんが大好きだぜ」

「この年齢になってしまうと、さすがに息子からの大好き発言は吐き気覚える……」


 僕は吐瀉を通り過ぎて血を吐きそうだ。

 その場しのぎのために、僕というキャラにとって、大事なものを捨てた気がする。

 閑話休題。というか、早くこの話題を変えたい。それで。と僕は話題を転換する。


「あの子を、ここに連れ込んだ経緯を話してほしい。僕に納得のいく理由で話せ」

「親戚の子だよ。しばらく海外へ出張をするから、預かってほしいと頼まれたんだ」


 親戚の子。両親の海外出張。その両親は誂えたように――我が家へ頼んでくる。それはまるで、小説のような設定だ。小説のようで、現実味がない。まったく、ない。

 僕も父さんも、親戚付き合いの良いほうではない。それどころか、''親戚の間では鬼門とされている節すらあるような''僕たちの家に、果たして本当に娘を預けようと思うだろうか。まして僕たちは、母親がいなくなってから――男二人暮らしだってのに。

 そしてそれは、父さんもわかりきっている、今さら過ぎる情報だ。嘘をつくにしても、もう少しわかりにくい嘘を、つける。

 父さんは、意味のない嘘をつかない。

 嘘とわかるような――嘘として、意味のない嘘をついたりは、けっして、しない。

 勘が良いわけではない僕だけれど、違和感を覚える。というか、違和感しかない。


「……話を聞かせろよ。――美少女さん」

「聞かせてあげるよ。ボクの話ってやつ」

「……。…………服は着ろ!」


 全裸で少女は廊下に出てきていた。



    ×××



 五分程度の時間を待たされて、いよいよ僕と少女は話を始めることができそうだ。

 父さんはリビングでテレビを見ている。

 少女が出てきた途端――ぷつり、と電源が切れたように首をがくりとさせたかと思えば、少女が見えていないかのように、リビングへと向かってテレビをつけていた。

 深夜アニメが放送しているのはまあ余談であるとして。怪奇現象と言ってしまっても何も問題がないほどの怪奇現象を目撃した僕は、しかし自分でも驚くほどに落ち着いていた。……いや、やっぱり驚いた。虚勢を張るので精一杯なぐらいに、驚いた。

 なんとなく、オカルトになる予感をしていたと言っても、どれだけ覚悟をしていたとしても、それでも驚く。日常からかけ離れた現象は、人としての本能が驚かせる。

 余談終了。時間を現在に戻すとしよう。

 着替えを済ませた少女の服装は、やはり僕の服であり、それも高校時代の制服だ。

 制服というか、体操服。男女共通のデザインだったので、少女が着ても違和感はない。性差という観点だけで言えば、だが。

 性差という、一番大きな問題点を乗り越えてみたところで、しかし少女が体操服を着ると、違和感しかなかった。似合っていない――というよりも、服が少女のレベルに釣り合っていないのだ。天秤は大きく少女に傾いている。……結果的に、それは似合っていないということになるのだけど。

 つくづく恐ろしい。恐くて、怖い。図抜けた美少女。を、さらに十三階段ほど登りきったような、ずば抜けた美少女だ。僕の語彙が貧困であるせいで、少女のことを著すのにこれほどつまらない、伝わりにくい言い回しになってしまうのが申し訳ない。


「へえ。気に入らないんだ。男の子は、女の子の体操服姿に萌えるものなんだけれど君はなかなかどうして、慧眼みたいだね」


 と。少女が体操服を脱ぎ捨て――ると同時に予感めいたものを覚えた僕の首は回れるだけ、回れる以上にぐるりと回してゴキゴキと嫌な音を立てたけれどそれは気にしないで、窓から見える外を見ていた。外は暗闇で、何も見えない。だから窓ガラスは鏡の代わりを見事に果たしてみせていた。

 全裸の少女。丸裸の少女。裸体をこれでもかと僕に見せつけようとでもしているかのようだ。もちろんそれは僕の主観であり少女は一つも思っていないだろうけれど。

 非常に悔しいというか、良いようにからかわれているのがわかってしまう。少女は僕がじっと見ることができない性格であることを見抜いてしているのだと。楽しげに笑っているのだから、間違いない。……露出狂である、という可能性を取り除けば。

 まあ。まあまあまあ。これはけっして言い訳なんがじゃないけれど、ガラスに映っているのだから、見てしまっても仕方ないだろう。僕の首は無理に捻ったせいか、そこで固定されてしまっているし、それに僕はただガラスを見ているだけなのだから。

 別に僕は見たいわけじゃないのだ。むしろこれは、強制的に見せられていると言っても過言じゃない。仕方なく、仕方なく。

 ――と。僕が誰に対する言い訳なのかもわからない言い訳(もちろん自分に対する免罪符である)をしていたところで、僕はしかし目を見開くことになる。驚いて、首が再稼働する。ぐりんぐりん、と回った。

 少女は――何もない空間から、黒を基調とした巫女服を出現させて、着替えるわけでもなく、そう、僕のゲーム脳らしい表現させてもらうならば――装着、装備した。

 巫女服は、普通、白であるべき場所が全て、夜を彷彿とさせるような、黒色であしらえてある。他はオーソドックスであるのにそれ一つでまったく違う印象を与える。

 妙に袴のスカート部分が短いのと、大胆にスリットが入っているので、少女の、線は細いけれども、白く、ラインの綺麗な美脚が覗いて、仄かな色気を醸し出してる。

 少女の顔は――真っ赤になっている。

 しまった。驚いてしまった表紙に、僕が少女の全裸から装着までをじっくりじっとりじろじろと眺めていたことが、バレた。


「……正直に言って。ずっと見てたの?」

「そんなわけないだろ。僕は女の子の裸を見て悦ぶような倒錯的な趣味はないぜ?」

「いや、それで悦ぶことは普通、倒錯的ではないと思うけれど……信じていいの?」

「もちろんだ。僕は嘘をついたことがないのが数少ない、小さな自慢なぐらいだよ」

「ふうん。……ところでボクの下着は可愛かった? 結構、お気に入りなんだけど」

「え、下着なんて着けてなかっただろ?」

「う、うわああああん! やっぱり見てた見てた見てたあ! 変態! 楽音変態!」


 しまった! つい正直に言ってしまったじゃないか。僕の数少ない小さな自慢の一つであり、美点でもあると自負する素直さがこんなところで仇になるなんて。美点は必ずしも利点ではないのは当然のことなのだけれど。美しいことが正しいのではなくて、正しいことこそが、正しいのだから。

 警察に踏み込まれた時に誤解だと説明ができる気がしない。逮捕かあ。嫌すぎる。

 けれど僕の脳と眼球に焼き付いて剥がれることのない、この鮮やかで一夏の煌めきのような思い出があれば、僕はこれから人生をどんなところで過ごそうと、心が折れることなく生きていけると確信している。


「爽やか良い表情すんなこの変態ぃ!!」


 涙目どころか、泣かしてしまった。女の子を泣かしてしまった。僕の好感度が見る見る下がっていくのを肌で感じるようだ。

 いや、けれど、言い訳をするつもりなどではもちろんないし、裁きを受けろと言うならば悪乗りが過ぎたことであるわけだからもちろん受けるつもりなのだけれど、なら僕の目の前で脱ぐなよ。面倒くさいな。

 僕、このまま下劣系主人公になってしまいそうな予感がする。いけない。過度に好感度を下げては読者が離れてしまうというのは、僕の経験上、よくあることだろう。


「ごめんごめん。そうだな、僕もさすがに悪乗りをし過ぎた。そもそも僕はこういうキャラじゃないのにやるから失敗したよ」

「もう、しないって約束できる……?」

「もちろんだ。僕は、約束は守る男だぜ」


 呼吸をするように嘘を吐く男でもある。

 心掛けるぐらいには心に留めるとして。

 傲岸不遜とまでは言わなくとも、大胆不敵であると睨んでいた少女はしかし、意外にも少女らしい性格だったようだ。意外と言ってしまうには、僕と少女は会話をしていないのだから、それは僕の押し付けだ。

 こうなのだから、こうあるべきだ。という、僕の固定観念だ。小説家擬きである僕は、どうにも人を決まったキャラクターに当てはめようとしてしまう傾向にある。ある意味、職業病だ。職業ではないけれど。


「まったく、やれやれ。ボクとしたことが取り乱してしまったぜ。こんなことは始めてだからね。何もかも始めてだけれども」

「余裕になったなら忠告してやるよ。お前の裸を、僕はいつでも狙っているんだぜ」

「うわわわわわわ、変態っ、変態だー!」


 取り乱していた。ボクとしたことが、と言う割に、突然の振りに弱いらしい。虚勢を張りたいのか、強がりたいのか。どちらにしたところで、あまり功を奏していないようだけれども。涙を舐めてあげたいぜ。


「うう、楽音の鬼畜ぅ……」


 失礼な。ここから事態を確認しだした人に、僕が少女を虐めて楽しむような嗜虐的な過虐趣味があるキャラと誤解されてしまうではないか。誤解されてしまうようなことをしている僕にこそ非があることは言うまでもない、当然のことであるとしても。

 閑話休題。したい。そろそろ、僕としては、本題に入りたい。事態に巻き込まれているのは僕であり、事態を確認したいと言い出したのも僕なのだから、本題に入りたいと考えるのは、至極当然のことである。

 余談をしているのは僕のほうだと言う声がどこからか聞こえてきてもおかしくないのだけれど。いやいや、しかし僕には何のことだかさっぱりだ。心当たりがないね。

 少女が全裸だったから、僕は悪くない。

 僕、この何分かでキャラの変わりようが激しいな。おかしい、初期設定では、僕はクールだったはずなのに。数分で変化て。

 自重せねば。メタネタもほどほどにで。


「そう言えば、スルーしていたけれど、お前、どうして僕の名前を知っているんだ」

「対象者だから、調査したんだよ。まさかこんな、へ、変態だとは、調査段階ではわからなかったけれども……うう、くそう」

「それはどうでもいいが……対象者?」

「そう。対象者。対象者――つまり契約者候補だね。あっはー、栄光なことだぜ?」

「栄光であっても、光栄ではないんだな」


 単なる言葉遊びだ。いや、言葉遊びと言うには言葉で遊べているわけでもないのだけれど。どちらかと言えば挙げ足取りだ。

 国語の成績は良くても、言葉の意味をいまいち捉えきれていないのが僕の欠点だ。


「契約者候補は――魔王候補の、候補」

「一気にきな臭くなったな。胡散臭くも」

「きな粉臭く胡瓜臭い、お腹空くねえ」

「字面を無理矢理捉えるな」


 洒落にしてもわかりにくい。すっかりと余裕を取り戻した少女は、つまらないことを言っても、楽しげに、愉快げだ。愉快げにターンを決めているのだから、これはもう間違いなく気分が乗っている。天井で。

 物理法則に従わないぐらい楽しいのか。

 なんで袴が翻らない。中身はどうなっているかなんて、もちろん、僕はそんなこと気にもならないけれど、しかし僕は理詰めに考えてしまうから、重力に逆らう袴が気になって仕方がない。巫女服であるのだからもちろん下着はつけていないだろうことは想像がつくのだけど。先ほどスリットから覗いていた腰部には、大事なところを隠す三角部を支える紐は見当たらなかった。

 前貼りという可能性もあるのかもしれないけれど、しかし少女が、今、召している巫女服を召喚(で、いいのだろうか、この場合)した時には下着、或いは前貼りなどの、それらしいものは見当たらなかった。

 やはり何もつけていないと考えるのが自然だろう。自然であり自然な姿でもある。

 閑話休題。余談終了。落ち着け、僕。


「それで、その契約者候補、魔王候補に僕が選ばれていたと認識すればいいのか?」

「いいんだぜ。そしてボクが選定者だね」

「どこまでが設定だ――なんて、言いたいところだけど、僕はここまで不可思議な現象を見ているから、鵜呑みにしてやるよ」


 疑ってみたところで、話は進まないのだから。何かの事態に巻き込まれているのに変わりはないのだから、巻きで行こうぜ。


「話が遅くて困ってたところだから、その理解力――というよりも、事態を簡単に受け入れられる精神性は、ありがたいよ」


 遅くなっていたのも僕のせいであるのだけれど、わざわざ言う必要もないだろう。


「鵜呑みにしてくれたところで話を進めると――世界ってのは、どこまでも設定ありきなんだ。どこまでが設定か、という楽音のさっきの質問に習えば、どこまでも設定になるわけ。ここからこれが設定、じゃなくて、ここから全てが、設定。全部設定」


 世界は――設定ありきで成り立つ。

 だからどこまでも全部が――設定。

 そういうこと。鵜呑みにすると言った矢先に、しかし僕はだからどうしたのだと言いたくなった。話の繋がりがまるで見えないし、設定がないから、世界は世界なのであり、あまり使いたくない言葉になるのだけれど、筋書きのないドラマ――だろう。

 設定ありきの世界は――ただの物語だ。

 始まりから終わりが決まってしまっているような、物語であり――小説と一緒だ。


「そう。ただの物語だよ。創意工夫をして作り、造り、創りあげる――そんな物語」


 そして、そんな世界。と少女は続けた。

 物語は世界。世界が物語。順序を逆にしてみても、順番を入れ換えたところで、言葉の意味は変わらない。どうしようもなく変わりはしない。少女の言葉を鵜呑みにすると言ったのだから、僕は少女の言葉を信じるしかないのだけれど、しかしこれを信じるということは――人生観の崩壊だ。世界観は保たれても、人は崩壊しかねない。

 少女は、こう言いたいのだ。或いは、言うしかなかったのか。それは、僕にはわからないけれど、浮かべた笑顔が貼り付けただけの仮面であるように見えたのは、僕の自己満足でしかないのだろうか。そうなのだと思いたい、僕の願望でしかないのか。

 世界に自分なんてものは皆無だ。世界に希望なんて皆無だ。世界に絶望なんて皆無だ。僕たちは、ただ与えられた設定を生きる――設定、或いは物語という生け簀で泳がされ、游がされただけの存在なのだと。


「だからどうした。僕は、僕でしかない」

「そう。設定がどうであれ、楽音は確かに今を生きているし、楽音は楽音なんだぜ」

「だいたい、こういう設定にありがちなんだけどさ。設定内で生きていようがなんだろうが、今のその意思と意志を持っているのは他ならぬ自分なんだから、どうでもいいだろ。気にするだけ胃が痛くなるだけ」


 規制の中でだって――エロいことはできるように。設定の中で自由に遊ぶことだってできるのだ。だからそれはまあ、本当にどうでもいいことであり、本題ではない余談だ。演出と言ってもいい。無駄に迂遠に迂回をしただけかもしれない。だからそろそろ閑話休題として本当の本題に入ろう。


「物語には――当然、作者がいるよな」

「うん。世界、物語を支配する――作者」


 世界を支配すると言えば――魔王。

 世界征服。世界支配。世界掌握。言葉は色々とあれど、魔王を象徴するものと言えば、RPGが誕生した頃よりいつだって変わることはない。世界征服を行う、気高くはないけれど野心家である、支配者の、王。


「楽音。神咲楽音。君は、世界を支配するような、誰かを、誰もを、思うどおりに動かすような、総てを君の掌の上で操るような――そんな上位存在に、興味はない?」


 少女が僕に左手を差し伸べる。白く透き通るような指は、乱暴に扱えば、折れてぐちゃぐちゃになってしまいそうなほどに儚くて、弱くて、脆い。だからこそ綺麗だ。


「もしも、君に興味があるのなら――ボクと契約して、魔王になってほしいんだ!」


 差し伸べられた、左手。僕はそれを――








 神咲楽音の選択:アンノウン

 第一話:了


 と、体験版はこれで終了です。

 あのヒロインとのあんなシーンやこんなシーンは製品版を購入ください。製品化していない?

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