第零話『ボクと契約して』&第壱話『スジも、シミも、あるんだよ?』
日常は――退屈か。平凡か。凡庸か。
人生に何も感じないか。張り合いがないか。ただ過ぎていくだけの時間に、不安を覚えるか。意味がないか。意義がないか。
安心しろ――それでも、人生は劇的だ。
それだけで、劇的なんだ。過剰な刺激なんて必要ない。平凡で、凡庸。それはつまり平和だ、ということだろう。張り合いがないということは、現時点で満ち足りているんだろう。不安を覚えている者たち。君たちは満ち足りた平和を生きているんだ。
そして、時に悩み、時に喜び、時に涙する――それだけで生きているという意味があり、意義があり、何かをしている。在り来たりな言葉を送らせてもらうならば、生きることにこそ意味があり意義があり、生きていくということ自体が刺激であり戦いであり、何よりも素晴らしい――劇的だ。
生きていれば、良いこともある。悲しみや辛さもある。痛いこともある。何もないよりは、そのほうが良いに決まっている。
閑話休題。僕の持論はともかくとして。
それだけで劇的な人生。ならば刺激が欲しい――なんてわざわざ望まなくていい。
それが僕、神咲楽音という人間が、これまで人生を生きてきて、ここまで生き長らえてきた中で、変わらずに掲げる信条である。そして、今だって変わりは、しない。
「君は、世界を支配するような、誰かを思うどおりに動かすような、総てを掌の上で操るような――上位存在に興味はない?」
少女が言いながら、手を差し出した。
吸い込まれるような漆黒。真っ黒。闇のよう。髪も、瞳も、服装も真っ黒な少女。
それと反比例するような、白い肌。白い手。白い指。全体的に黒いのに、不気味であるよりも儚い印象を覚える――触れれば壊れてしまいそうに、綺麗だけれど脆い。
硝子細工の人形が、少女の印象だった。
泣いてしまいそうに瞳を潤ませて、しゃくり混じりになりながら、それを飲み込んですらすらと、調子良く振る舞いながら。
少女は――焔宮玲於那は、僕に言う。
「もしも、君に興味があるのなら――ボクと契約して、魔王になってほしいんだ!」
もう一度だけ、言おう。これは確認だ。
安心しろ。それでも人生は――劇的だ。
刺激なんて――幾らだってあるんだ。
わざわざ望むべくもない。臨む必要もない。僕の人生は既に劇的であり、刺激的であり、満ち足りている。だから、僕は。
「――――――」
答えはもう、決まっていた。
∀
日常は退屈だ。平凡で、凡庸。時間は過ぎていくだけであるし、そこに意味もなければ意義もない。ただ生きているだけ。死にたくないから生きている。生きていたい理由はないけれど死にたくもないから生きている。そんな人間がきっと多いだろう。
僕もまた、そんな人間なのだろう。平凡で、凡庸。生きる意味も意義も持たない。
だからどうした。人生が劇的である必要はない。刺激的である必要はない。僕はただ平和に生きていられればそれでいい。平和に平凡に、静かに。いや、もう、本当。
平和を噛みしめながら、それから部屋と廊下を分け隔てる扉を見て、そこに何もない(或いは、いないことだ)ことを確認した。油断はならないのだけれど、とりあえずは大丈夫らしい。人は――誰もいない。
僕はほっと息を吐いて、さてとパソコンの電源を点けた。完全に起動するのを待ってから、テキストエディットソフトを立ち上げる。白を中心とした画面には、黒い列がずらりと並ぶ――それは全て、文字だ。
文字であり、繋がりを持つ群体。文章であり――物語。つまり、小説だ。擬き、と表現したほうが正解かもしれない。出版されたものではない。お金を稼げるようなものではないのは確かだ。これは、''僕が僕の趣味で書いたもの''でしかないのだから。
同人作品にもならない。小説であるのに変わりはないのだけれど、僕としては、それが小説であると認められるには出版という過程を外すわけにはいかないと考える。
僕は――小説家志望、のようなものだ。
漠然と、そうなれれば良いとは考えてはいるものの、その為の行動を何かしているのかと問われると、閉口しがちだ。持ち込みなどしたこともなく、賞への投稿をしたこともない。与えられた環境で満足してしまうのは、僕の長所であり、短所である。
それでも書いてみたものへの感想が欲しいので、インターネットで個人サイトを開き(レンタルホームページだけど。僕には一からホームページを作れるほどにパソコンというものを熟知していない)、そこで自分がこれまでに書き上げたもの、或いは現在進行形で打鍵している小説擬きを公開している。一定数の読者がいて、僕と同じように、小説を公開している人たちとの交流もあり、そこで満足してしまっている。
基本的に日和見主義者なのだ。上を見ることはあっても、上に必死にはならない。
ある程度があれば、それでいい。今どきの草食系少年なのだ。野菜が好きだから。
「よし、今日はここまで――っと」
約二時間ほどの打鍵を終えて、身体を伸ばす。ずっと同じ体勢でいたからだろうか骨がめきめきと鳴っているのを感じて、運動不足だなあと柄にもないことを覚えた。
席を離れず、パソコンの電源も落としていない人間が言うことではないけれど。学校から帰宅して、そのまままっすぐ起動したのだから、二時間の間に外は薄暗い夜を迎えているのだろうけれど、家は変わらず静かであり、父は仕事からまだ戻ってきていなければ、突発的な襲来もない。今日は父さん、遅くなるって言っていたっけな。
普段ならば、食事の用意でも始めるのだけれど、父の分の用意がいらないとなるとまだ良いかと適当な気分になる。自分のことになるとルーズになるのは、僕の性だ。
或いはこれもまた、与えられた環境に満足してしまっているが故の弊害か。単なる面倒くさがりであるだけなんだけれども。
かちかち、とお気に入りをクリック。適当にネットサーフィンでもするとしよう。
と言っても、既に常連となっているようなサイトの様子を覗き見ようというだけだから、言うなれば敵情視察のようなものなのだけれど。敵情視察――なんて言葉は大袈裟が過ぎるにしても、間違いではない。
僕が開いたサイトは、『小説家志望のエデン』。切磋琢磨というには殺伐さの欠片も存在しないまったりとした空間であるのだけれど。サイト名の通りに、文字通りそのままに、或いはまったく名前とは違うかもしれないけれど、ここには僕のような人たちが集まっている。小説家擬きの、ネット小説家たち。そんな人たちが集まってやることは、日々のくだらない雑談なのだから、小説家志望の集まりだなんてことは忘れがちで、やはり敵情視察というのには大袈裟であり、間違いだったかもしれない。
敵ではなくて――仲間みたいだから。
……まあ、上昇志向が薄い僕が果たして小説家志望の仲間になれているのかは甚だ疑問を覚えることでところなんだけれど。
書き込んでみようかな。時間もあるし。
×××
咲楽:リア充爆発しろ
ヒメ:咲楽さん爆発しろ
咲楽:ひどい!
蛍花:あ、咲楽さん。こんにちわ、です
咲楽:蛍花さん、ちぃーっす
ヒメ:ちゃらいな咲楽さんさすがちゃらい
咲楽:僕はチャラくない!
神風:そうだな、咲楽さん。あなたはチャラくない。エロいんだ。
咲楽:荒らしは帰れ
ヒメ:咲楽は帰れ
蛍花:荒らしは帰れ
燐音:荒らしは帰れ
神風:対応酷いな! さっきまでROMってた人たちまでいるじゃないか……
咲楽:見逃さないぞヒメさん、あんたさっきから頑なに僕を苛めてるなあ!
ヒメ:楽しいわぁ……咲楽さん踏襲したい
咲楽:踏襲に踏んで襲いたいなんていかがわしい意味はない!
蛍花:いかがわしい……?
ヒメ:思春期だな咲楽さんさすが思春期
神風:やっぱりエロいんじゃないか
燐音:咲楽ちゃんは人気者だねぇ。お姉さんというものがありながら、嫉妬しちゃう
咲楽:これが人気者だと言うなら、僕は不人気でいいです。好感度なんていらねえよ
ヒメ:最初からないものにいるもいらないもないですけどね?
咲楽:あれ、もしかして、もしかしなくてもヒメさん僕のこと嫌いだよね?
ヒメ:白蟻よりは好感度あるよ?
蛍花:それはほぼ0なのでは……ところで皆さんに質問をしたいのですけれど――
×××
……まともな雑談してねえな本当!
驚きだった。本当に、名前だけの場所として機能している。だけど、あの人たちはそれだけが全てではない。一面でしかなくて、一部だ。小説家擬き。商売ではない小説作家。金のかからない、金が賭かられない作品。しかし、作品の中身は――凄い。
どう凄く、どのような内容であるのかを語り出せば、今日という一日ではまるで足りなくなるで、かいつまむこともなく一言凄いと他人事のように言わせてもらう。そのような評価もまた、あの人たちの一部であり、そして一面なのだ。一つは全部であるけれど、全部の中にだって一つはある。
一つの側面が、その人の全てではないということを、言いたいだけなんだけどね。
閑話休題。休題というより、打ち切り。
これ以上、あの人たちについて語り出すと僕は甘言饒舌を持って非常に恥ずかしい目に合うだろうことを僕は自覚しているので、この話題は終わりとさせてもらおう。
蛍花さんの質問からの次レスを読もうと更新ボタンをクリック、――と、その時。
「お兄ちゃんは下着と言えばショーツとブラどっちが浮かぶ? ヤシロとしてはやっぱりショーツだよね。だって胸よりお尻のほうがえっちだもん。別に胸が小さいからなんて僻みとかじゃなくて、それがなかったとしてもお尻なんだよ。お兄ちゃんにはお尻を選ぶという選択肢しかないのっ!」
…………。非常に頭が痛くなる発言をしながら、僕の妹――ではなくて、妹的存在であり、幼なじみ、近所というよりも隣人である、御神さんの家に産まれた娘さんであるところの、ヤシロが扉をサバットばりの威力を伴いながら蹴って、入ってきた。
日常的に、あの手この手で痛め付けられてきた蝶番は、今日もまたギシギシと悲鳴を上げてはいるものの、壊れてはいない。
物に心があるとするならば、我が家の蝶番(というよりも、僕の部屋の)は化けて出てきてもまるでおかしくはないのだけれど、もし化けて出るのならば、恐れを知らない愛すべき馬鹿の幼なじみを標的にして欲しい。僕は悪くない。いや、こんな破天荒な馬鹿にしてしまったという点で言えば
兄のような存在である僕に責任の一端も存在しないというわけにはいかないけれど。
僕の頭が痛くなる発言はそのまま発言している本人が痛いはずなのであるわけだけれども、ヤシロはむしろ誇らしげに自らの下着――白地に水色ドット柄の三角形を脱ぎながら僕語ってる場合じゃなくないか?
「はい、お兄ちゃん。プレゼントっ」
「僕を犯罪者にする気か!?」
少女の下着を所持する危険人物が、僕であるなんてことだけは避けなければならない。それでなくても危ない世の中だって言うのに。映像化ができなくなってしまう。
映像化する予定はないのだけれども。
「スジも、シミも、あるんだよ?」
「こんなのだと、奇跡も魔法もねえよ!」
つくづく映像化ができねえよ、お前。
映像化というか、出版化すら危うい。だから、そんな予定はないのだけれども。気をつけるに越したことはない。気はつけすぎても損はしないのだ。気をつけないで好き放題にやるのならば、規則なんてものは最初からいらない。だいたい、そのあたりを勘違いしている人もいるかもしれないけれど、規則があるからこそ、エロいことは際立つのだ。引き立てられる、と言ってしまっても良いだろう。わかりやすい例えを一つ上げるならば、少年誌のパンチラだ。
普通ならば何も感じない、ただの一ページの中にある、一つの絵だろう。だけれども、何故だか絵も知れぬ興奮を覚えるのは少年誌を読んできた人間ならば、きっと誰もが一度は通る道だ。規則と規制、その中にあるちょっとしたエロであるからこその背徳感というものである。それをわからず青年誌で脱がしてしまえと言うのは、甚だおかしなことであり、間違いであるのだ。
とは言え、全てを規制してしまうというのは間違いであり、過ちだ。何が言いたいかと言えば、そんなことにはならないように、規則の中で楽しもうってことである。
「まったく……お前は。清楚になれとは言わないよ、ただ、限度は弁えろ。女の子らしくとは言わないけれど、一般人になれ」
そしてできることならば、もう僕に固執することもやめろ――と続けることは、さすがの僕にも、出来なかった。僕は優しくはないけれど、甘いから。良いやつではないけれど、ぬるいやつではあるから。その言葉が、ヤシロを泣かせてしまうということを知っていて、言えるわけがなかった。
御神ヤシロ。十五歳。高校一年生。
成績は中の下。特別に問題は起こさないけれども、優等生であるわけではない。
雪のように真っ白な髪と、血のように赤い瞳を持つ――それだけの、他は何も普通の女の子と変わらない、僕の愛すべき妹。
僕を好きだと言ってくれる――女の子。
そう――どういうわけか、僕のことを好きだと言い続けるのだ、ヤシロは。幼なじみだから。兄のような存在だから。守ってくれるから。そう言いながら、僕に固執して、他人を拒絶する。拒絶とまでは言ってしまっては、さすがに言い過ぎなのかもしれないけれど、ヤシロは人に興味を持たない。上辺だけの人間関係の構築。そして知り合い以上を、けっして作ろうとしない。
それでは、ヤシロにとって良くない。人間関係は、大切なのだ。友達は、必要だ。
数は少なくてもいいから――人を好きになることをしてほしい。僕以外の人とも。
信頼できる仲間は、友達は、或いは恋人は、ハッピーエンドにも欠かせないのだ。
「お義父さん、まだ帰ってないんだ」
「漢字が一文字多いよ。今日は遅くなりそうだと言っていたから、ヤシロが遊びに来られるような時間には、帰ってこないよ」
「む、お兄ちゃん。ヤシロを子供扱いしてないかな。ヤシロはこう見えても栗ごはんとリスなんてハンドルネームで大型掲示板に書き込むぐらいに、大人なんだぜー?」
「うん。深くつっこまないからな、僕」
藪をつついてみたら、蛇ではなくて教育委員会が出てきそうだった。恐すぎるよ。
話題転換。僕は日和見主義者である。
「ヤシロ、夕飯はどうするつもりだ?」
「うっうー、食べさせてもらうつもり!」
「わかった。いつもどおり、おばさんにそのぶんの食費を渡されてるだろ。それはお小遣いにしておけ。今月、ヤシロの好きな小説が出るから、それの足しにでもしろ」
「それはマジですかい、お兄ちゃん。ヤシロは遠慮という言葉を辞書で引いたことがないから、遠慮なんて知らないですぜ?」
「いいよ、別に。気にするな。どうせ安物の冷凍食品をレンジで解凍、ごはんもパックご飯なんだ。そんな食事を大事な娘さんに出してるのに、食費なんてもらえるか」
購入分よりも金額が大きいのだから、遠慮もしてしまう――とは言え、そのまま返してしまうのは、好意の返却であり、却下だ。好意を無下にすることは、相手に逆感情を与えかねない。そういうわけもあって僕は妥協点にもならないけれど、その金額をヤシロにそのまま渡すことにしている。
直接返せないのならば、間接的に。それに女の子のほうが、何かと入り用だしな。
痛むのは僕の財布ではなく、父親であるわけだけれども。この考えに関しては、父さんも納得してくれているから大丈夫だ。
どのみち、今日は父さんの分が浮いている――外で食べてきているのだから高くついているのだろうけれど――から、ヤシロに出す分、食費をいただかなくてもいい。
賞味期限も、ギリギリだしな。今日の。
また安売りしている時に買わないとな。
「わっほい! 今日のおかずは唐揚げだねお兄ちゃん! このメーカーの唐揚げは特別美味しいから、ヤシロも大好きだよう」
……………。まったく、僕も甘いな。
ヤシロのために――また用意しないと。
×××
食事だけを取らせると、あまり遅く帰らせるわけにもいかないと(ヤシロ自身は泊まる気満々でいたらしいけれど。本当に身の危機を感じた)ヤシロを歩いて五秒もかからない隣の家へと送り届けてきたところだ。どうせ外出をしたのだから、コンビニにでも買い物をしに行こうかなとか考えていたところで――ゾクリと、寒気がした。
嫌な予感が――した。それも、とびきりだ。予感は予定ではないのだから未定であり、ただの気のせいと同じだ。そんな気がすると、曖昧な表現をしてもいいだろう。
馬鹿馬鹿しいと吐いて捨ててしまえる程度の予感。中二の妄想と言ってしまえば全てが片付いてしまうような、そんな曖昧で適当なことだ。誰かが僕を狙うだなんてことは、有り得ない妄想だ。絶対に、ない。
そちらのほうがよほど確信を持てる理性的な解答であり、不備のない答えだろう。
だけど――僕は、日和見主義者だ。
事流れに身を任せて、部の悪い賭けであればあるほどに、早々に、逃げに徹する。
「理由なら、それで十分だろうが!」
僕は、逃げ出した。当てはない。当たりもない。辺りに何もない。だけど、直感を信じることにした。日和った生き方、平和な人生を送りたい僕には、それで十分だ。
そして、その判断は正解だったらしい。
ガガガガ、とアスファルトが抉れる音が僕の後ろからした。掘削機を使った時のような激しい音に負けず劣らずの結果がそこにあるのは間違いないだろう。振り替える時間も惜しい僕にそれを確認する余裕はないのだけれど。そんなことをしていられるほどに冷静ではいられない。そんなの人間じゃねえよ。ライトノベルの主人公のように格好よくもない。ただの学生だぞ、僕。
それでも――興味本意で、ただの好奇心で、中二心で、僕は、ある程度出発点から離れた場所で、振り返った。振り返ってしまった。だから。今すぐにでも夢から覚めたい気分になった。夢だったらよかったのに。ところがこれは現実で僕は僕だった。
「ロ――ロボットって、嘘だろ!?」
正確に記すならば、ロボットの腕だ。
赤い鬼を彷彿とさせるような、けれどその機械的な外見は、まさにロボットの腕。
僕の人生がいきなりSF小説にでもなった気分だ。その場合、ここで僕を守るように僕専用機のロボットが空から降ってくるのだろうけれど、そんな気配は、何もない。
あってたまるか。巻き込むな、僕を。
確かに僕は機動戦士が好きではあるけれど、自分で乗りたいなんてことは思ったことはない。……嘘をつきました、ごめんなさい。乗りたい。めっちゃ乗ってみたい。
だから、正直、怖いしブルっちゃっているのだけれど、あの、ロボットの腕にはかなり興味がある。好意的でさえある。興味以上の対象――ということになる。状況が状況でさえなければ、よく見たいぐらい。
それでも――その程度でしかない。
生きていたいから――逃げるけれど。
僕は、今と、それから未来が好きだ。そして嫌いなのは、終わりだ。だから、どれほどに興味を惹かれて、琴線に触れていたとしても、ここで僕の選択肢として存在するのは、''逃げる''、その一つでしかない。
×××
『――その判断力は、合格だ。神咲楽音』
『君子は危うきに近付かない。そして名君は、自らを理解し、状況を理解するからこそ、引き際を心得ている。引き際を知っている者は――したたかだからこそ、強い』
『したたかという字には、強いという漢字も入っているしな。文字は表している』
『抜き打ち第一次試験――終了だ』
――自らの運命を乗り越えてみせろ。
神咲楽音の成績:優。
第一次試験――合格。