謎の上の謎
全く記憶が無いのがもどかしくなってきて、「自分は誰だろう」不意にそう思った。誰も自分の事は知らない、ただ先ほど汚い親父に呼ばれた「アル」という言葉だけが頭の中をかき混ぜる。「アル」とはどんな人物だったのだろうか?とても勇ましい女だったのか、それともか弱い女だったのか・・・。そもそも自分が女としてやっていく自信などないのだが。
今の所、謎しか出てこない。
一つ一つ整理してみよう。一つ、俺は死んだ。それも秋葉原で通り魔にグサッとやられた。確かその後、数秒後にとか言っていたから、すぐに転生し「アル」という少女の体に乗り移った。その少女は「奴隷庫」で予想だが「餓死」してしまったのだろう。辺りは皆不気味な程汚く、痩せこけた人ばかりだった。
そして、そこではオークションのように奴隷を売買していて。たまたま転生直後に買い取っていただいたのだ。その家が、この奴隷庫の中より不気味な幼女達ばかりの屋敷。
・・・展開が速すぎてよくわからないが、俺はかなり幸運の持ち主らしい。
「ニンゲン、取りあえずあたしを守りなさい」
「俺、アルって言います」
秋葉原の事は言われて思い出したが、自分の本当の名前を覚えていないので「アル」という転生後の名を名乗る事とした。
「俺・・・?貴様は男であろう?」
「わっ・・・私はアルです」
いちいち細かい。そう思いながらしょうがないかと心の中でため息をついた。この人、ため息何か付いたら(貴様は奴隷の分際でそんな態度をとるな)とか言われそうだ。
「姫さま、ラミュラージ軍が攻め込まれているとの速報でございます。」
ドアを勢いよく開けた女が、慌てたように目の前に居る幼女に伝えた。ラミュラージ軍とはライバルの国なのだろうか。俺にはあんまり興味が無いので近くにあった窓を眺めていると、幼女は何処から取り出したのか、水晶玉を取り出しそれに向かって言い放った。
『ラミュラージ軍がAルートを直進中。今すぐ出撃じゃ!!!Tチームは洞窟を抜けて後ろから攻め込め。Sチームは魔法陣を今すぐ。Rチームはすぐに攻め込め。大至急だ!!!!』
さっきまでは、ただ小さい少女が威張っているだけのように思えたが、どうやらそうではないらしい。本当にこの国を牛耳る「姫」なのだろう。そういえば、水晶玉はどうやら通信機能があるようだ。・・・もしかすると「魔法陣」が使えると言うことは、この世界では魔法が使えるのだろうか。
この世界は実に興味深い。何だか現実なんだか非現実なのかわからなくなってきたけれど、この際どうだっていい。取りあえずここに存在しているのは嘘ではないだろう。考えて無駄なら思いっきり楽しんで、「唯一ある現実世界に戻る方法」とやらをじっくり考えようじゃないか。
「アル、キミを私の後ろに続かせる。馬の乗り方はわかるか?」
「はい、一応」
転生前の事は覚えていないはずなのに、不思議と自分が馬に乗れる事を覚えている。何故だろうか。たしか実家が牧場で馬を数頭飼っていたから乗せてもらえたんだった。・・・牧場?と言うことは、俺は牛なんかも飼っていたのかもしれない。
「これから私が戦陣をきる。」
「yes――」
端に居た小さな幼女らはまるでロボットのように返事をして外へ立ち上がった。
・・・俺は静かについて行った。