Misty
バンダナ芋兄ちゃん、思うところがあるようで、ただの一般人から能力を活かす方向に少し前進
Misty
形容詞として・霧がかかった、ぼんやりした
スラングや比喩表現として・意識が朦朧、記憶が曖昧な状態
SNSに一本の動画がアップされた。
投稿したのは捨てアカ。アップされたのはその動画一本だけ。
動画のタイトルはmisty。タイトルが指す通り、一面濃淡のある白い靄がかかっている。時折視界がまばゆいくらい明るくなって、辺り一面虹色に包まれる。そんな幻想的な光景。
AI生成かCGじゃないかと疑う向きもあったが、多くの人々がその動画を称賛し、動画は電脳の海に拡散していった。
しばらくして奇妙な噂が流れた。
動画を目にした後、ふらっと出掛けてそれっきり帰ってこない。失踪する。
曰く
「山のやの字も知らないあの人が」
「あのがり勉が」
「百戦錬磨の山の達人が」
「本格的な登山まではやらないといっていたのに」
年齢、性別、出生地、学歴、職業みんなてんでまちまち。共通点は失踪する直前に件の動画を見ていた。それだけ。
あの動画は犠牲者を求めて呼び寄せているんだ。
そんな噂が尾鰭をつけて流布していった。
ここは末社を多数抱える神社の社務所。
さる伝手経由で持ち込まれた遺品のスマートフォン、そのスマートフォンから捨てアカが作成された時間、動画が撮影された座標、更には持ち主の住所、氏名、年齢、職業、趣味嗜好、交友関係、全ての情報が詳らかに記された資料片手に俺は、パソコンのキーボードを叩く。
「撮影されたのは○○山山頂付近。直近で熱烈恋愛の末に盛大に破局を迎えてる」
話を聞いていた、この神社の跡継ぎで、白衣紅袴姿で隣に座る順が舌打ちした。
「ちっ、ふられた腹いせで自殺かよ」
失恋くらい死ぬとは軟弱者がといった究極乾燥メンタルなわけではない。ネットの海は広大だからだ。
末社総動員でやっきになって件の動画を消して回っても
「 ところで、皆さんは覚えているでしょうか。数年前、ある動画がアップされました。その動画は、ある理由で消され、我々は問題の動画を保存していた方に接触、入手する事ができました」
と言った具合に、世間も忘れたであろう頃合いに、見計らったように再浮上してくる。
ネットで拡散された動画は、銀塩フィルムみたいに写り込んだ写真、ネガをお焚きあげしてはいおしまいというわけにはいかないのだ。
それなら大元、根っこをなんとかしようというということで最近は日付の一番古いデータ、もしくは撮影した本体機材を祓い清め、浄化するやり方が一般的になりつつある。
のだが、神社の跡取り息子である順がパソコンに触れると、漏れなく動作不良を起こす。一度など、電源ボタンを触っただけで筐体がド派手な火花、激しい爆発音、黒い煙をあげるのを目撃した事がある。
そんなわけで、デジタルお祓い関係は俺の担当だ。
「腹いせの自殺だったら、真っ先に、彼を振った彼女さんに霊障が出るんじゃ? 」
俺の問いに順が答える。
「自暴自棄。誰が標的でもいいんだろ」
酷い仮説だ。そうではないことを願いたい。
警察から内密にお借りした遺品、つまり件の動画をアップしたスマートフォンを起動させ、問題の動画を立ち上げると、俺は、バンダナを外し、画面に額を付けた。
「じゃ、(同期)するよ」
寒い。そう感じたのは一瞬だけで、目の前にはあの白い絶景が広がっていた。
その場に立って初めて気づく事がある。濃霧のように見えていたのは氷の雲海だった。微細な水蒸気が凍って立ち込め、揺蕩い、時折陽が差し込むと、明るくまばゆく輝く氷晶が放つ虹のプMisty
形容詞として・霧がかかった、ぼんやりした
スラングや比喩表現として・意識が朦朧、記憶が曖昧な状態
SSNSに一本の動画がアップされた。
投稿したのは捨てアカ。アップされたのはその動画一本だけ。
動画のタイトルはmisty。タイトルが指す通り、一面濃淡のある白い靄がかかっている。時折視界がまばゆいくらい明るくなって、辺り一面虹色に包まれる。そんな幻想的な光景。
AI生成かCGじゃないかと疑う向きもあったが、多くの人々がその動画を称賛し、動画は電脳の海に拡散していった。
しばらくして奇妙な噂が流れた。
動画を目にした後、ふらっと出掛けてそれっきり帰ってこない。失踪する。
曰わく
「山のやの字も知らないあの人が」
「あのがり勉が」
「百戦錬磨の山の達人が」
「本格的な登山まではやらないといっていたのに」
年齢性別出生地学歴職業みんなてんでまちまち。共通点は失踪する直前に件の動画を見ていた。それだけ。
あの動画は犠牲者を求めて引き寄せているんだ。
そんな噂が尾鰭をつけて流布していった。
ここは末社を多数抱える神社の社務所。
さる伝手経由で持ち込まれた遺品のスマートフォン、そのスマートフォンから捨てアカが作成された時間、動画が撮影された場所、更には持ち主の住所氏名年齢職業趣味嗜好交友関係全ての情報が詳らかに記された資料片手に俺は、パソコンのキーボードを叩く。
「撮影されたのは○○山山頂付近。直近で熱烈恋愛の末に盛大な破局を迎えてる」
話を聞いていた、この神社の跡継ぎで、白衣紅袴姿で隣に座る順が舌打ちした。
「ちっ、ふられた腹いせで自殺かよ」
失恋くらい死ぬとは軟弱者がといった究極乾燥メンタルなわけではない。ネットの海は広大だからだ。
末社総動員でやっきになって件の動画を消して回ったところで
「皆さんは覚えているでしょうか。数年前、ある動画がアップされました。その動画は、ある理由で消され、我々は問題の動画を保存していた方に接触、入手する事に成功しました」
と言った具合に、こちらが忘れた頃合いを見計らったように再浮上してくる。
ネットで拡散された動画は、銀塩フィルムみたいに写り込んだ写真、ネガをお焚きあげしてはいおしまいというわけにはいかないのだ。
それなら大元、根っこをなんとかしようというということで最近は日付の一番古いデータ、もしくは撮影した本体機材を祓い清め、浄化するやり方が一般的になりつつある。
のだが、神社の跡取り息子である順がパソコンに触れると漏れなく動作不良を起こす。一度など、電源ボタンを触っただけで筐体がド派手な火花に激しいショート音、黒い煙をあげるのを目撃した事がある。
そんなわけで、デジタルお祓い関係は俺の担当だ。
「腹いせの自殺だったら、真っ先に振った彼女さんに霊障が出るんじゃ?」
俺の問いに順が答える。
「腹いせだもの、誰が標的でもいいんだろ」
酷い仮説だ。そうではないことを願いたい。
警察から内密にお借りした遺品、つまり件の動画をアップしたスマートフォンを起動させ、問題の動画を立ち上げて俺は、バンダナを外し、画面に額を付けた。
「じゃ、(同期)するよ」
寒い。そう感じたのは一瞬だけで、目の前にはあの白い絶景が広がっていた。
その場に立って初めて気づく事がある。濃霧のように見えていたのは氷の雲海だった。微細な水蒸気が凍って立ち込め、揺蕩い、時折陽が差し込むと、明るくまばゆく輝く氷晶が放つ虹のプリズムが弧を描く。なにより切れ間から覗く空の色。地上より蒼が濃い。吸い込まれそうなほどに透き通った濃紺。こんな空の色は初めて見る。
この世のものとは思えないまさに絶景。それしか言葉が浮かばない。
(誰だい?)
俺が同期したのを感じ取ったのか、脳内に知らない聞き覚えの無い声が響いた。動画をあげた本人の声だ。
正確には、この場に留まる彼の残留思念。
「迎えに来た」
(そうか、どうだい、この景色。素晴らしいだろう)
存外に明るい声音だ。失恋した直後とは思えない。彼の意識の奥を探っても虚無感、喪失感、絶望、孤独感、後悔は感じられない。
不思議な人だ。社会の一員としての埒外に生きる喜びを見出している。そんな印象を受けた。
同期しているせいで、俺が不思議がっているのが伝わったのか、彼がとつとつと語り始めた。問わず語りだ。
(彼女とは、つきあってすぐにうまくいかないと感じた。だから、彼女に恥をかかせないよう、おもいきり振られたというわけさ)
彼女さんのために相応しく己を変えよう、ではなくて、自分のせいで彼女さんが変わっていくのを見たくないから別れを選んだ。
(僕と一緒にいるせいで、彼女が憎悪に歪んでいやな人になっていくのなんて望んでないからね)
「どうしてここに?」
俺は、彼に聞いてみた。
彼の行動規範、理屈、セオリーとはまた別の問題だけど、彼が故意に人を引っ張る、惹きつける、誘惑するために動画をあげたとは思えなかったからだ。
(僕はね、誰も知らない光景が見たかった、だから、ここに来た。一緒に登山にきた仲間はガスがかかって危ないから引き返そうといったけど、僕は先に進んだ。そして、この絶景を見ることが出来た)
そこにあるのは、ただただ純粋な、充足感に満ち足りた心。
「動画をあげたのはどうして?」
(みんなにこの絶景を見せたかった)
彼の中にマイナスの動機なんてものはなかった。ただ極限の世界にこんな素晴らしい絶景が広がっている。それをみんなに見せたい。伝えたい。それだけだった。
そして、彼を通じて、行方不明になった人たちの心も垣間見えた。彼らも、程度の差こそあれ社会に生きづらさを抱え、心の奥底でいつか夢のような光景を見たいと望んでいて、その願望が彼の残した絶景に感化された。触発された。
つまり全く意図しないところで彼は【障ってしまった】のだ。
俺は彼を促した。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
彼をあげれば、浄化は完了する。
(そうだね、最後に感謝を述べさせてくれ。有り難う)
彼は、一つ頷くと、俺のチャクラを通って昇っていった。
(同期)を解いて、委細を順に話した。
「つまり、素晴らしい景色見たさに山のてっぺんで五体倒置したって事??」
「まあ、そういうこと」
失恋の経緯と真相は、胸に秘め、適当にお茶を濁した。多分、どう説明しても伝わらない気がしたからだ。
「彼女を僕から解放する。それは彼女の幸せに繋がる」
同期していた時は、俺もそれが最善の選択だと感じた。
だけど、同期を解いた後、第三者として彼の記憶を思い返すと、そこに彼女さんの意志は一切無かった事に思い当たった。
……(僕の抱える生きづらさを見かねた?それで寄り添ってくれた?)そんな憐憫を含んだ同情。
だけど、それは社会規範における親切というものだと彼は解釈した。
彼女に合わせて自分を変える事は自分が自分ではなくなるという微かな恐怖。
(つまらない人になった、あるいはもう私が傍にいなくても大丈夫と離れていく?)そんな葛藤。
(変わらなければ彼女の同情にあぐらをかいていると思われる?)
反面、自分が変わらない事で彼女から憎悪を向けられるのも耐え難い苦痛なのもまた事実だ。
(どうしてあなたはそうなのよ?少しは私の気持ちも考えてよ、と泣きながら詰られる?)
彼女にそんな惨めな思いを味わわせる、哀れな姿を晒させる自分は許せない。
(自分は彼女のそんな姿を見たいわけじゃない。いつも朗らかに優しい人であってほしい。自分なんかのために疲弊し衰弱し心痩せてほしくない)
それなら自分が彼女から見捨てられる事で彼女のプライドをメンツを自尊心を保つ事が最善の選択と考えた。
そして、独り清々しい気持ちを抱えて山に登った……
それは独り善がりと言うんじゃないか?
どうして彼女さんと腹を割って話そうと思わなかったんだ。意見を摺り合わせたら、また違う道もあったかも知れないのに。
大事な人がいなくなった後、みんながみんなそんな風に割り切れるわけないだろうが。
訃報を聞いた彼女さんがどんな気持ちになるか、少しは顧みても良かったんじゃないのか?
「しっかし、どういう風の吹き回しかね?ついこないだまで俺はチャクラ全開してるだけの一般人でぇすっていってたくせに」
不思議がる順を「色々あるんだよ」とあしらって、社務所を後にする。
(同期)のやり方を教えてくれたのは順だけど、うっかり本音を吐露して茶化されたくない。
俺は、生まれつきチャクラが開きっぱなしで善いモノも悪いモノも依ってくる特異体質だ。産まれてすぐに額に刺青を入れられ、更に特殊な紋を施したバンダナで封じている。
そうして俺は神社に引き取られた。
今のままではただチャクラ全開で善い者も悪い者も引き寄せるだけ。
使い方を知らないからだ。
なら使い方を学べば。
彼が昇っていった場所。死んだものが行き着く世界。そこに到達するだって可能だ。
お兄様と添い遂げるのが私の夢でした。
五匹の竜に迎えられ、そんな言葉を置き去りしたお嬢様。
お嬢様の許にたどり着いて、答えを返す。
俺なんかでよければ、ずっと傍にいてほしい。一緒にいてください。




