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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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09 うっそぴょーん

すみません、08を飛ばして投稿しておりました。差し込みましたのでよろしくお願いいたします。


 

「その日に限ってその人熱出してさ。それを知った出先のトドさんから水と何か食べるものを持って行ってやってほしいって電話きてさ。おかゆとスポドリとむいた梨を持って部屋を訪ねたら、玄関を開けるのがやっとだったみたいで廊下でへたりこんじゃって」


 女が居候しているのが八階。双子の兄は九階、双子とその両親は十階に住んでいるが、それぞれが独立したマンションの一室である。八階と九階にはもう二室ずつあるが普段は使用しておらず、来客の滞在用部屋として維持している。女は最初部屋を見て回った時、「金ってあるところにはあるんだなぁ」と苦笑いしか出なかった。


「あわわあわわと、なんとかベッドまで引きずって寝かせた時、一緒に倒れ込んじゃって。まあ、そういうことになってこうなったわけ」


 女が照れながら自分の腹を指さした。

 男は頭を抱えた。なぜそこで最後までなだれ込むことになったのかまったく分からなかったが、そもそも男は女の情事が聞きたいわけでもない。


「……結局、お前も本当のとこは顔の良い男が好きでラッキー! っつーワケで、ストーカーになったってか?」


「いや~、顔というか匂いというか。ちょ、引かないでよ」


 匂いってなんだ。

 男は心底引いた。


「無精髭はやして熱で潤んだ目もヤヴァかったけど、熱で汗かきまくりの男の匂いに、ドキドキというかなんかムラムラきちゃって」


「おい、お前の性癖なぞ言わんでいいわ」


「朦朧としていて、私が誰だか分からなかったみたいで」


 軽口を叩いていた男が口を噤んだ。


「スッキリしたのか、一眠りした後は熱も下がってて、目が覚めて……現状で何があったかなんて丸わかりだったし、青ざめるのを通り越して真っ白の虚無顔で……それでも顔が良かったけど、そのまま窓から飛び降りそうだったからさ、ついさ」


「何を……したんだ」


「うっそぴょーん!! って誤魔化しちゃった!!」


「……マジか」


「汗かいてたから脱がしたけど、服着せられなくて、って。私も裸で転がってたらびっくりするかな、ドッキリって」


「まさか、よ。そいつお前のそれ信じたのか? いくらなんでもした後かどうかなんて分かるわ」


 女はきょとんとして聞き返した。


「そうなの? めちゃ信じてたよ? 着ていた物もシーツもまとめて洗濯で持って行っちゃったから、デロデロのシーツ見てないし」


「マジかよ」


 男はそれだけを呟いてまた口を噤んだ。

 その後の修羅場など、想像に難くない。


 別に女から言い触らしたわけではないが、双子の兄の方が女に対する挙動不審を発動。ナンダナンダと事が露見した。

 女が弱っていた双子の兄を押し倒した、と。


 そうして六人目の女も双子の兄に対するストーカーだと判定され、双子の兄が長期の仕事で不在になった際、この一族に二度と関わらないと誓約書を書かされ、なんの準備もなく女は家を出された。

 高校三年生の秋のことだった。


 仕事から帰ってきた双子の兄がこのことを知ると、激高した。

 挙動不審になったのは女が自分に好意を持っている可能性を考えた時、今までと違って全く嫌悪感が無かったことに戸惑ったからだった。

 もしも関係したとしても、自分の方が男でしかも成人している方なのである。「責はすべて自分。なのになぜすべてを負わせた」と過保護な周囲を黙らせた。

 そんなことを女は知る由もなく。

 携帯電話も不通で学校もずっと休んでいる女とどうにか連絡を取ろうと双子の兄が躍起になっていたことも、女には与り知らぬことだった。


「行くとこなくて、さ。学校に行ったら双子もいるし。おねーちゃんに電話しようとして、なんかできなくて。おねーちゃん家の周りをウロウロしてたら丁度帰ってきたおねーちゃんに見つかってさ。とっとと家に入りなさいって怒られて……この家にいなさいって言ってくれたの。でもね、すぐにおねーちゃん、いなくなっちゃったんだ」


 男が息をのんだ。


「おかーさんがね、死んだって連絡が来たの。最後だから葬式に行こうかって二人で行ったの。喪主をしてくれた親戚がおにーちゃんは来させないようにしてくれてその日はいなかったのに、香典から住所がバレて、家まで来ておねーちゃんをまた殴って。私、情けないことに怖くて身体が動かなくて、通報するのが精一杯だった。でも警察はまずは兄姉間で話し合ってってワケわかんないこと言って」


 役所によって溺愛する息子と離された女の母親は精神を病み、施設と病院を行ったり来たりしながら弱って死んだ。夢の中の息子と過ごすために現実から逃げ出したのだ。

 その息子である女の兄は、凶暴性と倫理性の欠如から施設に入りながらカウンセリングを受け続け、猫を被ることばかりが上手になって社会に出た。

 人格の根底にある鬱屈した他責思考が変わることはついになく、親戚の営む会社で『普通』の皮を被りながら働いていた。


 女の兄はその親戚から母親が亡くなったことを聞いたが、特に何も思うことはなく、親戚一同で葬式を出すから式にも来なくていいと言われてピンときた。

 姉が来るのだと。

 その親戚が持ち帰った香典袋を盗み見て姉の住所を知り、また人を殴れるぞと意気揚々と姉の家に向かったのである。


 女の兄は他人を傷つけてはいけないということは理解していたが、姉だけは別だった。姉だけは好きなだけ甚振(いたぶ)っていい存在だった。姉だけが、自分のものだった。

 その場に()までいるのは知らなかったが、警察が来ても持ち前の愛想を発揮して「兄弟喧嘩」で突き通した。


「次の日、おねーちゃんはおにーちゃんと話をしてくるって言って車で出かけて、おにーちゃんごと崖から落ちて川に沈んだ。おにーちゃんは車の中で死んでたけど、おねーちゃんは見つからなくて……川に流されたんだろうと」


 女は目からぽろぽろと涙を溢れさせ、小さな小さな声で「きっとおねーちゃんはおにーちゃんを連れていったんだ」と言った。「じゃないと私がヤッてたから」という呟きは小さすぎて男には聞こえず、男はただ「もういい」としか言えなかった。


 女は嘘をついているようには見えなかった。むしろ全部女の妄想であってほしいとさえ思うほど、可哀想とか不憫とかそんな言葉では済まされない重い話だった。



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