08 狂う歯車
それからは、多めにご飯を作ったら魔性三人組が一人二人三人でやって来てはそれらを食い尽くし、見慣れぬシャツが洗濯籠に入っていてもそのまま洗濯してアイロンをあてて吊るっておき、ボタンが飛んでいたらつけ、洗濯物の靴下に穴が開いていたら似たような靴下を買ってすり替えておく……女はそんな生活になった。
双子と同級生だった女を『若い女』だと警戒していた魔性三人組の親も、女が三人に全くそういった目を向けていないことに早々に気が付いた。
それはそれで大丈夫なのかと逆にカウンセラーを紹介しようとして、「自慢の息子たちに興味がないと異常者扱いするのウケる〜!」と女に拒否されていた。
魔性三人組の親は女にきちんと謝罪し、三人の食費を補填し、更には多額のお小遣いをそっと女に渡した。
もちろん、子どもたちの世話も女はしていたが、トラブルにより短期間であまりにも人が変わったことで、どうせまたいなくなるんだと子どもたちは警戒し、すぐに女に懐くことはなかった。
女も懐かなければ別にそれでもいいぐらいの態度で接していたら、いつの間にか食事のリクエストがくるようになり、休日の遊び場に行く予定もびっしり入り、寂しくて眠れない夜、二人は女の布団に潜り込むようになっていった。
さしたるトラブルもない中、季節は巡り、女は高校三年生になっていた。
この家に世話になって丸二年。潤滑に回っていた歯車が狂い始めたのは、この頃だった。
まずは長男は十歳となり、母親がおらず父親も不在がちな家庭環境からか、いきなり激しめの反抗期が始まった。
それを見ていた自我の確立した四歳児もつられて癇癪をよく起こすようになった。
穏やかだった日常はそれだけで戦場と化し、家庭内の空気が急激に悪くなったのだ。
誰も口には出さなかったが、居候という異物が家族に入り込んでいるせいだという空気が生まれていた。
この二年間、この一族の生活を女が支えていた事実など忘れてしまったかのように。
次に、今までバレていなかったというのに、夏休み中、夕食の食材を両手に下げた双子と女がマンションの入り口に消えていく姿を同級生に見られてしまい、噂は尾ひれをつけて「三人で同棲している」と急速に生徒たちを越えて地域にまで広まった。
広まったことで、双子ガチ恋勢による女への執拗な嫌がらせが始まった。
どんなに双子が同じマンション内に住んでいるだけだと説明しても、逆に説明すればするほど、すべての敵意は女に向いた。
嵐の時は黙って耐える。それかひたすら謝り続ける。
そうしなかったら長引くだけだと、悲しいほどにそれが染みついていた女は、何を言われても何をされても、ただ、黙って耐えた。
それがまた、健気な私アピールに見えたのか、周囲の火に油を注いでいったのである。
「まあ、高校卒業したら就職して、その家でお世話になる生活は卒業する予定ではあったんだよ。トドさんも激務な部署から異動させてもらえる目処が立っていたし。でもなんか、足元に穴が開いたみたいにスコーンって落ちていってさ」
「……就職先は決まっていたのか?」
「うん。でもね、内定をもらったことを先生と話していたの誰かが聞いてたみたいで、あいつ就職するんだってよ~って話が回って、それが双子ガチ恋勢の親戚の会社だったみたいでさ。すぐに素行不良としてあっさり内定取り消されたよ。先生は抗議しようとしてくれたし、相談窓口も紹介してもらったけど、撤回できたとしてももうそこでは働けないじゃん? ……先生を泣かせちゃったよ」
学校の担任も進路指導担当も女の家庭事情を承知しており、おどけているようで勤勉な女の内定を心の底から喜んでいた。
女には言わなかったが、抗議しようとしたのではなく、実際はしかるべき所を通して猛烈に抗議をした。
会社側からは、素行不良につき採用できないとの一点張りで要領を得ず、学校側は今後の対応を検討していたのだが、争わないという女の意向を汲んで引き下がり、第二希望の会社の選定に入ったのである。
しかしながら、はらわたの煮えくり返った学校側は、「内定通知から一週間で根拠のない素行不良を理由に一方的に内定を取り消した企業がある」と、生徒へ就職活動を推奨しない企業として人脈の限りを尽くして静かに広めていったのである。
翌年以降、求人票を学校に送っても一人も応募が来ない理由が分からないこの会社は、各学校に尋ねても「希望者がいないので」とケンモホロロな対応に頭を悩ませることになるのだが、それは女には与り知らぬことである。
「気持ちを切り替えて次の会社を受けようってことになったんだけど、学校を通してする就活って申し込めるスケジュールが決まってて、少し待機になったのね。んで、んーと、ねえ? まあ、『素行不良』とやらをやらかしちゃったワケなんだけど」
てへへと笑う女に男は聞きたくなかったが「……何をしたんだ」と尋ねた。
「その週末はトドさん一家と芸能一家は揃って不在だったの」
「お前を置いてか?」
「そ。魔性側の親族の結婚式に呼ばれて、旅行がてらね」
「一人になったということか?」
「いや、双子の兄だけが仕事で残ってて」
男は女の腹を見て、厭な予感がした。しかしながら、話を聞く聞かないに関わらず、女が妊娠していることには変わりはないので、一瞬天を仰いで黙って聞くことにした。




